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芸能活動に終止符を打ったことで気づいた本心。俳優の道を志し、最初に手にした難役ヒロインに挑んで

水上賢治映画ライター
「アリスの住人」で主演を務めた樫本琳花 筆者撮影

 自分が大きくなったり、小さくなったりとバランスがわからなくなる「不思議の国のアリス症候群」、家庭環境を失ったこどもを里親や児童養護施設職員などが養育者になって、その家庭に迎え入れて養育する家庭養護施設「ファミリーホーム」などなど。

 あまり一般的になじみのない事柄を背景に、ひとりの少女の切実な心の声を描いたのが澤佳一郎監督の映画「アリスの住人」だ。

 主人公は、現在18 歳、思春期の中にいる、つぐみ。

 過去に父から性的虐待を受けていた彼女は、現在、ファミリーホームで生活を送っている。

 日々悩まされる「不思議の国のアリス症候群」の症状は、性的虐待のトラウマが起因。

 本作は、社会とも他者とも、なにより自分とうまく向き合えない彼女の心模様が描かれる。

 この苦しみの中にいるつぐみを見事に体現したのが、当時まだ10代だった樫本琳花(かしもと・りんか)だ。

 2019年に本格的に俳優活動をはじめたばかりの彼女に訊くインタビュー(第一回)の第二回に入る。(全四回)

ワークショップや講師の監督さんにはちょっと怖いイメージがあった

 前回お伝えしたように一度は芸能活動を終了。そこから改めて樫本は演技に挑むことを決断し、はじめは経験を積むためにさまざまなワークショップに参加し始める。

 その中のひとつが、今回の「アリスの住人」へとつながる澤監督のワークショップ・オーディションだった。

 澤監督のワークショップの経験をこう振り返る。

「澤監督のワークショップ・オーディションに参加したのは、俳優のお仕事に本格的に取り組もうと思って間もないころでした。

 俳優業に挑戦すると決めたものの、なにもかもはじめてで不安もあってか、それまでワークショップや講師となる監督さんにはちょっと怖いイメージがあったんです。

 いま思うと、わたしの勝手な思い込み(笑)。

 でも、当時は、講師の監督がほんとうは将来的に作品で一緒になりたいとか思っていてくれているかもしれないのに、わたしは自分が査定されているような気分になってすごく怖かった。

 自分の自信のなさからきてたと思うんですけど、ひとつ怖さがあったんです。

 でも、澤監督のワークショップはまったく違ったというか。

 まずはじめに澤監督がこうおっしゃったんです。『作品を作っていく中で、(監督と俳優と)役割は違うけど、同等の立場でやりたい』と。

 その言葉を受けた瞬間、いい意味で緊張がほぐれました。

 なにか査定されるといつもビクついて殻に閉じこもるようなところが自分にあったんですけど、そうならずに済むというか。

 澤監督が『同じ立場で』とおっしゃってくれたことで、これまでワークショップを受けるときにあった変な気負いのようなものが消えました。

 で、実際、澤監督のワークショップはすごく、自分という人間を素直に出せる環境を作ってくれる場で。のびのびと自分を出すことができた。

 初めてワークショップで変に緊張せずにできたっていう印象がいまもわたしの心に残っています」

「アリスの住人」で主演を務めた樫本琳花 筆者撮影
「アリスの住人」で主演を務めた樫本琳花 筆者撮影

 この澤監督のワークショップ・オーディションというのがもともとちょっと変わっている。

 「演者の叶えたいことを叶えられる」ということで演者募集をしているのだ。

「そうなんです。

 わたしは、前回にお話したように、看護師の道を絶って、俳優の道を選んだので、役で看護師だったり、医療に関わる役を演じてみたいと澤監督に伝えました。

 でも、残念ながら、今回のつぐみ役には反映されませんでした。

 ちなみに、ほかの役者さんはほとんど叶っているんですよ(笑)。わたしだけ、叶わずでちょっと残念です」

お芝居の経験がほとんどないわたしがこの重要な役を担ってもいいものか

 ワークショップ・オーディションから数カ月後に今回の「アリスの住人」の話を打診されたという。

「ワークショップが終わったとき、澤監督からいろいろとアドバイスをいただきました。

 そのときに、ありがたいことに、まだ正式に決まっていないけれど、一緒にやれたらと思っている企画があると伺いました。

 それから数カ月ぐらいたって、電話で『まだ完全に脚本は書き上がってないけど』ということで、『つぐみ役をやってもらえたら』とお話をいただきました。

 そのときに、はじめてプロットをいただいて、あらすじをお聞きしました。

 いただいたプロットはほぼいまの作品の原型といっていいぐらい、最終的な脚本に近いものでした。

 なので、読んだときに物語の全体像は把握できたんですけど、真っ先に思いました。

 『お芝居の経験がほとんどないわたしがこの重要な役を担ってもいいものかな』と。

 でも、澤監督はわたしを指名してくださった。その期待に応えたい。

 自分なりに役を演じれればと思いました」

「アリスの住人」より
「アリスの住人」より

きちんと知った上で演じないと、なにか上っ面だけをなぞったような

薄っぺらいものになってしまう

 とはいえ、つぐみの境遇は複雑。幼いころから父から性暴力を受け、いまはファミリーホームで暮らしている。

 その性被害が起因となって「不思議の国のアリス症候群」の症状に日々悩まされ続けている。

 正直、この難役をいきなり演じるのに戸惑いはなかったのだろうか?

「衝撃的でしたね、いろいろと。

 この役を自分が演じ切ることができるのかと、思いました。

 ほんとうに自分にとっては未知の領域で、体験したことがないことばかり。

 当時19歳で、たとえば、性的虐待など、そういう現実があることはわかっていましたけど、それで被害者がどういう心の状況に置かれるとかは知りませんでした。

 ほんとうにこの物語の背景にあることを、きちんと知った上で演じないと、なにか上っ面だけをなぞったような薄っぺらいものになってしまうなとすごく思いました。

 だから、すごく責任を感じて。ちゃんとつぐみをわかってあげないといけないなっていう思いに駆られました。

 でも、実際のところ、わたしはこれまで家庭環境に恵まれて育ってきているので、つぐみの境遇に重なるところはほとんどありませんでした。

 なので、つぐみに自分を重ねて演じることはできない。

 で、どうしようと悩んだんですけど、つぐみの一番の理解者というか。一番近い存在で寄り添って演じていければいいかなと思いました」

(※第三回に続く)

「アリスの住人」より
「アリスの住人」より

「アリスの住人」

監督:澤佳一郎

出演:樫本琳花 淡梨 しゅはまはるみ 伴優香 天白奏音

池袋シネマ・ロサほか全国順次公開中

公式サイト:https://www.reclusivefactory.com/alice

場面写真は(C)2021 reclusivefactory

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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