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北朝鮮兵士がロシアへ。欧州はどのように見ているか:ウクライナ戦争

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

mar2024年10月24日ソウルの大統領府近くに(北朝鮮の風船から?)まかれた韓国の大統領夫妻を非難するビラ

ウクライナ戦争が始まってから、欧州の識者の中には、バルカンに第二戦線が開かれるのではないかと懸念する声があった。

しかし実際には、第二戦線はイスラエル・パレスチナで起こった。バルカンよりも不安定化が長引き、持続しそうな地域。

そして今度は、北朝鮮正規軍兵士がロシアに参入していると、米国とNATOが確認した。国際法上、北朝鮮は「紛争当事国」となりそうである。これはロシアの、東アジアに対する不安定化工作の一環なのだろうか。

そんな様相を、欧州はどう見ているのだろう。欧州を代表する新聞の一つ、フランスの『ル・モンド』紙の見立てを紹介したい。

同紙の公式ホームページ。中東で戦争が始まって、明らかにウクライナ戦争の報道の割合は、相対的に減っている。
同紙の公式ホームページ。中東で戦争が始まって、明らかにウクライナ戦争の報道の割合は、相対的に減っている。

どのような結果になるのか

同紙の社説は、この(北朝鮮への)援助要請は、ロシア政府の弱さの表れと見ているという、オースティン米国防長官の言葉を紹介している。

「このような(戦争の)国際化は、ヨーロッパだけでなくインド太平洋地域にも影響を及ぼす」という警告もである。

ウクライナのブダノフ将軍(情報総局長)は「北朝鮮の大砲の援助量は、ロシアの他の同盟国の援助量とは、まったく不釣り合いである。その支援は、到着後8日間、前線での戦闘の激化につながる」と分析したという。

そして「北朝鮮の援助がもたらす最も可能性の高い結果は、ロシアの核技術の移転である」と主張している。

北朝鮮がモスクワから何を得るのかについて、確かな範囲では、同紙の東京特派員の記事は「平壌は、武器と軍隊の供給と引き換えに、軍事および宇宙に関する技術支援、食糧援助、武器販売と軍隊派遣による財政的利益、さらには弾道ミサイルと核実験に対する、国連安全保障理事会のさらなる制裁が、ロシアの拒否権によって阻止されるという保証を得ている」と述べている。

10月24日木曜日、ロシア国会の下院ドゥーマは、モスクワと平壌の「戦略的パートナーシップ」を全会一致で批准した。これは、どちらか一方が「侵略された場合」の相互支援を定めたもの。これで、数千人の北朝鮮兵士のロシア駐留は正当化された。

しかし「その存在を、北朝鮮は依然として断固として否定しており、ロシアはより弱い立場で否定している。アメリカ大統領選挙の結果が不明瞭であることを背景に、ウクライナ戦線における北朝鮮の精鋭部隊の存在は、紛争を公然と国際化している」。

「北朝鮮は、自分たちの基地から7000キロ離れた地域に軍隊を駐留させることで、国際舞台で本格的なプレーヤーになる傾向にある」。そしてこの同国の位置付けの進化は「特に欧州には、これまで決して優先事項ではなかった、地理的に遠いリスクとして考えられてきたこの国に対する認識を修正することを促すだろう」と述べている。

中国の懸念と狼狽

南北朝鮮の緊張は、一層強まっている。

韓国は、北朝鮮軍の動きを注視している。「韓国政府は、北朝鮮軍の戦闘戦術を観察し、捕虜の尋問に参加するため、軍事情報将校をウクライナに派遣する計画だ」という。

それでは中国はどうだろうか。

「平壌の同盟国である北京は、独裁者・金正恩のこの地域における不安定化工作を快く思っていない。同時に、習近平国家主席はウラジーミル・プーチンの盟友であるが、ウクライナ危機において平和主義者であるかのように見せかけ、モスクワに直接的な軍事援助はしていないと主張している。二国の同盟国がこのようなエスカレーションを起こすのは、このイメージと矛盾する」という、微妙な立場である。

また「北朝鮮は、中国に経済的存続を依存しており、ロシアとの接近によって政権に対する影響力の一部が奪われることを、中国は懸念している」とも報じている。

北朝鮮は1960年代からソ連崩壊まで、当時イデオロギー対立のさなかにあった中国とソ連の指導者の間で、援助を得るために巧みにシーソーゲームを演じてきた。

「中国の第一の関心は、半島の不安定さの悪化を回避することだ。しかし、北朝鮮のウクライナへの関与は、中国を当惑する立場に置かせている。確かに、ウクライナ侵攻以来、中国はロシアとの関係を強化しているが、北朝鮮がロシアに派兵するというイニシアチブが、半島周辺でのアメリカの存在感の増大につながるのではないかと恐れている。中国は、ロシアとの軍事協力を強化していて、北朝鮮への支持を表明するのに余念がない」という。

