日本eスポーツ連合(JeSU)、高額賞金問題に関するまとめ
2月10日、11日の両日、幕張メッセにおいて、毎年恒例となったゲームファン達の祭典「闘会議2018」が開催された。本年の開催における最大の目玉は、この2月に新設されたeスポーツの国内統合団体「日本eスポーツ連合(JeSU)」が発行するプロゲーマー認定制度適用の高額賞金制大会の開催である。国内ゲーム会社による複数のタイトルが、本制度を利用して優勝賞金が数百万円規模の賞金制大会を開催した。
我が国では、ゲーム会社自身が自社の販売するゲーム大会に賞金を提供することが景表法によって規制されており、「10万円を上限として商品価額の20倍」を超える賞金の提供が禁止されてきた。しかし今回JeSUは、当該団体の提供する「プロ認定制度」を通せば、高額の賞金提供も可能であるとの主張を行っている。この制度を巡っては未だ法的な疑義も多く、その適法性を巡って不明瞭な部分が指摘されてきたが、それら疑義に対する適切な回答はないまま、今回の闘会議の開催が強行される形となった。
本稿は、現在大きな議論を呼んでいるJeSUのプロゲーマー認定制度とそこに引き続く高額賞金制大会に関して、これまでの経緯とそこに存在する疑義に関して改めてまとめてゆくものである。
1. 景表法とは
景表法とは、その正式名称を「不当景品類及び不当表示防止法」とし、一般消費者の保護を目的として、商品及び役務の取引に関連する不当な景品類及び表示による顧客の誘引を防止するため、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれのある行為の制限及び禁止について定めている法律である。景表法はその第四条において以下のような定めを行っている。
(景品類の制限及び禁止)
第四条 内閣総理大臣は、不当な顧客の誘引を防止し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を確保するため必要があると認めるときは、景品類の価額の最高額若しくは総額、種類若しくは提供の方法その他景品類の提供に関する事項を制限し、又は景品類の提供を禁止することができる。
現在、消費者庁はこの規定に基づき「顧客を誘引するための手段として、事業者が自己の供給する商品・サービスの取引に付随して物品、金銭その他の経済上の利益提供する」場合、一般懸賞として提供できる景品類の総額上限を「売上予定総額の2%」以内、景品の単価上限を「10万円を上限として、元取引価額の20倍」以内として定めている。
2. ゲーム大会に対する景表法適用判断
上記のような景表法による規制をよそに、実はかつてゲーム業界は自社の発売するゲーム大会へ高額賞金の拠出を行ってきた。2016年に開催された闘会議では、総額1億円を超える賞金が実質的に各ゲーム会社から拠出されることが大々的に宣伝され、当時人気絶頂にあったスマホゲーム「モンスターストライク」では優勝賞金2000万円を含め、賞金総額5000万円が拠出されるゲーム大会も開催された。
【参照】闘会議2016・闘会議GPの発表会にて賞金制大会続々!『モンスト』は総額5000万円!
https://app.famitsu.com/20151022_587175/
しかし、これらゲーム会社自身による大会への高額賞金拠出に違法性が示されたのが2016年9月のことである。景表法を所管する消費者庁はノンアクションレター制度に基づく法令適用確認の回答書の中で、これらゲーム会社による大会への賞金拠出は原則的に景表法の定める「顧客誘引の手段」にあたると判断し、そこに「10万円を上限として、元取引価額の20倍」以内の景品規制が適用されるとの判断をした。一方で消費者庁は、景表法規制の対象に「ならない」ゲーム大会の様式に関しても回答を行い、「基本プレイ無料」かつ「ゲームへの課金状況が競争の優劣に影響を与えない形式」のゲーム大会に関しては景表法の規制対象とならず、当該ゲームを販売するゲーム会社自身が高額な賞金の拠出を行うことも可能であるとした。
【参照】法令適用事前確認手続(ノーアクションレター制度)
http://www.caa.go.jp/info/nal/
3. その後のゲーム大会の在り方
この消費者の判断が示されたことによって、その後の賞金制ゲーム大会には大きな二つの潮流が現れた。ひとつの大きな流れがゲーム会社自身が自社ゲームに対する高額賞金の拠出を諦め、景表法の定める10万円を上限とする低額賞金大会へと切り替えたことである。2016年まで事実上の法令違反の下で行われていた闘会議のゲーム大会は、翌年の2017年には賞金総額が40万円にまで縮小した。
