在伊フランス大使がイタリアに戻る。この騒動は何を意味するのか。EUの選挙を前に問われる左派と極右
フランス本国に召還されていた在イタリアのフランス大使が、ローマに「大変近いうちに」戻ることになったと、2月14日に発表された。
今まで、イタリアの内務大臣マッテオ・サルヴィーニ(極右の「同盟」党の党首)は、何度もマクロン大統領を「劣悪大統領」「人々に反する大統領」呼ばわりしてきた。
おまけに、「同盟」と連立政権を組む「五つ星運動」党の党首で、副首相であるルイジ・ディマイオが、2月5日フランスにやって来て「黄色いベスト」の運動家と会合。これで、フランスの「堪忍袋の緒が切れた」(ル・ドリアン仏外務大臣)と、2月7日に在伊フランス大使を召還した。
びっくりしたサルヴィーニ内相は、即座にマクロン大統領に会うことを提案、さらに仏内相をローマに招待する手紙を書いたという。
続いて、マクロン大統領と、イタリアの大統領セルジョ・マッタレラとの電話会談が行われ、事態は沈静化へと向かっていった。
この騒動は、何を意味するのか。
前例はあったのか
その前に、平和を築いたはずの欧州連合(EU)内で、このような例は珍しいのだろうか。
仏リベラシオン紙によると、今まで2回だけ前例があったという。
一つは、2017年8月、ハンガリーが在オランダ大使を召還したこと。彼のインタビューの相手が、ハンガリー政府のやり方とイスラム過激派のやり方を比較したためだった。
もう一つは、2016年ギリシャが在オーストリア大使を召還したケース。ウイーンで移民問題に関するサミットが開かれたが、ギリシャが招待されなかったためだ。
どちらの場合も、他の国々がなだめて収まったそうだ。
さほど緊張感はなかった
確かに「大使召還」というのは、外交上の大問題ではある。
日本もレーダー問題で、「韓国の大使を召還したらどうか」という意見が国内にあった。しかし、それはあまりにも深刻なダメージを与えすぎる、両国の断絶を意味してしまい大事になりすぎるので、そう簡単には実行できないとなっている。
実際イタリアに住むフランス人の中には、「どうなるのか」と一部で不安の声が上がったという。
しかし、さほどの危機は感じさせなかった。EUがあるためだろう。EUの枠内で、各大臣も、EU担当大臣も、首脳も、関係者も、始終会合を開いて顔を合わせたり、連絡を取り合ったりしている。欧州議会でも、両国の議員は共に働いている。大使の召還はもちろん重大事だが、日韓の場合とはかなり違う。召還したからといって、外交の断絶にはならないのだ。
むしろ、この両国の諍いが、どのようにEUの内部政治に影響を及ぼすかの懸念の声があがった。
マクロンという共通の敵
さて、いよいよ本題である。この騒動はいったい何を意味していたのだろうか。
5月末に欧州議会選挙があるが、いよいよイタリアの連立政権のほころびが深刻になってきたのかと感じさせた。フランスという「共通の敵」を声高に非難して一緒に攻撃しないと、欧州選挙を前に連立を保てて政権運営ができないのだろう、と。
確かに、イタリア政府に反発をもたれて当然のことを、マクロン政権はしてはいる。ほとんどが移民問題である。
例えば、地中海の移民救出NGO船「アクエリアス」が、地中海で漂流していたアフリカ人を救出して、最も近いイタリアで降ろそうとしたが、伊政府が拒否した。これをマクロン大統領は非難した。しかし、この船で働いていたのは主にフランス人なのだ。だったらフランスに寄港させればいいではないか(結局スペインに向かった)。マクロン氏に限らずフランス人政治家にはそういうところがあり、筆者も嫌いなので、イタリア人の気持ちはよくわかる。
しかし、両党のマクロン氏批判はかなり凄まじく、常軌を逸しているように見えた。
そこまでして共に叫んで共通の敵を欲するのは、内部に危機があるのだろう。
「五つ星運動」党は大元は左派であり、「同盟」党は極右である。この2つの政党は、本来なら水と油なのだ。なのに連立政権を組んでいる。
参考記事:イタリア:五つ星運動と同盟の極右連立政権にみる欧州の苦悩 移民問題であなたは人権を語る資格があるか
両者が協力して連立政権を組めたのは、3つの点で一致したからだ。
EUの政策を批判すること(ただし反EUまではいっていない)、移民問題で「五つ星運動」の左派思想・人権思想が大幅にぶれてしまい極右化したこと、そしてイタリア市民は新しい政党を望んでいたことだ。
しかし元々が異なる両党は、現実に欧州選挙の戦略では分裂している。「同盟」はフランスの極右「国民連合」(旧国民戦線)と組むことを明言しているが、「五つ星運動」はフランスの「黄色いベスト」に共感を示している。
