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性虐待を受けた少女の心の声に思いを寄せて。生きるのがしんどくても、彼女に希望を見出してほしかった

水上賢治映画ライター
「アリスの住人」より

 自分が大きくなったり、小さくなったりとバランスがわからなくなる「不思議の国のアリス症候群」、家庭環境を失ったこどもを里親や児童養護施設職員などが養育者になって、その家庭に迎え入れて養育する家庭養護施設「ファミリーホーム」などなど。

 あまり一般的になじみのない事柄を背景に、ひとりの少女の切実な心の声を描いたのが澤佳一郎監督の映画「アリスの住人」だ。

 主人公は、現在18歳、思春期の中にいる、つぐみ。

 過去に父から性的虐待を受けていた彼女は、現在、ファミリーホームで生活を送っている。

 日々悩まされる「不思議の国のアリス症候群」の症状は、性的虐待のトラウマが起因。

 本作は、社会とも他者とも、なにより自分とうまく向き合えない彼女の心模様が描かれる。

 本作については、つぐみ役の樫本琳花のインタビュー(第一回第二回第三回第四回)と賢治役の淡梨のインタビューをすでに届けた。

 最後に登場いただくのは手掛けた澤佳一郎監督。

 あまり知られていない社会問題になぜ目を向けたのか?「アリスの住人」が誕生するまでを澤監督に訊く(第一回第二回第三回)。(全四回)

「アリスの住人」の澤佳一郎監督 筆者撮影
「アリスの住人」の澤佳一郎監督 筆者撮影

どんな苦しい現実があったとしても、抜け出す一歩があるのではないか

 前回(第三回)はキャストについて訊いたが、最後は作品に込めた思いについて。

 これまでにも触れてきたように本作は、子どものころ父親から性暴力を受け、大きな傷を抱えた18歳の少女、つぐみの心の軌跡を丹念に描き出し、彼女の切実な心の声が聴こえてくる。

 ただ、そうした苦境を前にしながらもつぐみは前を向き、ひとつの光を見出していく。

「そう簡単に前を向くことはできない、そう簡単に彼女の心の傷は癒えない、そう簡単に人は立ち直れないなどなどの意見があることはわかりますし、ごもっともな見解だとも思います。

 簡単に希望を見出すような物語は、現実的ではないという意見もあるでしょう。

 ただ、僕としては、どんな苦しい現実があったとしても、そこから抜け出す一歩があるのではないか。いちるの望みがあるのではないかと思うんです。

 というか、絶望が絶望で終わらない社会であってほしい。

 そういう意味もこめて、つぐみには苦境の中から、希望を見出してほしかった。

 僕としては、つぐみにエールを送るようなものにしたくて、あのような物語の終わりにしたところがあります。

 僕自身がひきこもりを経験しているから、生きていくことがしんどいのはすごくよくわかる。

 あまりに希望が見出せなくて、『死んでしまいたい』という気持ちになってしまうことがあることもすごくわかる。

 そういう中でも、僕の心をなんとか踏みとどめてくれたのは、『映画作りたい』という気持ちでした。

 そういう誰しも自分の気持ちをつなぎとめてくれるものがあると思うんです。

 ですから、絶望の中にいながらなにかを見出すつぐみを通して、自分の中にきっとあるひとつの望みのようなものに気づいてくれたらうれしいです」

「アリスの住人」より
「アリスの住人」より

『キャスティングがはまっていました』という

声が寄せられたときは、うれしかった

 現在全国順次公開が続くが、それに先駆ける形で昨年、<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021>の国内コンペティションの長編部門に選出。

 そこでの配信上映から、現在も続く劇場公開の中で、さまざまな感想が寄せられたという。

「(寄せられた感想で)僕の中で一番うれしかったのは、『キャスティングがはまっている』という声。

 以前の回でお話ししたように、ワークショップ・オーディションで。

 参加してくださった方たちから選ばせていただいたんですけど、自分でも納得のキャスティングを組むことができた。

 そして、みなさん、子役の子から経験豊富なベテランの役者さんまでほんとうに手を抜かずにそれぞれの役を演じ切ってくださった。

 そこは現場でひしひしと僕自身が感じていたんです。

 ただ、僕がその役者さんがきちんと出し切ってくれたことを、しっかりと作品に落とし込むことができたかどうかは別の話で。

 自分では落とし込むことができたと思っているけど、その判断はあくまで観てくださった方がすること。

 ですから『キャスティングがはまっていました』という声が寄せられたときは、うれしかったですし、作り手としてはほっと胸をなでおろしました(笑)。

 キャストのみなさんが存分に発揮してくださった演技を、きちんと作品に封じ込むことができたと。

 樫本さん、淡梨さん、ファミリーホームのお母さんであり、作品においても中心としてしっかりと存在してキャストをまとめてくださった、しゅはまはるみさんなど、いまは、映画の中で生きている人物として存在してくれたすべてのキャストに感謝の気持ちでいっぱいです」

少しでも関心が集まって、理解が進んでくれることを願っています

 最後にこう言葉を寄せる。

「この作品は、『不思議の国のアリス症候群』や『ファミリーホーム』など、あまり世の中に知られていないことを題材にしています。

 ですから、作品を通して、ひとりでも多くの方に知っていただいて興味をもってもらえたらうれしいです。

 少しでも関心が集まって、理解が進んでくれることを願っています」

(※本編インタビューにおさめられなかったエピソードをまとめた、番外編を次回お届けします)

【樫本琳花第一回インタビューはこちら】

【樫本琳花第二回インタビューはこちら】

【樫本琳花第三回インタビューはこちら】

【樫本琳花第四回インタビューはこちら】

【淡梨インタビューはこちら】

【澤佳一郎監督第一回インタビューはこちら】

【澤佳一郎監督第二回インタビューはこちら】

【澤佳一郎監督第三回インタビューはこちら】

「アリスの住人」より
「アリスの住人」より

「アリスの住人」

監督:澤佳一郎

出演:樫本琳花 淡梨 しゅはまはるみ 伴優香 天白奏音

愛知・刈谷日劇にて6月17日(金)~23日(木)連日12:30~上映

公式サイト:https://www.reclusivefactory.com/alice

場面写真は(C)2021 reclusivefactory

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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