【参照】昨年1億円超の賞金を集めた闘会議が今年は総額40万円
http://blogos.com/article/202707/?ignore_lite
一方、新たな方式で高額賞金大会を実現する動きも起こった。サイバーエージェント社傘下のCygamesは、消費者庁が2016年に示した景表法適用の「例外」の事例に基づいて、「基本プレイ無料」かつ「ゲームへの課金状況が競争の優劣に影響を与えない形式」の下での高額賞金制ゲーム大会を開始した。同種の動きは「基本プレイ無料」で提供されることの多いスマホゲーム業者を中心にして広がった。
【参照】e-Sports大会「RAGE」の新競技タイトルにCygames社の提供する「Shadowverse」採用が決定 ~国内最大規模の賞金総額700万円をかけた「RAGE」を2016年10月に開催予定~
https://cyber-z.co.jp/news/pressreleases/2016/0801_3783.html
また「基本プレイ無料」の要件を満たせないゲーム種に関しては、ゲーム会社自身ではなく第三者スポンサーによって賞金拠出をする手法も模索された。その結果、日清食品の「カップヌードル」が協賛して行われる大規模格闘ゲーム大会である「EVO Japan」なども誕生している。
【参照】「EVO Japan」参加受付が開始。大会賞金総額は500万円に。サイドイベントやボランティアの募集も
http://kakuge-checker.com/topic/view/05358/
4. 日本eスポーツ連合の誕生と高額賞金スキーム
そんな中、新たに始まったのが今回、日本eスポーツ連合(JeSU)が提唱するプロ認定制度と、それに引き続く高額賞金大会スキームである。日本eスポーツ連合は、これまで3つに分離して主導権を争ってきた国内eスポーツ関連団体を統合する形で本年2月に誕生したばかりの新設の団体で、本年の開催から新たに闘会議の主催者に加わった。闘会議としては、違法性が高いとして2017年に前年度の1億円から40万円にまで激減した同イベントにおける賞金制大会の起死回生の一手であった。
そして彼らが提唱するのが、ゲーム会社自身が高額賞金を拠出することを可能とするプロ認定制度の仕組みだ。この制度の設立にあたって同団体のブレーン的存在であり、JeSUの副会長に就任した浜村弘一氏(@Gzブレイン)はメディアの取材に対して以下のように説明している。以下、日経トレンディからの転載。
eスポーツで、ゲームは「プロ野球」になれるか
Gzブレイン・浜村弘一社長に聞く
http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/pickup/15/1003590/122101516/?ST=trnmobile&P=3
----AMDの先日の発表では、そうした法的な問題がクリアできそうだということでした(関連記事:デジタルメディア協会がeスポーツ大会の賞金を支援)。法律が変わったわけではないですよね?
浜村氏: 法律が変わるのを待つのではなく、法解釈で対処しようということです。例えば、ゴルフではウェアや用具のメーカーが賞金を出して大会を開いています。これは「プロ」という資格がきちんと認定されているからです。
ゴルフの一部の大会は、プロもアマチュアも参加できますが、アマチュアが優勝しても賞金はもらえません。プロはあらかじめ機材などをそろえて仕事として競技に挑んでいるので「賞金につられてスポンサーの賞品を買う」わけではない――そこを明確に区別することで、景品表示法の違反には当たらないことになるんです。
ゲームも同じように「プロ」宣言をすればよかったんですが、「プロ」と呼ぶ根拠がとても分かりにくく、公的に認められづらいものがありました。そこで、JOCへの加入を目指すeスポーツの団体を作り、技術があって、高度なパフォーマンスで観客を魅了できるプレイヤーにプロライセンスを与えようということになったんです
ゴルフのプロ制度に倣う形で確たる団体が「プロ認定」を行えば、プロにゲーム会社自身が賞金を拠出しても景表法の適用は行われないというのが浜村氏による解説である。
5. ゲームとスポーツを同一視できるのか?
