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ライドシェアの解禁、実は働き方改革と交通権の問題ーなぜ政府とタクシー業界に任せていてはダメなのか

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
出典 エストニア政府

2009年3月、米国でUberが設立され、ウーバー・テクノロジーズの前身企業が米国で設立されてからはや14年がたった。世界各地でライドシェアが普及し、バス・タクシー以外の移動の選択肢が常識化しつつある。そんな中、日本ではライドシェアはずっと禁止されたままだ。日本国内のUber Japanは主に料理宅配サービスで事業を伸ばしてきた。ただ、この間、日本のタクシーも確かに便利にはなった。アプリ配車やキャッシュレス決済が進み、車両も東京2020五輪を契機に都市部では更新が一気に進んだ。

〇交通権が脅かされる

だが地方や都会でも郊外を中心にタクシー不足が深刻化している。車両は余っているが、とにかく運転手が足りない。コロナ禍を機に引退した運転手が補充できない。地方では路線バスがどんどん廃止される中でますます高齢化が進む。

そういう中で運転免許の返納を勧めるキャンペーンが行われるのはおかしくないか。先進国のはずの日本で病院通いのお年寄りの唯一の足のタクシーまで不足する――というのはどういうことか。自由に行きたい場所に行ける、ひいては好きな場所に住めるためには公共交通が必須である。これを交通権といい、福祉のひとつ、さらに基本的人権ととらえる考え方が欧米の趨勢である。タクシーはかつて余裕のある人が使うぜいたくな存在だったが、もはや基本的人権を担保する公共財でもある。

以上は乗客の権利からみた発想だが、運転手の権利からも考えてみたい。

〇多様な働き方の導入が進まない

病院、ガソリンスタンド、スーパー、飲食店など世の中、どこの業界も人手不足だ。そんな中、なんとか社会の基本が維持できているのは、パート、アルバイト、副業、ボランティアなど様々な雇用形態が出てきて、人材をかろうじて確保しているからだ。

ホテルや商店、レストランなど多くの職場で今は非常勤や派遣労働の人が増えた。時間帯でみるともっと多種多彩だ。昼前から夕方はパートの女性が助っ人に入ってくれる。夕方からは学生アルバイトにバトンタッチする。夜遅くになると昼間の仕事を終えて、副業で夜も頑張る若者たちが夜勤に入る。サービス業は繁閑の差も大きい。多様な担い手を多様な働き方で雇うことで、固定費だった人件費を変動費化している。

ところがタクシー業界は敷居が高い。まず二種免許が必要だし、勤務形態も柔軟でない。そういう意味ではライドシェアの解禁以前に、そもそもタクシーの運転に必須の二種免許の要件緩和から始めるべきだろう。たとえば過去5年間に無事故無違反で一定の距離を走ってきた実績があるドライバーを面接で選抜する。彼らを自由な勤務形態で雇う。最初は安全運行の実績があるタクシー会社に限って交通が混雑しない場所や時間帯だけタクシーの運転を認める、いわば“1.5種免許”制度を設けてもいい。これなら安全だし、人手不足に悩むタクシー会社も助かる。大きな反発はなかろう。

〇個人の自由の尊重と自己責任をセットに

海外のような完全に自由なライドシェアについては、国内ではまだ世論の理解は浅いようだ。9月2日、3日に行われたJNN世論調査では、「ライドシェア」の導入について賛成が31%、反対が55%となった。インターネット上では反対の理由として、安全性への懸念、事故の際の対応が不安などの声がある。「安全はお上が守ってくれるもの」という、いかにも日本人らしい考え方ではないか。

海外ではこう考える。第1に危険な車や危険なドライバーは営業用だろうが自家用だろうが厳しく規制をかける。路上に出させない。そのうえで第2に「誰が誰を乗せてどこに行こうが本人同士が合意してやるのだから自由であるべき」と考える。個人の自由は最大限尊重されるべき、政府は口出すなという発想である。

よって第3に、営業用だから厳しい免許や許可が必要だとか、営業用だから特別な車両でなければならないといった一律規制を政府に期待する発想はとらない。消費者の選択の自由を増やすことを政府は規制しない。また自由な働き方を規制もしない。だから第4に、自由を最優先する結果、もし悪徳業者、悪質ドライバーがいたとしてもそれを避けるのは自己責任であり、そして悪質な企業も運転手もいずれは競争で排除されるべきと考える。

第5に、とはいえ、かつて消費者は悪質事業者を見抜けなかった。だから海外でも事業者免許制度があって政府が審査していた。しかし、今やライドシェア事業者(ウーバーなど)が介在し、アプリの中で顧客の体験情報が公開される。評判の悪い事業者やドライバーは競争から排除される――消費者から選ばれない――という淘汰の仕組みができた。

こうして考えるとライドシェアは、政府がやっていた規制を市民がテクノロジーを使って民間事業者に委託する(市民が事業者に顧客体験のデータを出し合うことで自分たちで管理する)というビジネスモデルの転換であることがわかる。

〇政府許認可を市民に取り戻す民主化

ライドシェアでは消費者が顧客体験を共有し、政府に代わって悪徳業者を排除する。この仕組みは実は民主主義革命の構図ではないか(!)。ところが日本国民は、いまだにお上が認可した事業者と運転手を信じ、かつその許認可の継続を期待している。かつて「水戸黄門」というテレビ番組が人気を博したが、あれにも似た構図ではないか。自分たちは悪徳業者とは戦わない。水戸黄門の裁きをじっと待つという悪しき封建思想である。しかし今時の政府は声なき大衆のことなど考えない。目の前の声の大きなタクシー業界の懸念にしか耳を傾けない。じっと待っていても何も起きない。

ライドシェアとは消費者体験を共有できるITテクノロジーである。おかげで消費者は競争原理と情報公開のなかで、サービスと価格と競争を自主管理できるようになる。それに背を向け非効率な政府を信じて許認可作業に過大なコストを払い続ける日本国民には「目覚め」をひたすら促したい。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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