フランスとイタリアの奇妙な一致
「五つ星運動」が創設時のエスプリを今でも変わらずもっていて左派なのか、極右になってしまったのか判断が分かれるように、「黄色いベスト」も左派なのか極右なのか、とてもあいまいである。一般的には左派であり、極左の支持を得ていると思われているが、常に極右の影がつきまとっている(黄色いベストの現在に関しては、後日記事を書く予定)。そういう意味では、両者は大変似ている。
シャンゼリゼ通りで、過激な極左と極右の小政治グループ「グループスキュル」が派手なドンパチをやった。両者は決して混ざることがなかった。マクロン大統領という共通の敵をつくって、同じ場所に居合わせただけだ。それでも「共通の敵をもって共に戦った」という事実は残った。
イタリアの両党はグループスキュルではない。でも、本来なら混ざるはずのないものが、共通の敵をもったことによって共に戦っているところは似ている。
参考記事:シャンゼリゼの壊し屋は誰だったのか。フランス黄色いベスト運動と移民問題:初めて極右と極左が同舞台に
イタリアの連立政権は崩壊するか
しかし、両党の連立も怪しくなってきた。
2月10日、ローマの東に位置する、アドリア海に面したアブルッツォ州で選挙が行われた。2009年に起きた地震の復興が、まだ終わっていない地域である。
トップは「同盟」党の候補者だった。深刻なのは「五つ星運動」への得票率が、前回より半分以下に落ち込んだことだ。
今回が初めてではないというが、このような結果は「同盟」党が正しい家族、つまり「五つ星」ではなくて、右派の政党と連立を組んだほうがいいと促すことになると、ル・モンド紙は伝えている。
一方で、左派の健闘も目立った。複数の左派政党の推薦候補者が、3割を超える得票率を得たのだ。ただし、伝統的な政党である左派の民主党は、相変わらず不振だった。
このことは、どう説明できるのか。
人権を語る資格への問い
欧州議会選挙は5月末に行われる。まだ本格的な選挙戦は始まっていないが、戦いは既に始まっているし、関連記事も少しずつ増えてきた。
この「欧州選挙」という市民の審判は、「極左(左派)と極右の見分けがつかなくなっている」という不可思議であいまいな状況を、はっきりと明確に分ける作用があるのではないだろうか。
結局、極右と左派を分けるものは人権問題である。たとえどんなに格差社会に苦しむ人に優しい政治をしても、そこに人種差別的で他者排斥の思想があったら、もう左派を名乗る資格はない、人権を語る資格はなくなるのだ。左派というのなら、どんなにやせ我慢をしても、排斥思想に対抗しなくてはならない。
ドイツでは、極右の躍進だけではなく、左派である緑の党の伸びが報告されている。
「あなたは人権を語る資格があるか」という人間としての根源的な厳しい問いの前にぶれてしまった五つ星運動は、結局どっちつかずで、崩れて力を失っていくしかないのかもしれない。
参考記事:
日本には存在しない欧州の新極左とは。(3) EUの本質や極右等、欧州の今はどうなっているか
日本人がぶれやすい極右の定義とは何か。EUの本質、そして極左とは。(2) 極右について
敵づくりすら羨ましい
「共通の敵をつくって(敵があって)協力する」というのは、人間の歴史と共にあるくらい、数千年来のクラシックな手法である。
しかし、今回の「マクロン大統領」という、イタリアにおける共通の敵の持ち方は、「EUもここまで深化してきたか」と感嘆もさせるものだった。単純ではない、EU加盟国同士の複雑なからみ合いを感じさせた。
次回の欧州選挙では、国を超えた左派政党の連帯が見られる。
少しだけ参考記事:2018年の欧州を振り返ってーEU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者の視点からー2019年への道
でも、左派が連帯するのは歴史的に全然驚くことじゃない。左派だけじゃなかったのか、極右すらも混じえて、もっと複雑な形でも国を超えて絡み合いが生じているのかと思うとーーとても東アジアの思考ではついていけないものがある。
そして、その現象がまっさきに現れたのはフランスとイタリアだったということに、姉妹のような両者の近さを改めて感じるのだった。日本にはこんなに近くてこんなに対等で、こんなに仲が良くて、こんなにいがみあって争う国はない。しかも「欧州連合」という枠組みで大きく包まれながらーーである。
なんだか羨ましい。日本はなんて孤独なのだろうと改めて思う。