平壌の目的は

国家として兵士を派遣すれば、北朝鮮は「紛争(戦争)当事国」となる。

アメリカ国防総省は、北朝鮮兵士が戦闘に参加した場合、論理的には「合法的な標的」と見なされると述べている。

ロシアから多くの見返りを受けているが、それでも大きなリスクを伴って北朝鮮が兵士を送るのはなぜだろう。

それは「朝鮮戦争(1950−53年)以来、北朝鮮軍隊(兵力120万人)は、大きな紛争に全く参加していないから」である。

「韓国軍は、ベトナム戦争(1955−75年)で、アメリカの支援のために南ベトナムに軍隊(32万人)を派遣したことがある。中にはアメリカ軍のナパーム爆撃後の「地上の一掃」を担当した、不吉な記憶を持つタイガー師団(猛虎師団)が含まれている。

しかし、北朝鮮は航空兵を北ベトナムに派遣しただけだった。地上軍は送らなかった。ヨム・キプール戦争(1973年・第4次中東戦争)中のエジプトでも同じこと(航空兵の派遣)をした。一方で、兵器の販売をした国には軍事技術者を派遣し、兵器の仕組みを説明してきた」。

(注:シリア内戦で、北朝鮮の民兵、あるいは特殊部隊が、シリア政府を守るために戦っていると報告されたことがある)。

また別の記事では、『ウォール・ストリート・ジャーナル』米紙の報道を伝えている。

元ロシア諜報員の言葉によると、両国の合意には「ウクライナでのロシアの経験を生かした戦争のやり方」を学ぶために、「北朝鮮が第一弾として約1000人の北朝鮮兵士をウクライナに派遣することを許可する秘密条項」も含まれていたという。

「彼らはロシア人が兵站や最前線の戦術をどのように管理しているかを見せられると同時に、ドローン戦の新たな理解も教えられている」というのだ。

そんな北朝鮮兵士について「ウクライナ戦線に展開する部隊にとっては『火の洗礼』となり、現代の戦争を直接体験する機会となるだろう」と『ル・モンド』紙は語っている。

良し悪しは別として、やはり軍隊を外国に派遣してきた国、フランス(やアメリカ、ロシア)の人々がもつ視線や物言いは異なる。日本人は、ここまではっきり言うだろうか。まるで、軍事経験不足は欠点であるかのように。

不足を明言することは「北朝鮮の兵士でさえ軍事経験を持とうとしているのに、日本は」という議論につながる可能性が大いにあり、太平洋戦争後、日本がずっと守ってきた平和への意志と、平和憲法をゆさぶることになってしまいかねないからだろう。

兵士の亡命?

ウクライナ側はというと、北朝鮮兵士に降伏するよう説得したいと考えている。10月23日水曜日、韓国・朝鮮語に翻訳されたメッセージが彼らに向けて放送され始めた。これは、ロシア人に降伏を促すために2022年9月に設立された「私は生きたい」プログラムの一環だ。

2023年8月に操縦するミル8をウクライナに着陸させて投降した露陸軍のマクシム・クズミノフ氏。今年2月スペインで射殺体で発見された。
2023年8月に操縦するミル8をウクライナに着陸させて投降した露陸軍のマクシム・クズミノフ氏。今年2月スペインで射殺体で発見された。写真:REX/アフロ

「外国で理由もなく死んではいけないーーというメッセージが読み取れる。この文章はウクライナ軍事諜報機関が管理しており、公式テレグラム・チャンネルもある。『決して帰国できない数十万のロシア兵と同じ運命をたどってはならない。捕虜として投降せよ! ウクライナはあなたを保護し、食事を与え、暖めてくれる』」

しかし、同紙はNKニュースサイトに掲載された、北朝鮮専門家のアンドレイ・ランコフ氏のインタビューによる見解も伝えている。「北朝鮮の精鋭部隊は規律、持久力、そして潜入・偵察活動の専門知識で知られています。初めて外国人と接触するこれらエリート兵士が亡命する危険性は排除できませんが、比較的低いと思われます」。

戦争の真の転換

欧州の論壇にとっては、遠い地域の出来事とはいえ、ショックは隠せないようだ。

「これは、ヨーロッパの中心部におけるこの戦争における大きな進展である。ウクライナは西側諸国、ロシアはイラン、北朝鮮、そして間接的には中国と、双方の交戦国は同盟国からの支援を受けてきたが、この支援は今までのところ装備品に限られていた。マクロン仏大統領は2月、ウクライナに軍事教官を派遣する可能性について言及し、欧州で激しい論争を巻き起こしたが、その続きはなかった」と、社説は述べている。

しかし、はかりしれないくらい、もっと大きなショックが日本にはあるだろう。

筆者もその一人だ。

ウクライナで戦争が起きたときから、折に触れて、「歴史上、ロシアは欧州側がブロックされると、アジアに目を向ける傾向があった」と不安と警鐘を述べてきたつもりだ。ついにそれが現実になってしまったという、深い深い憂慮をもっている。

以前から筆者の願いは、日本が外交大国になることだった。将来、もしかしたら筆者が生きている間には、軍事と軍隊、そして憲法の問題はきっと避けられなくなるだろうが、それでもその時、日本が外交大国になっていれば、違う道を選択できるかもしれない、多様な選択肢がもてるかもしれないーーと。しかし、そのような夢が実現する前に、その「将来」は、こんなに早くやってきてしまったのだろうか。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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