コロナ禍における美食の意義 ミシュランガイドで注目するべき5つの点
ミシュランガイド東京 2021の発表会
2020年12月7日に「ミシュランガイド東京 2021」の発表会が行われました。店頭での発売は12月10日からとなっており、ぐるなびが運営する会員制公式ウェブサイト・アプリ「クラブミシュラン」では発表会後すぐに最新版となっています。
現在進行中ですが、2020年は新型コロナウイルスが猛威をふるった1年間であり、昨年までとは全く異なる環境であっただけに、ミシュランガイドもどうなるのかと大きな注目を浴びていました。
そういった状況にあって、飲食店446店、ホテル・旅館34軒が掲載。新たな三つ星店が2つ誕生し、三つ星はのべ12店となりました。そのうち3店は2008年版以来、14年間連続三つ星での掲載。新規掲載は飲食店が53店、ホテル・旅館が7軒と、大きな動きがあった年であるといえます。
激動のコロナ禍において、ミシュランガイドの見るべきポイントについて説明しましょう。
初めてとなるオンライン発表会
ミシュランガイドの発表会は、飲食業界がお祭り騒ぎとなるイベントです。掲載されそうな飲食店は心が弾み、そうでない飲食店であってもどこが掲載されるのかと関心を寄せます。
例年であればホテルで開催。始めに着席の記者発表会が行われ、その後に宴会場へ移動して、発表会パーティーが開催されます。飲食店やホテルの関係者、それに、あまり多くありませんがメディアも会場を訪れ、会場は大賑わいです。
星の数が増えた飲食店や全ての三つ星店が揃うフォトセッションも行われ、最後にミシュランガイドの本が手渡されて閉会します。
今年は新型コロナウイルスの影響を受けて、ミシュランガイド東京としては、初めてとなるオンライン発表会が行われました。オフラインでもオンラインでも飲食店の関係者や一部のメディアだけが参加する形は同じですが、オンラインになったことによって、ギュッと短縮されたといえるでしょう。
オンライン発表会では、始めに日本ミシュランタイヤ株式会社 代表取締役社長であるポール・ペリニオ氏が今年のポイントを説明し、次にミシュランガイド事業部 ブランドライセンス事業部 執行役員である本城征二氏が新規掲載店などを紹介しました。
その後に、YouTubeのコメント欄を通して質疑応答があり、最後に新規三つ星店に掲載を伝える様子を撮影したビデオが流されて終了。
通常の発表会に比べると味気なく、熱量も少ないように感じられますが、資料や写真、動画が随時アップロードされたり、コンパクトにまとめられたりしたので、とてもスピード感があったように思います。
これからの時代におけるミシュランガイド発表会の新たな形を示したといえるでしょう。
新しい三つ星店が2つ
最高峰に位置する三つ星店は、昨年11店舗でした。食べログに登録された東京の飲食店が約12.8万店もあることを考えれば、まさに奇跡ともいうべき11店です。
今年は1店舗が二つ星になりましたが、川田智也氏が料理長を務める中国料理「茶禅華」と生江史伸氏がシェフを務めるフランス料理「レフェルヴェソンス」が新たに三つ星となり、全部で12店舗となりました。
昨年は三つ星の鮨2店が、ミシュランガイドのレギュレーションと合わないために、掲載されなくなったことが話題を呼びましたが、今年は2店舗が新たに加わったことで、また大きな耳目を集めることでしょう。
「茶禅華」は星がとりづらいといわれる中国料理で、昨年二つ星として掲載された勢いのある店。「レフェルヴェソンス」は、いつ三つ星として掲載されてもおかしくないといわれているフランス料理店です。
したがって新たな三つ星に意外性はありませんが、2店同時に三つ星になったということで、飲食業界にとっては明るい話題でしょう。
一つ星から二つ星になったのは日本料理「久丹」と「鮨 かねさか」。新たに一つ星として掲載された飲食店は18店あり、いくつか挙げておきたいです。
フレンチの巨匠アラン・デュカス氏が率いるデュカス・パリがプロデュースしたパレスホテル東京「エステール」は、大方の予想通り掲載されました。来年は二つ星へと期待が寄せられるところです。
オープン2か月で一つ星となった「TIRPSE(ティルプス)」料理長の寺田惠一氏がシェフを務める「薪焼 銀座おのでら」、既にビブグルマンとして掲載されている「Ata」のオーナーシェフ掛川哲司氏が新業態として始めたクラシックフレンチの「おでこ」、イノベーティブイタリアンという新たなコンセプトを掲げた「ファロ」が注目。
グリーンスター
以前から噂になっていたグリーンスターが今回から取り入れられました。
グリーンスターとは、フードロス(食品ロス)の削減、環境に配慮する生産者の支援、絶滅危惧種の保護などを積極的に推進する飲食店が掲載されるセレクション。
全部で6店が掲載されていますが、どれも納得といえるでしょう。「カンテサンス」オーナーシェフ岸田周三氏や「シンシア」オーナーシェフ石井真介氏はサステナブル・シーフードに力を入れています。
「フロリレージュ」オーナーシェフ川手寛康氏は経産牛を用いており、「ラチュレ」オーナーシェフ室田拓人は自ら狩猟もし、フードロスに関心があるのです。
