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一度は芸能活動に終止符。戻ってつかんだ最初のチャンス、性的虐待を受けた女の子をいま演じ終えて

水上賢治映画ライター
「アリスの住人」で主演を務めた樫本琳花 筆者撮影

 自分が大きくなったり、小さくなったりとバランスがわからなくなる「不思議の国のアリス症候群」、家庭環境を失ったこどもを里親や児童養護施設職員などが養育者になって、その家庭に迎え入れて養育する家庭養護施設「ファミリーホーム」などなど。

 あまり一般的になじみのない事柄を背景に、ひとりの少女の切実な心の声を描いたのが澤佳一郎監督の映画「アリスの住人」だ。

 主人公は、現在18 歳、思春期の中にいる、つぐみ。

 過去に父から性的虐待を受けていた彼女は、現在、ファミリーホームで生活を送っている。

 日々悩まされる「不思議の国のアリス症候群」の症状は、性的虐待のトラウマが起因。

 本作は、社会とも他者とも、なにより自分とうまく向き合えない彼女の心模様が描かれる。

 この苦しみの中にいるつぐみを見事に体現したのが、当時まだ10代だった樫本琳花(かしもと・りんか)。

 2019年に本格的に俳優活動をはじめたばかりの彼女に訊くインタビュー(第一回第二回第三回)の第四回に入る。(全四回)

なぜ彼女がセックスワークをするのかは、はじめはわからなかった

 今回もつぐみ役についての話から。

 これまで触れているようにつぐみは性暴力の被害に遭っている。にもかかわらず、彼女はセックスワーカーに身を置いている。

 このことに関してはどう感じたのだろう?

「このことに関しては、はじめはわからなかったんですよ。つぐみの心理が。

 性暴力で彼女は深い傷を抱えて生きている。

 それだったら絶対に、もう男の人と付き合うのも嫌だとか、男性が怖くなるのではないかと思ったんです。

 だから、澤監督にもいいました。『これはちょっと違うのでは?』と。

そうしたら、澤監督も最初はそう思っていたとのこと。

 ただ、監督が調べてみたら、それは性暴力を受けた女性の自傷行為としてあることということで。

 『つぐみは父親に性的虐待をされたことによって性に対する感覚が、もうある種狂ってしまっている。頭の片隅では嫌なことと分かってるけど、そうすることで自分を踏みとどめている。自殺願望者が生きている実感を得たいからリストカットしたりするのと近いのかもしれない』と説明してくださった。

 そのお話をうかがって、納得しました。

 その上で、脚本を読み直したら、すっと入ってきたんです。

 でも、その監督の説明を受けるまでは、なぜつぐみがセックスワークをするのかはわからなかったです」

「死んだ魚のような目」と言われて

 澤監督はつぐみ役に樫本を起用した理由を「死んだ魚のような目をしていた」からと明かしている。

 このことはどう受け止めただろう。

 本人を前にすると、そんなことはまったくないのだが……。

「直接、言われちゃいました(笑)。

 死んだ魚の目とは初めて言われましたけど、ほかのお仕事で『目が印象的だ』とは何度か言われたことがあるんです。

 なので、目は、自分の強みにしたいなと思っていたので、ネガティブにではなく、いい意味でとらえることにしました。それだけ印象的な目をしていると(笑)」

「アリスの住人」で主演を務めた樫本琳花 筆者撮影
「アリスの住人」で主演を務めた樫本琳花 筆者撮影

つぐみにグっと感情移入してしまう瞬間はありました

 つぐみという役をへんにわかったつもりになるのではなく、「寄り添う」ことを決めて臨んだ樫本。実際に演じて、どんなことを感じただろうか?

「寄り添うということは忘れなかったんですけど、それでも演じている中で、つぐみにグっと感情移入してしまう瞬間はありました。

 そういう瞬間がありながらも、できるだけつぐみを客観的にすぐそばで見守る。

 冷静さを保ちながらも、時折、どうしても気持ちが高ぶる、そんなことを演じながら感じていました」

 では、寄り添うことを決めた、つぐみを実感した瞬間はあっただろうか?

「劇中、つぐみが感情を爆発させるシーンがあって、しゅはまはるみさんが演じるファミリーホームの朋恵さんがすぐに手を差しのべてくれる。

 その瞬間のほんとうに心から安堵したんです。

 『わたしにも助けてくれる、頼っていい人がいる』とほんとうに安堵の気持ちで満たされた。

 その一瞬前までは、気持ちがぐちゃぐちゃになっていて、自分でも自分がわからなくなっている。

 で、つもりつもったさまざまな感情がないまぜになって爆発するわけですけど、次の瞬間、朋恵さんの優しさによって救われる。

 このとき、つぐみがほんとうに心から安心しているのを感じたんですよね。

 つぐみという女の子に直接触れられたような気がした。もしかしたら、このシーンに関しては、寄り添うを超えて、つぐみになれた瞬間だったかもしれないです」

劇中のつぐみと一緒で、わたしも誰かに頼っていいんだと思って

途中から、プレッシャーは消えました

 自身にとって初の主演映画。やり終えたいま、どんなことを考えているのだろうか?

「最初にこの役を任されたときは不安が大きかった。責任重大で自分がその責務を果たせるのか?ほんとうにプレッシャーが大きかったです。

 でも、途中から、そういう自分の気負いやプレッシャーは消えたんです。

 それは澤監督をはじめとするスタッフさんと共演者のみなさんのおかげ。

 わたしはまだまだ俳優として未熟な身で、無理に背伸びをしても仕方がない。

 周囲を見渡すと、わたしを支えてくれる、きちんと受けとめてくれるスタッフと経験豊富な共演者のみなさんがいる。

 劇中のつぐみと一緒で、わたしも誰かに頼っていいんだと思って。

 もう変に自分ひとりで重荷を背負わないで、迷惑かもしれないけど、みなさんの力に頼っていいんだと思ったんです。

 なので、つぐみと一緒で、みなさんの力に助けられた、という心境です。

 でも、ほんとうに大きな経験になって、自分にとって忘れられない作品になりました。

 これまで話してきたようにこの作品では、ファミリーホームをはじめとして、まだあまり社会で知られていないことが描かれている。

 それらのことが作品を通して、知っていただくきっかけになってくれたらと願っています」

【樫本琳花第一回インタビューはこちら】

【樫本琳花第二回インタビューはこちら】

【樫本琳花第三回インタビューはこちら】

「アリスの住人」より
「アリスの住人」より

「アリスの住人」

監督:澤佳一郎

出演:樫本琳花 淡梨 しゅはまはるみ 伴優香 天白奏音

名古屋・シネマスコーレにて〜3/25(金)まで

京都みなみ会館にて3/25(金)〜3/31(木)

大阪シアターセブンにて 3/26(土)〜4/1(金)公開

<シネマスコーレにて登壇イベント決定!>

3/20(日)

登壇者:しゅはまはるみ(オンライン)、みやたに(オンライン)、澤佳一郎監督

3/21(月)〜3/24(木)連日 澤佳一郎監督登壇

3/25(金)主題歌生ライブ

登壇者:レイラーニ(現・中嶋晃子)、澤佳一郎監督

公式サイト:https://www.reclusivefactory.com/alice

場面写真は(C)2021 reclusivefactory

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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