木村拓哉氏主演「グランメゾン東京」はどこまで正しい? ロス後も楽しめる15の検証
今クールのテレビドラマ
今クールのテレビドラマの中で、何が最も印象に残っていますか。
普段はあまりテレビを観ず、芸能界にも疎い私でも注目していたものといえば、木村拓哉氏主演のTBS『グランメゾン東京』。
なぜかといえば、美食とミシュランガイドをテーマにした食のドラマだからです。
フランス・パリで20年以上も三つ星を維持している「ランブロワジー」で撮影があったことは非常に驚きでした。
なぜならば、これだけの名店でありながら、撮影に協力することはほとんどないからです。オーナーシェフのベルナール・パコー氏は制作陣が信用できると述べています。
本物を追求
本物を追求したドラマでもあります。
というのも、ミシュランガイド三つ星「カンテサンス」オーナーシェフ岸田周三氏とニつ星「INUA」シェフのトーマス・フレベル氏が料理を監修しているからです。
デザートに関しては、ホテル インターコンチネンタル 東京ベイでエグゼクティブペストリーシェフを務める徳永純司氏が監修しています。
本物の美食を見せたいという制作陣の本気度が伝わってくるでしょう。
『グランメゾン東京』のあらすじ
『グランメゾン東京』のあらすじを説明します。
木村氏が演じる尾花夏樹はフランスでミシュランガイドニつ星を獲得した「エスコフィユ」の天才オーナーシェフ。三つ星を狙っていたところ、ある致命的なアクシデントによって信用も信頼も失い、自身のレストランを捨てて行方をくらましてしまいます。
数年後、鈴木京香氏が演じる早見倫子とたまたま出会い、東京で一緒にレストラン「グランメゾン東京」をオープンすることになり、三つ星を目指すという内容です。
レストラン、しかも、ミシュランガイドという食の道標となる評価に挑んだドラマとあって、どこまで忠実に再現されているのかと興味をもって観ていました。
最高級レストランを意味する
『グランメゾン東京』の「グランメゾン」はどのような意味をもっているのでしょうか。
レストランの記事で「グランメゾン」という表現を見かけることは少なくありませんが、フランス語で「Grande maison」と記し、「グランドメゾン」と読むのが正しいです。
「大きな家」「大きな邸宅」という意味になりますが、日本では「高級レストラン」「最高のレストラン」を意味するのに用いられています。
どれくらい再現しているのか
『グランメゾン東京』では本物が追求されていると述べましたが、どこまで実際のレストランや業界が再現されているのでしょうか。
- 賃料
- 規模
- 「gaku」の存在
- サービススタッフ
- 経歴
- 労働環境
- トップレストラン50
- ミシュランガイドの評価
- ミシュランガイド発表会
- 前哨戦
- 上下関係
- 事件
- ハーブ
- マナー
- エスコフィユ
以上の点からそれぞれ検証してみたいと思います。
ドラマ名とレストラン名が同じで紛らわしいので、ドラマ名を表現する時には『グランメゾン東京』、レストラン名を表現する時には「グランメゾン東京」と記すようにしています。
賃料
倫子と尾花がオープンした「グランメゾン東京」は34席を有していますが、どれくらいの規模感なのでしょうか。
なかなかダイナミックなオープンキッチンを擁しているので、店舗全体の45%程度がキッチンであるとします。画面からテーブル間隔は一般的なファインダイニング程度に見えるので、1坪1.7席とすると店舗面積は36坪程度。
「グランメゾン東京」は40坪という設定なので、だいたい合ってそうです。
場所は人気エリアの目黒区ですが、駅から徒歩10分くらいの距離であれば、路面店でも月の賃料は70万円くらいになるのではないでしょうか。
『グランメゾン東京』では月50万円の賃料だったので安いような気もしますが、倫子が「駅から遠すぎる」と述べているので、徒歩15分以上であれば、このような格安物件が見付かるのかもしれません。
規模
ミシュランガイドで星をとっているフランス料理店の席数を確認してみましょう。
三つ星であれば、「ロオジエ」46席、「ジョエル・ロブション」40席、「カンテサンス」38席です。
ニつ星ではANAインターコンチネンタルホテル東京「ピエール・ガニェール」52席、「ベージュ アラン・デュカス」50席、「エスキス」46席、「レフェルヴェソンス」40席、「エディション・コウジ シモムラ」34席、「ナベノ-イズム」24席、「フロリレージュ」22席。