今後も人類の美食が続いていくかどうかは、ひとえにフードロス削減やサステナビリティによるといって過言ではありません。無駄に食材を浪費したり、自然を破壊したりすることによって、美食は潰えてしまうのです。
そのため、フードロス削減やサステナビリティに貢献する飲食店を評価する仕組みがあるのは非常に重大なこと。
ちなみに、他の2店は「NARISAWA」「レフェルヴェソンス」。選ばれた6店はフランス料理もしくは、フレンチをもとにしたイノベーティブになります。
魚が重要となる日本料理や鮨でも、グリーンスターとして掲載されることを期待したいです。
星を落とした飲食店
新しく掲載されたり、星を増やしたりする飲食店がある一方で、もちろん掲載されなくなった飲食店もあります。
初登場でいきなり二つ星として登場した「INUA(イヌア)」は掲載されなくなりました。もともと海外からのゲストが非常に多かったので、新型コロナウイルスの影響で現在もまだ休業しています。調査もままならないために、掲載できなくなったのでしょう。
「クレッセント」「ハインツ・ベック」は一つ星として掲載されていましたが、閉店することになって掲載されていません。
その「ハインツ・ベック」跡地にオープンした古賀哲司シェフが腕をふるう「Plaiga TOKYO(プレーガトウキョウ)」や、星付き店で研鑽を積んできた信太竜馬料理長の「elan(エラン)」も掲載が期待されましたが、残念ながら叶いませんでした。
ホテルの評価
ミシュランガイドではホテルの快適さに対する評価も行っています。
1パビリオンから5パビリオンの5段階があり、数字が大きいほど、また、同じ数字であれば赤い方が高い評価となっています。ハードウェアの割合も大きいことから、評価が大きく変動することはあまりありません。
新しく掲載されたホテルで注目したいのはキンプトン新宿東京、東京エディション虎ノ門、フォーシーズンズホテル東京大手町。
キンプトン新宿東京と東京エディション虎ノ門は日本に初上陸したブランドであり、前者はインターコンチネンタルグループのライフスタイルホテル、後者はマリオットホテルグループの最上位ブランドです。
フォーシーズンズホテル東京大手町は、大きな空間を有したカナダのラグジュアリーホテルで、最高評価の5レッドパビリオンとして掲載されています。
JR東日本の子会社である日本ホテルが運営する新ブランドのメズム東京、オートグラフ コレクションが掲載されたのも順当です。
ホテルのレストランという視点からも見てみましょう。
マンダリン オリエンタル 東京はフランス料理「シグネチャー」、広東料理「センス」、イノベーティブ「タパス モラキュラーバー」が一つ星、「ピッツァバー on 38th」がビブグルマンと、引き続きホテルでダントツの評価を得ています。
赤坂洋介エグゼクティブシェフのANAインターコンチネンタルホテル東京「ピエール・ガニェール」は二つ星、ティエリー・ヴォワザン氏がシェフを務める帝国ホテル 東京の「レ セゾン」は一つ星と堅調です。
閉店したハイアット リージェンシー 東京「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」でエグゼクティブシェフを務めたギヨーム・ブラカヴァルが腕をふるうフォーシーズンズホテル東京大手町「est(エスト)」は、2020年9月1日のオープンということもあり、今回に間に合いませんでした。
調査員や評価
昨年に引き続き、発表会で次のことが強調されていたのが印象的です。
それはつまり、全ての調査員はミシュランタイヤの正社員であり、世界統一の評価基準で調査し、評価できるようにトレーニングされていること、そして、調査は匿名で行われ、一般の客と同じように予約し、食事をとり、料金を支払っていること。
例外的に、詳細な情報の提供を求める際でも、支払いを終えた後のみであるといいます。
評価の基準についても改めて示されました。
・素材の質
・料理技術の高さ
・味付けの完成度
・独創性
・常に安定した料理全体の一貫性
以上の項目を重視しており、調査員、編集長、ガイドブックの総責任者による合議制で掲載されるかどうかが決められています。
インターネットが発達し、フーディーたちが世界で美食を楽しみ、評価するようになっていますが、長い歴史を誇るミシュランガイドが矜持を示し、誤解のないように発信したということでしょう。
ミシュランガイドの意義
質疑応答の場で、代表取締役社長のペリニオ氏は次のように述べています。
「モビリティカンパニーであるミシュランがドライバーに移動する喜びを提供するためにミシュランガイドを創刊し、今年で120周年になる。新型コロナウイルスによって大変な時期であるからこそ、飲食業界に貢献するために調査を行って紹介することになった」
緊急事態宣言の自粛期間中は、調査に調整を要することもあったといいますが、これを乗り越えて今年も刊行する運びとなったのです。
現在のように外出気分が低下し、外食ムードが沈みがちな時であるからこそ、多くの人々に飲食店の魅力を伝え、そして、飲食店に希望や力を与えるミシュランガイドの刊行は、著しく大きな意義があると私は考えています。