生徒を交えた校則見直しの現状と今後の課題とは?【若者政策推進議連第22回総会】
2018年5月24日に設立された超党派の若者政策推進議員連盟(会長:自民党・小林史明衆議院議員、若者団体の窓口として日本若者協議会が事務局を務めている。通称若者議連)。
これまで被選挙権年齢引き下げや供託金額引き下げ、メールでの選挙運動解禁など、若者の政治参加を中心にさまざまなテーマを議論、提言してきた。
この若者議連の特徴は、原則40代以下の超党派の若手議員の集まりであること、若者も議論に参加していることだ。
今回も日本若者協議会から、現役の生徒会長を含め高校生が5名参加した。
6月20日の第22回総会では、近年大きな話題となっている「校則の見直し」を議題として扱った。
日本若者協議会で度々提言しているように、生徒を交えた校則見直しを進めていくことは、単にブラック校則の撤廃にとどまらず、学校の中で民主主義を経験できる、非常に良い機会だからである。
実際、認定NPO法人カタリバが行っている「みんなのルールメイキング」の調査では、学校でルールメイキングを実践した生徒は、自己肯定感や自己効力感、当事者意識が上がる結果が見られている。
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生徒参加による校則見直しは、ここ数年で大きな進展を見せている。
2022年12月には、教師用の生徒指導に関するガイドブックにあたる「生徒指導提要」が約10年ぶりに改訂され、子どもの権利や、校則のホームページ公開、児童生徒や保護者等の意見を聞くこと、校則見直しの変更プロセスを明示化することが盛り込まれた。
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これを受けて、各学校で生徒参加による校則見直しや、校則のホームページ公開などの取り組みは加速している。
一方、「生徒指導提要」には強制力がないため、まだまだ不十分なところも多い。
例えば、福岡県では2023年6月、県弁護士会が「ブラック校則」の廃止を求める意見書を県・福岡市・北九州市の教育委員会などに提出した。
これまで見直された校則は靴下や靴、下着などの単色指定をなくしただけなど、実態は従来の校則を踏襲しているとして、「合理的な理由のない校則はただちに廃止し、校則の必要性について根本から検討すべき」などと提言した。
若者議連の第22回総会では、これまで校則見直しや生徒会支援に関わってきた日本若者協議会、認定NPO法人カタリバ(みんなのルールメイキング)、生徒会活動支援協会から、現状報告や要望を受けた。
プレゼンの中身や、議員の発言の中から、印象的だった部分をいくつか紹介したい。
戦後三度目の「校則見直し」
まず、日本において、生徒を交えた校則見直しが行われるのは、今回が初めてではない。
一回目は戦後、GHQが日本を民主国家にするために主導し、各学校に生徒会などの生徒自治組織を作らせた時である。
1949年の文部省「新しい中学校の手引き」では、校則なども生徒との協議会を設置する必要があると記載されている。
しかし、1960年代以降、学生運動に対する抑圧的・管理教育的な政策が進められたため、文化として定着することはなかった。
他方、同時期に起こった世界各地の学生運動(スチューデント・パワー)に対し、欧米では、学校の民主化をさらに加速させたことは、過去の記事で紹介した通りである。
この時、日本も同様の対応を取っていたら、日本の民主主義は大きく変わっていただろう。
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二回目が、国連「子どもの権利条約」が採択・批准された頃(1989年採択、1994年日本批准)である。
この流れを受けて、各学校での先進的な実践が進められた。
例えば、1997年には、長野県辰野高校で「三者協議会」が設置され、1998年には高知県奈半利中学校で「学校協議会」が設置された。
ただ、当時の政府は、日本国内で子どもの権利は十分に守られているとして、国内法を整備せず、1994年の文部省「児童の権利に関する条約」についての通知では、意見表明権を一般的に定めたものと、だいぶ抑制的な表現にとどめたため、これまで通り、管理教育的な、パターナリズム(先生が決めて生徒は従う)が続き、文化として根付くことはなかった。
さらに、2000年代以降は管理教育がさらに強化され、2006年の教育基本法改正で規範意識を強める方向へと進んでいった。
結果的に、批判的に物事を考えるよりも、ルール遵守の意識が強まる傾向になり、高校生を対象にした調査(平野孝典(2015)「規範に同調する高校生」)では、「校則を守ることは当然だ」に対する「そう思う」の割合が2001年(16.8%)から2013年に倍増(35.2%)。「どちらかといえばそう思う」と合わせると約88%にまで達している。
そして、三回目が、今回の、2019年頃から広がる生徒を交えた校則見直しである。
これは、行政や学校からだけでなく、子どもや若者からの提起、メディア世論も後押ししていることが、これまでとは大きく異なる。
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2022年12月文科省「生徒指導提要」改訂、2023年4月「こども基本法」施行と、制度的にも着実に変化が起こっているが、まだまだ不十分なのは冒頭書いた通りである。
なぜ過去二回は失敗したのか?
