鬼滅の刃「遊郭編」の炎上報道で考える、軽くなるメディアの「炎上」記事が生むリスク
今月、鬼滅の刃の続編である「遊郭編」が発表されたことで、大きな話題になりましたが、それに関連する「炎上」騒動があったのかなかったのかという論争が注目されていました。
参考:鬼滅の刃「遊郭編」の「炎上」実態は? アニメ化での「論争」、ツイート分析で調べた
事情を知らない方に簡単にご説明すると、一部メディアが鬼滅の刃「遊郭編」が「炎上」していると報道したのに対して、ツイートを分析すると「炎上」と呼べるような状態ではなかったのではないかという疑問が呈されているのです。
今回の論争は、ある意味、現在のインターネット上のメディアの報道サイクルが抱えている課題が明らかになった、象徴的なケースであると考えています。
「遊郭編」発表後、徐々に拡大した「炎上」報道
今回の騒動を、時系列に整理するとこのような形になります。
2月14日 「鬼滅の刃」の続編アニメとして「遊郭編」が放映されることが発表
2月15日 ツイッター上に投稿された遊郭編に対する問題提起や反論が、インフルエンサーのツイートやネットの個人サイト等でまとめられ、物議を醸す
2月16日 遊郭が漫画の題材にはふさわしくないというツイッター上の議論が「炎上」というタイトルでまとめられる
参考:【炎上】ツイフェミさん、『鬼滅の刃』公式垢に抗議「遊郭は性被害の現場なので美化するな、漫画の題材にはふさわしくない」
2月20日 デイリースポーツが「炎上騒ぎ」と記事化。Yahoo!ニュースに転載された記事でも記事に対する議論がコメント欄で巻き起こる
参考:鬼滅 次回作「遊郭編」で炎上騒ぎ…論争「遊郭を子供に」「女性差別」「過剰反応」
2月20日 記事が注目されたことで、炎上関連キーワードがツイッターのトレンド入り
2月20日 東スポがトレンド入りについて記事化
参考:鬼滅の刃新作めぐる議論で「炎上騒ぎ」がトレンド入り 森喜朗〝失言〟の影響も
2月22日 J-Castニュースが、炎上はなかったのではないかと記事化
参考:鬼滅の刃「遊郭編」の「炎上」実態は? アニメ化での「論争」、ツイート分析で調べた
2月26日 NEWSポストセブンが、炎上騒ぎへの問題提起の記事を掲載
参考:『サザエさん』『鬼滅の刃』の炎上騒ぎとネット報道を考える
実際に、「鬼滅の刃」と「炎上」というツイートがどれぐらいされていたかという数をYahoo! リアルタイム検索でグラフ化するとこのような形になります。
最初の山が、2月16日のツイートまとめが少し話題になったタイミングで、2つ目の山が2月20日のデイリースポーツの報道のタイミングです。
明らかに16日のタイミングはたいして話題になっておらず、デイリースポーツの報道とツイッターのトレンド入りによって、炎上騒動の認知が拡がったことが分かります。
鬼滅の刃ファンの間ではスルーされた「炎上」
一方で「鬼滅の刃」という全体のツイート数を見るとこんな感じ。
あくまで最も盛り上がっているのは2月14日の、「遊郭編」発表のタイミング。
実は、2月16日はもちろん、2月20日の炎上報道のタイミングですら、全体の鬼滅の刃の話題量からすると、全くツイート数のグラフに影響が出ていません。
実は、多くの鬼滅の刃ファンの間においては、今回の「炎上」騒動は、まったく注目されていない話でしかないわけで、これが「炎上」か?といわれると、疑問に思う人は当然多いでしょう。
(なお、2月25日の盛り上がりは、炎上関連の話ではなく、関連キャンペーンによる盛り上がりのようです)
本当の炎上騒動におけるツイート数の推移として、森喜朗元会長をめぐるツイート数の推移グラフを提示してみると、その違いは一目瞭然。
2月3日の森元会長の発言をめぐって、2月4日に大きな議論の山が盛り上がっていることが良く分かると思います。
この場合は、このタイミングにおける森元会長に関するツイートのほとんどが、炎上騒動起点になっているのは間違いなく、典型的な炎上状態のグラフになっています。
森元会長の発言をめぐる議論を「炎上」状態と定義するのであれば、これと比較すると鬼滅の刃の論争は、到底「炎上」とは呼べるレベルではないでしょう。
やはり、ここで注目すべきは、今回の鬼滅の刃をめぐる議論のような状態を「炎上」と呼んで良いのか?というメディアの報道姿勢の問題でしょう。