しかし、この浜村氏による主張には大きな問題点が存在する。それが、はたして景表法の取り扱い上でゲームとスポーツを同一視することが適当かという論議である。
そもそも浜村氏が解説するゴルフのプロ制度とその賞金拠出の仕組みには大きな事実誤認がある。実は、ゴルフの大会においてウェアや用具のメーカーが高額賞金を出してよいのは、プロ制度によって景表法の適用回避が行われているからではない。ゴルフを含め、多くのスポーツコンテンツというのは、どの企業にその権利が属するわけではないパブリックコンテンツであり、その競技の実施やその競争にあたって「特定メーカーのウェアや用具を購買すること」が要件とはならない。よって、それらスポーツの用具メーカーが大会賞金を拠出したとしても、その行為は必ずしも「自社商品に対する顧客誘引の手段」にはあたらず、そもそもプロ制度の有無に関わらず景表法の規制対象となっていないのである。
対して、ゲームというコンテンツは例えその競技性の部分を「スポーツ」に倣ったとしても、そこで扱われるコンテンツ自身は究極的にはどこまで行っても「いち企業の販売する商品」に過ぎない。大会に参加し、またそこで勝利するにあたって特定企業の販売する商品の購買が必須になっており、それ故、その大会にゲーム会社自身が賞金を拠出することが「自社商品に対する顧客誘引の手段にあたる」と判断されたのが2016年に消費者庁から示された判断なのだ。即ち、景表法の取り扱い上で、ゲームとその他のスポーツを重ねて語ること自体がそもそも間違いなのである。
6. JeSUによるプロ認定制度の仕組み
ここでJeSUによるプロ認定制度と、そこに引き続く賞金制大会の仕組みが実際どのようになっているのかを実例を用いて見てみたい。具体例として使用するのは、今回、JeSUによるプロ認定制度に対する「疑義」を最も象徴して体現しているガンホー社のスマホゲーム「パズル&ドラゴンズ」(以下パズドラ)に対するライセンス認定の仕組みである。
パズドラは、パズドラ本体の派生アプリである「パズドラレーダー」とよばれるゲームアプリを使用してプロ認定を行っている。パズドラレーダーは、パズドラの基本的なゲームルールを採用しながら、それをプレイヤー対戦型に置き直したゲームであるが、そのプロ認定の方式は以下のとおりとなっている。
ライセンス取得の方式:
ガンホー社の提供するスマートフォン用ゲーム、パズドラレーダーのゲーム内大会「闘会議2018予選杯」(1/19~1/24開催)を対象とし、ゲーム内ランキングにおいて成績優秀者のうち8名が2/10の闘会議2018内で開催されるプロ認定トーナメントに参加。当該トーナメントで上位入賞した者にプロゲーマーライセンスの取得権を付与される。
実際、2月10日に闘会議にて行われた「パズドラチャレンジカップ2018」において、上位入賞した3名にパズドラのプロ認定が行われたと報じられている。JeSUの主張に基づけば、今後、これら認定プロに対してガンホー社が賞金を提供することは顧客誘引の手段にあたらず、青天井で賞金を提供できることとなる。
7. 実際は「顧客誘引の手段」になっているプロ制度
ところがこのプロ認定制度は、実際のところパズドラユーザーに対する顧客誘引の手段として機能しているという紛れもない事実がある。今回、プロライセンスの認定トーナメントの「入口」となったのは、パズドラレーダーのゲーム内ランキングである。パズドラレーダーは基本プレイ無料のゲームアプリではあるが、ゲーム内での「ガチャ」によるアイテム購買が対戦上の優劣に影響を与える、いわゆる「Pay2Win」ゲームである。その「Pay2Win」ゲームにおいて、ガンホー社は以下のような文言を公式の大会サイトに掲載し、ライセンス認定トーナメントの参加を募っている。
大会概要
「パズドラチャレンジカップ闘会議2018」は、8名で行われるトーナメント大会です。出場できるのは、パズドラレーダーのランキングバトル「闘会議2018予選杯」で上位に入賞したユーザー達!きみも最強チームで、パズドラのプロゲーマーを目指そう!
上記の売り文句「きみも最強チームで、パズドラのプロゲーマーを目指そう!」の「きみ」が指している対象はその文脈から一般消費者であることは明らかであり、このメッセージは間違いなくPay2Winゲームたるパズドラレーダーの顧客誘引の手段として機能している。このようなプロ認定制度の下でガンホー社がゲーム大会への賞金拠出を行った場合、そこに
・賞金を取得する為にはプロ認定が必要
→プロ認定の取得にはゲーム内課金を行った方が有利
という関係が生じてしまい、ゲーム内での課金競争を誘発してしまう。パズドラユーザーの間では、既にこんなtwitter上の書き込みも始まっているのが実態だ。
上記パズドラの事例は、JeSUの提唱するプロ制度とそれに続く高額賞金制大会の問題点を最も象徴する事例であるが、同じことはその他の多くの「売り切り型」のソフトウェアとして販売するゲームタイトルにも言えることである。ゲーム競争上の優劣を争う技術というのは原則的に各ゲームタイトル毎に紐づく個別技術である。その事はJeSU自身が、プロライセンス制度を個別のゲームタイトル別に設け、優秀なゲーム技術を保有する者に対して個別に認定を行っている事にも象徴されている。即ちここに
・賞金を取得する為にはプロ認定が必要
→プロ認定の取得には特定ゲームの購買が必要
の関係が成り立っているのは、上記パズドラの事例とその他のゲームにも差異はなく、結果的にこのプロ制度そのものが顧客誘引の手段として機能してしまっている実態は否めない。そして、景表法は「顧客を誘引するための手段として、事業者が自己の供給する商品・サービスの取引に付随して物品、金銭その他の経済上の利益提供する」場合、景品の価額単価上限を「10万円を上限として、元取引価額の20倍」以内として定めているのである。
8. あらゆるゲームにおいて実質賭博サービスが始まる?