では今後、どのような取り組みが必要なのか。
それを考えるにあたって、ヒントになるのが、過去二回の取り組みが十分に広がらなかった理由である。
結論からいえば、子どもの権利や民主主義への理解が不十分なこと、そして制度の未整備である。
前者は、様々な調査が明らかにしている通り、教員も含め、日本社会では子どもの権利や民主主義が十分に理解されておらず、実践も少ない。
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後者は、諸外国がそうであるように、また国連子どもの権利委員会が「当局や学校側の善意に頼るのでなく、法制化される必要がある」と勧告しているように、児童生徒の学校での意見表明権を法律的に保障する必要がある。
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今後必要な取り組み「制度化」と「外部連携」
では、今後どのような取り組みが必要なのか?
日本若者協議会、カタリバ(みんなのルールメイキング)ともに、外部人材の活用、制度化を挙げており、今後この二つは不可欠のように思える。
カタリバからの提案にあったのが、「学校内民主主義アドバイザー・ファシリテーター」の設置。
主権者教育では、総務省が「主権者教育アドバイザー」を設置しているが、学校の民主化をサポートするための人材を同様に設けるということである。
また、副教材の作成や地域内で取り組み成果を共有する機会の創設(ルールメイキング月間)の提案もあった。
次に制度化である。
日本の15年ほど先を歩んでいる韓国の事例などを見ても、法的な根拠があることはやはり重要である。
関連記事:韓国は「ブラック校則」をどのように解消しているのか?(室橋祐貴)
また日本若者協議会から提言したのが、政府から独立した国内人権機関の設置である。
子どもの権利をはじめ、人権侵害があった時に、人権を擁護できるよう、パリ原則(国連・国内人権機関の地位に関する原則)では、各国に対し、原則に沿った国内人権機関の設置・運営を求めている(すでに世界では約120カ国が設置)。
しかし日本では、この国内人権機関が設置されていないために、理不尽な校則(ブラック校則)などによって人権が侵害されても、是正することが容易ではない。
韓国の例を見ても、2001年に設置された国家人権委員会が、一般市民からの申し立てを受けて、実態調査・学校への勧告を出している。
こども基本法を作る際、こどもコミッショナーの設置は見送られたが、法律の実効性を高めるために、やはり国内人権機関の設置は必要である。
これも、「国連子どもの権利委員会」が、子どもの権利条約第二八条第二項「学校の規律」を遵守するために必要な指針をまとめており、これが参考になる。
1994年通知見直しやこども基本法に基づいた学校のあり方
こうしたプレゼンを受けて、各国会議員も発言。
いくつか重要な発言を紹介したい。
日本共産党・吉良よし子参議院議員
「2017年の府立女子高校生の髪染め強要問題から国会で質問をしてきた。皆さんの活動を心強いと思っている。実際に動いている学校はあるが、封じられるところも多い。子どもの権利条約・意見表明権をどう保障していくか。文科省に確認したいが、子どもの意見表明権を学校でどのように保障しているのか。
1994年の通知で『一般的に定めているものではない』となっており、ここを文科省には変えてほしい。」
自民党・宮路拓馬衆議院議員
「文部科学省の文書では『判例では、学校が教育目的を達成するために必要かつ合理的範囲内において校則を制定し、児童生徒の行動などに一定の制限を課することができ、校則を制定する権限は、学校運営の責任者である校長にあるとされている。』としているが、いつまで(古い)判例をもとにしているのか。
令和の時代にあった、こども基本法に基づいた校則、学校のあり方をもう一度考えていく必要があるのではないか。
また、主権者教育は知識だけでなく、実践が重要。実践の主権者教育を各学校でやっているのか調査してほしい。」
宮路議員から指摘のあった判例の問題点については、以前記事(「人権無視生む憲法より校則」のままで良いのだろうか?)で書いたが、学校長に生徒を規律する大きな裁量を与えている背景としては、学校当局は「特別に強められ、高められた権力主体」として、生徒に対して包括的支配権を有するという、「特別権力関係論」、それに類似した「学校部分社会論」が援用されてきた(「特別権力関係論」は明治憲法下においてドイツから輸入された)。
しかしその輸入元であるドイツでは、1973年に「学校における生徒の位置付けについて」を常設文部大臣会議で決議して、学校と生徒との関係にあった「特別権力関係」を廃止して、「学校関係」(生徒も一般市民の法律と同じルールとする)に転換した。
そして、各州が「学校参加法」を定め、人権侵害から守ることはもちろん、子どもの権利(12条=意見表明権)を確保するために、小学5年生から学校の最高決議機関である「学校会議」に代表を出して学校運営をしていくことにしている。
そうした流れを踏まえれば、日本の学校の現状に大きな問題点があることは明らかである。
しかし現状は、校則に関する法令がないため、若者議連の会長である自民党・小林史明衆議院議員からは、今後新しく制度化することも検討していきたいという発言があった。
今回、超党派の国会議員で生徒参加の校則見直しや生徒会について議論が行われ、画期的な回であったが、今後文化として、子どもの権利保障が学校や社会に根付くよう、戦後三回目の挑戦を成功させなければならない。