「炎上」という報道により、増幅される「分断」
実は、昨年にもサザエさんの番組を通じて似たような騒動がありました。
参考:サザエさん炎上騒動で考える、テレビの話題に頼るネット報道の問題点
この際は、サザエさんの番組に対する一部の批判的発言を元に、「サザエさん」がまさかの”炎上”と記事化され、実際には炎上していないのではないかという批判が上がった結果、記事のタイトルが修正されるという展開になりました。
今回は、2月20日の記事を書いたデイリースポーツの記者の方の視点からすると、2月16日のまとめページによって、炎上関連の発言が増えたのは事実であり、それを記事化しただけなので、タイトルを修正する必要はない、という意識はおそらく強いでしょう。
一方で、2月16日に作成されているツイートまとめページは、あくまで鬼滅の刃への問題提起のツイートをしている人が炎上しているという文脈で、タイトルがつけられており、こちらもウソはついていません。
ツイートまとめページにまとめられたツイートを投稿した人々も、ある意味で正義感を元に持論を展開して議論しているだけで、鬼滅の刃を悪意で炎上させようとしているわけではありません。
ただ、その結果、実際にはそれほど注目されていなかった一部の人による問題提起が、まるで鬼滅の刃自体が炎上しているように錯覚される状態で報道され、ネット上で感情的な極論の議論が可視化・増幅されることになってしまうわけです。
実は、このネットメディアの極論増幅サイクルこそが、ネット上の「分断」を激しくする構造的問題です。
極端な議論を展開し、論争を巻き起こせば巻き起こすほど、人々の注目を集め、フォロワーやページビューを集められやすいという現実があり、それにより両極端な過激な意見ばかりが注目されやすくなっているわけです。
鬼滅の刃のように非常に大勢が話題にしているテーマであれば、必ず一部の人が何らかのネガティブな反応をすることになります。
その一部のネガティブな反応を取り上げて「炎上」と取り上げると、そのキーワードに反応した人たちが集まり、当然、敵と味方に分かれて議論を展開することになります。
さらに、その議論を元に「炎上」が事実化してしまい、さらに大勢の人が「炎上」を前提として対立構造で議論することになり、お互いの「分断」が拡がってしまうわけです。
「炎上」を煽ることが収益につながるネットの構造問題
このサイクルを加速してしまっているのは、やはり記事タイトルに「炎上」と入れた方が読者に記事をよくクリックしてもらえる現実と、ネットメディアにおいては、記事が読まれることが収入に繋がるという構造が連動することにより生まれる、いわゆる「釣り記事」問題です。
同じ構造で、芸能人やスポーツ選手の発言が切り取られ、炎上と報道されるケースも増えていますが、実はこのネガティブサイクルが平常化すると、たいして炎上もしていないのに、炎上したとレッテルを貼られた「個人」に誹謗中傷の攻撃が集中し、その人が追い込まれてしまうという問題が再発してしまうことになります。
参考:木村花さんの悲劇から、私たちが本当に学ばなければいけないこと
ネット上の誹謗中傷については、訴訟による対策も確立しはじめていますし、法制化も議論されており、今後対策が進むことが期待されますが、その誹謗中傷の旗振り役になりかねない「炎上」報道についても、今後、それぞれのメディアや業界団体でのなんらかのルール化が必要になってくるのではないかと感じます。
(もちろん、私自身も、炎上解説記事を書くことで、原稿料をいただいてしまっており、このネガティブサイクルの中に取り込まれている人間ですので、自戒も込めて。)
データと事実に基づいた報道が必要に
個人のインフルエンサーや個人メディアにまで、そうした「炎上」の煽りや誇張表現を自粛するように依頼するのは、難しいとしても。
少なくとも組織で商業メディアを営んでいる方々には、「炎上」という言葉の状態の定義をしていただき、発言量とネガティブ比率などのデータを元に炎上報道に取り組んでいく必要があるように感じます。
いずれにしても、鬼滅の刃の大ヒットは、コロナ禍における数少ないポジティブな話題であり、だからこそ、今回のような「炎上」報道がされやすい面もあるとは感じます。
いろんな意見はあって当然だとは思いますが、1鬼滅の刃ファンとしては、今から「遊郭編」の放映を楽しみにしたいと思います。