一つ星では「メゾン ポール・ボキューズ」186席、帝国ホテル 東京「レ セゾン」94席、「クレッセント」90席、マンダリン オリエンタル 東京「シグネチャー」75席、ホテルニューオータニ「トゥールダルジャン」60席、「タテル ヨシノ 銀座」58席、ザ・リッツ・カールトン東京「アジュール フォーティーファイブ」38席です。
同じ一つ星でも「アルシミスト」14席、「オルグイユ」12席、「ル・コック」11席、「アルゴリズム」8席と、20席未満のところも少なくありません。
ホテルのフランス料理店の場合には、メインダイニングという意味合いも強く、多くのゲストに対応する必要があるため、席数が多い傾向にあります。
ミシュランガイドは料理のみを調査対象にしていると述べていますが、レストランの規模はキッチンの設備や雰囲気に大きな影響を与えるもの。三つ星を狙うのであれば、他の三つ星フレンチと遜色のない30席以上はほしいところです。
したがって、34席を有する「グランメゾン東京」は三つ星フレンチに挑戦するギリギリの規模ではないでしょうか。
「gaku」の存在
手塚とおる氏が演じる江藤不三男がオーナー、尾上菊之助氏が演じる丹後学がシェフを務める「gaku」は、「グランメゾン東京」のライバルとして、ドラマの味わいにピリッとした緊張感を与えています。
「グランメゾン東京」のロケ地はレストランではありませんが、「gaku」のロケ地は存在するレストランです。
そしてそれは、フランス料理界の巨匠であるポール・ボキューズの伝統を引く「メゾン ポール・ボキューズ」。2つのダイニング、サロン、バーラウンジ、大きな個室も有した、186席の非常に大きなレストランです。
江藤や丹後の存在感に加えて、正真正銘のグランメゾンがロケ地に使われていることが、リアルさを演出できている要因ではないでしょうか。
サービススタッフ
当初は沢村一樹氏が演じる京野陸太郎しか、サービススタッフがいませんでした。
キッチンスタッフもサーブするスタイルをとっているとはいえ、34席なので8テーブルほどあり、ワインペアリングも行っているとなれば、サービススタッフは最低でも2人はほしいところ。閑散期以外では1人で回すのは現実的に難しいでしょう。
ただ、後半からは、ソムリエ資格を有する中村アン氏演じる久住栞奈がサービススタッフとして参加します。
京野も久住もワインに精通しているので、ファインダイニングとしてだいぶ現実的な感じです。
経歴
フランスでミシュランガイドの星を獲得する日本人シェフはだいぶ増えてきました。特にこの2019年は新しい一つ星の日本人シェフが増えて、日本勢がますます注目されています。
その中でも、日本人シェフとして最先端をいくのは、「Kei」の小林圭氏と「Passage 53」の佐藤伸一氏。2人ともニつ星を獲得しており、日本人初の三つ星を狙っています。ただ、「Passage 53」は2019年1月に閉店して別の店になっており、佐藤氏は次なるレストランをオープンするために準備中です。
フランスの日本人シェフの中に、尾花のモデルとなるような料理人が存在するような気もします。しかし、ニつ星のオーナーシェフで突如行方不明となった天才料理人は見当たりません。
では、尾花の経歴をどう捉えればよいのでしょうか。
世界各国から「ランブロワジー」で働きたいと押し寄せる料理人はいくらでもいるので、尾花が採用されたのは料理人として見どころがあったのは確かです。
ただ、どのポジションまで昇格したのか、わかっておらず、「ランブロワジー」前の経歴も説明されていないので、何ともいえないところはあります。
しかし、「ランブロワジー」を辞めた後、オーナーシェフとしてパリにレストランをオープンし、すぐにニつ星を獲得できました。
これだけでも、フランス料理の日本人シェフとして最も成功していると考えて間違いないでしょう。
※尾花はスーシェフまで務めたと情報をいただきました。(2020/1/1)
労働環境
レストランで働くのは肉体的にも精神的にも楽ではありません。
営業時間だけではなく、オープン前に仕込みやミーティングを行ったり、クローズ後に片付けや反省会を行ったり、アイドルタイムに雑務を片付けたり、さらには、それ以外の時に新メニューを開発したりします。
拘束時間は非常に長く、まさに朝から晩まで働き、家に帰ったら眠るだけという環境です。休みも週に1日であり、クリスマスや年末年始をはじめとした書き入れ時には、もちろん休めません。
町場のレストランよりもホテルのレストランの方が、まだ労働環境はよいですが、それでもサービス業であることに変わりはないでしょう。