逆にJeSUの主張する通りプロ認定制度を介した企業からの高額賞金拠出が適法のものである場合、近い将来、あらゆるゲーム分野において実質賭博サービスが始まることとなるだろう。筆者の専門分野は「カジノ」であるが、例えばカジノ業界においても以下のようなスキームによって高額賞金制大会を実現しようとする者が容易に登場することとなる。
(出所:筆者作成)
・ポイント1:スマホアプリ
スマホアプリは1)シーズン毎に区切った売切り型のゲームソフト、もしくは2)ゲーム内課金型のゲームソフトのどちらでも運用可能。前者の場合は、日本eスポーツ連合が認定している売り切り型のゲームタイトルと同じビジネスモデルであり、後者の場合は同連合が認定するスマホゲー系のタイトルと同じビジネスモデルである。
・ポイント2:賞金制トーナメント予選
スマホアプリと併走する形で実施される賞金制トーナメントに参加する為には、上記スマホアプリ内で優秀な成績を収める必要がある。これは日本eスポーツ連合が公認しているパズドラレーダー、もしくはウィニングイレブンの大会参加者選出方法と同一である。
・ポイント3:プロ認定
予選で上位に残ったプレイヤーは、第三者認定機関からプロプレイヤーとして認定される権利を獲得する。
・ポイント4:賞金制トーナメント本戦
上記第三者機関からプロ認定を取得した上位プレイヤーが本戦に出場できる。その賞金は、当該スマホアプリから発生した売上から拠出される。
このような賞金制トーナメントを開催する場合、本来、景表法は賞金の総額を「売上予定総額の2%以内」、および個人に対して提供できる賞金上限を「10万円を上限として本取引価額の20倍以内」に限定している。この規制は、消費者保護の為に事業者が商品本体以外の付随的な経済利益(=賞金)を過度に提供することで顧客誘引を図ることを抑制しているものであるわけだが、JeSUの主張する法解釈に基づけば、確たる機関がプロと認めたプレイヤーに対する賞金支払いに関しては、上記景表法上の規制が及ばないとされている。よって、当該スキームの元ではアプリ本体による売上のうち、大部分を賞金として拠出し、大会の上位入賞者に対して提供しても問題ないこととなる。このスキームを利用すれば、麻雀でも囲碁でも将棋でも、バックギャモンでも、コントラクトブリッジでも、世に存在するあらゆるゲームにおいてプロ認定およびその後に引き続く高額賞金制大会が実現できる。
賭博業界においてはある意味で革命的な「新たな賞金制大会制度」の誕生となるが、残念ながら筆者の法理解に基づけば上記のようなサービスを提供することは景表法違反はおろか、ゲーム売上から実質的に賞金が積み立てられている事が認められた場合には刑法賭博罪すら問われる可能性のある事案となる。
9. JeSUは現在、非常に高い社会的リスクを生む存在となっている
eスポーツは、2018年にジャカルタで開催されるアジア競技大会の参考種目にも採用され、現在、オリンピック公式競技としての採用もささやかれている。そのようにeスポーツに対する社会的関心が高まっている中で、その国内統括団体であるJeSUの言動は既に様々なメディアに取り上げられ始めている。その中には「JeSUが新設したプロ認定制度によって景表法の適用回避が行われ高額賞金制大会が実現する」とするJeSUの主張を、広く報じるものも多数現れている。
しかし本稿において考察を行った通り、JeSUの提唱するプロ認定制度と、それに引き続く高額賞金制大会は、その適法性を巡って未だ大きな疑義が残されている状況にあり、このJeSUによる主張が広く社会に流布されている現状は、類似する手法によってあらゆる分野で実質的な賭博サービスの提供を誘発しかねない、社会的には非常にリスクの高い状況にある。
JeSUは今後、多様なゲームタイトルの元での同様の高額賞金制大会を公認し、またアジア大会への日本代表選手の送致を目指してJOC(日本オリンピック委員会)への加盟も目指してゆくという。この様にJeSUがますますその活動を活発化させてゆく事が確実な状況下にあって、今一度、その活動内容の適法性を巡って公的な検証を行うことが必要なのではないか?賭博業種の専門研究者の私の立場として、社会に対してそのリスクに関する大きな警鐘を鳴らすことが必要と考え、本稿をしたためた次第である。
※本記事は、以下に続きます。
日本eスポーツ連合(JeSU)、高額賞金問題に関するまとめ その2
https://news.yahoo.co.jp/byline/takashikiso/20180222-00081875/