“プーチンの盟友”がTesla絶賛「マスク氏をロシアに招待したい」――最新EVウクライナ戦争に登場か
- ロシア南部チェチェンのカディロフ首長はTesla社製最新EV“サイバートラック”を軍用に改装し、同社CEOのマスク氏を「現代最高の天才」と称賛した。
- カディロフは“プーチンの歩兵”を自認していて、その発言はサイバートラックがウクライナ戦争に投入されるのではという憶測を呼んでいる。
- ウクライナ戦争に限らず、EVやハイブリッド車が軍事利用される公算は高まっており、カディロフの発言はこうした潮流の縮図といえる。
「マスクは現代最高の天才だ」
ロシア南部チェチェンを統括するラマザン・カディロフ首長は9月18日、SNSに米Tesla製EV(電気自動車)サイバートラックの動画を投稿した。
サイバートラックは2023年末に納車が始まったばかりの電動ピックアップトラックで、近未来的な独特のフォルムが目をひく。
最高時速は209km/hで、停車した状態から100km/hまで加速するのに要する時間はわずか2.7秒という短さだ。同社CEOイーロン・マスク氏がXに公開したデモンストレーション動画では、ドラッグレースでポルシェ911に勝利した。
その一方で、ステンレス鋼のボディにアーマーガラス、オールテレインタイヤを装備していて、自動小銃の弾でも貫通できないという。
要するに、公道を走れる超高速装甲車、といったイメージだ。その性能に応じて価格は日本円で900万円以上する。
カディロフは動画のなかで、機関銃を搭載して戦闘用に改装したサイバートラックに乗車し、「マスク氏に心から感謝したい。彼は現代最高の天才だ」と絶賛した。
そのうえで「最上級ゲストとしてチェチェンに招待したい」、「ロシア外務省は全く問題視しないはずだ」と続けた。
カディロフとは何者か?
このニュースを報じたアルジャズィーラによると、カディロフの呼びかけに対してTeslaあるいはマスク氏からのコメントはない。
それも無理のない話だ。
カディロフはチェチェン共和国の強権的支配者で、反対派に対する拷問や超法規的処刑といった人権侵害を理由に、アメリカ政府から経済制裁の対象にされている(そのカディロフがどんなルートでサイバートラックを入手したかは不明)。
それだけでなく、カディロフはプーチン体制を支える重要人物の一人でもある。
チェチェンでは冷戦終結後の1990年代から分離独立運動が高まり、これと連動してイスラーム過激派の活動が活発化した。
カディロフはこれを力ずくで押さえ込む見返りにチェチェンの最高権力者の座をプーチンに認められ、ロシア政府から毎年多額の補助金を受け取る立場にある。
カディロフ自身は“プーチンの歩兵”を自認していて、2023年6月に反乱を起こした民間軍事企業ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジンとは、プーチンへの忠誠心を競い合うライバルでもあった。
カディロフは今年5月、その配下にあるチェチェン人部隊のうち累計4万3500人がウクライナに派遣されていて、さらに数万人増派の予定があると明らかにした。
ウクライナ戦争にEVは投入されるか
カディロフはSNSでサイバートラックが「我々の部隊に計り知れない恩恵を与えてくれる」とも評している。それはサイバートラックがウクライナの戦場に投入され得る、というメッセージに受け取れる。
近年の戦争をみれば、その憶測も理由のないものではない。
近年の戦場では民間企業や役所と同じく、コストパフォーマンスが重視される傾向が強まっている。先端技術はそのための一つの手段として重視されているのだ。
ウクライナでもこれまでドローン、AI、衛星通信システムなどが次々と投入されてきたが、カディロフの動画はEVがこれらに続く可能性を示唆するといえる。
ウクライナ以外に目を転じると、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイでは、軍用ではないが警察車両としてサイバートラックが導入された。
もっとも、実際にサイバートラックがロシア軍の一部としてウクライナの戦場を走り回るかには疑問の余地がある。
ジョージア国際戦略研究財団のアレクサンドル・クヴァハーゼ研究員は、カディロフ率いるチェチェン兵がウクライナで最前線に立っておらず、後方でもっぱらプロパガンダ用の動画を撮影していると分析する。
そうだとすると、カディロフが動画でサイバートラックを絶賛したのはむしろ、チェチェン人の志願兵を増やすため、「こんな最新EVで戦場を疾駆するイケてる部隊」といったイメージの宣伝だった可能性が高い。
サイバートラックはともかく
ただし、ウクライナやサイバートラックに限定しなければ、EVが戦場を駆ける情景は遅かれ早かれ、珍しくなくなる公算が高い。
特にヨーロッパではイギリス、フランス、ドイツなどで軍用車両をEVに切り替える計画が進んでいる。
アメリカ陸軍も車両の電化を段階的に進めていて、それに並行して災害時や停電時でも対応できるようなソーラー設備も駐屯地などに増設している。
それは脱炭素の機運だけが理由ではなく、ウクライナ戦争の経験がある。
ウクライナでは多くの車両が戦場で放棄されてきた。その一因はガス欠しても燃料補給が難しかったこととみられていて、この点でEVの方が従来型のガソリン車より優れている可能性が指摘されているのだ。
戦場のトヨタブランド
とはいえ、先進国はともかく、途上国とりわけ貧困国では、高い単価や充電スタンドの配備の難しさなどからEVの普及そのものが遅れがちで、軍用車両となるとなおさらだ。
その意味で途上国の戦場ではEVよりむしろ、トヨタが牽引してきたハイブリッド車の方が普及しやすいといえる。
ハイブリッド化が進む以前から、戦車や航空兵力を十分保有できない途上国では、政府軍から反政府勢力に至るまで、トヨタブランドが確立してきた。
その大きなきっかけは1987年に北アフリカで発生したチャド・リビア戦争、別名“トヨタ戦争”だった。国境を超えて侵攻したリビアの戦車部隊に対して、チャド軍が対戦車砲を持った兵員をランドクルーザーに乗せて撹乱し、火力に勝るリビア軍を最終的に撤退させたのだ。
それ以来、トヨタの意向とは無関係に、ランドクルーザーは世界各地の戦場を疾駆してきた。アフガニスタンのタリバン兵にも愛用者が多い。
そのトヨタは昨年8月、初のハイブリッド型ランドクルーザーを発表した。
その販売は米国などが中心で、すぐに世界各地の戦場に普及するとは思えない。
しかし、中古車の違法取引ルートなどを通じて、いずれどこかの戦場に新型ランドクルーザーが登場しても全く不思議ではない。
戦争の歴史を振り返れば、技術革新の歴史でもある。ロシア軍の一部としてサイバートラックが用いられるかはともかく、カディロフの発信そのものが自動車技術が激変する現代の一つの縮図であることは確かなのである。