こういった労働環境であることを前提にすれば、『グランメゾン東京』で倫子が「自分の家族やお店の仲間を幸せにできないような人が、お客さんを幸せにできない」と述べたことは大きな意味をもちます。
そして、及川光博氏が演じる相沢瓶人のために、夕方までの勤務でいいと働き方改革を行ったのは、非常に現代的な施策であったといえるでしょう。
実際のところ、飲食業界で働く人々が過酷な労働環境で疲弊していること、それによって、働く人が少なくなっていることに危惧を覚えるオーナーは少なくありません。
そういったオーナーは、ランチ営業をやめて負担を減らしたり、週休2日制を取り入れたり、給与水準を引き上げたり、海外視察を兼ねた慰安旅行を行ったりと、環境を改善しています。
フランス語のレストランという言葉には「回復させる」「癒す」という意味があるだけに、人々を癒すには、まず自分たちが心身ともに健康でなければならないという考え方は、本質的なところでしょう。
トップレストラン50
『グランメゾン東京』では、ミシュランガイドはそのまま用いられていますが、トップレストラン50は存在しません。
このトップレストラン50は、ベストレストラン50のことです。ベストレストラン50とは「世界のベストレストラン50」「アジアのベストレストラン50」「ラテンアメリカのベストレストラン50」から構成される世界的なアワード。
日本のチェアマンは中村孝則氏が務めており、審査員は18ヶ月以内に訪れたレストランに対して投票し、その票数によって1位から50位までの順位が決まります。
「グランメゾン東京」のチームは発表会に招待されて、もしも呼ばれなかったらどうしようと心配していましたが、実際とは少し異なります。
ベストレストラン50は、招待があった段階でランキング入りしていることは確実だからです。したがって、会場にいるのであれば逆に、すぐ呼ばれないように祈っているものです。
「アジアのベストレストラン50」では1回目の2013年に「NARISAWA」が1位を獲得しました。「世界のベストレストラン50」では同じく「NARISAWA」が2015年と2016年に8位を獲得して、これが日本の過去最高位。最新の2019年では「傳」が日本トップの11位となっています。
ドラマでは日本のレストランは10位以内に入ったことがないとされていたので、実際とは異なります。もしかすると、最新2019年の11位にしたがって「10位以内に入ったことはない」と区切りのよい順位にしたのかもしれません。
ミシュランガイドの調査
『グランメゾン東京』はミシュランガイド三つ星を目指すレストランの話なので、ミシュランガイドは非常に重要となっています。
ミシュランが公認・協力しているドラマということで、調査の雰囲気や流れなどは本物に近いといってよいでしょう。ミシュランから連絡があったり、調査員が訪れたりすると、料理人の間では情報交換をし合ったりするものです。
調査員はミシュランの正社員であり、誰が訪れても同じような評価を下せるように訓練されています。そして、調査員の匿名性や公平性、ストイックと思えるほどの地道な調査が特徴。こういったことが大きな信頼と絶大な権威につながり、1926年に開始した星のシステムが100年近くも続く理由となっているのです。
したがって、冨永愛氏が演じるリンダ・真知子・リシャールが「グランメゾン東京」のスタッフたちに直接「絶対に星をとらせない」と語気を強めたり、星をとらせないように働きかけたりするあたりは、ドラマならではの演出という感じがします。
また、ミシュランガイドは、調査するレストランをピックアップするのに、グルメ雑誌を参考にすることはありますが、グルメ雑誌や他のレストランガイドの評価によって、星の有無や数が左右されることはないでしょう。
ミシュランガイド発表会
2019年11月に出版された「ミシュランガイド東京2020」の発表会が行われた場所は、東京プリンスホテル2階にある「鳳凰の間」。ドラマでもミシュランガイド発表会は同じホテル、会場が用いられていました。
一つ星店、ニつ星店、三つ星店を紹介する様子も、本物の映像が使用されています。実際の映像とうまく編集して、自然に仕上げられていたといってよいでしょう。
ちなみに、料理の監修を務めた岸田氏も映っていました。ミシュランガイド東京の三つ星フレンチの中では、「カンテサンス」の岸田氏だけが唯一の、オーナーシェフかつ日本人シェフです。2007年に発売された2008年版のミシュランガイドからずっと三つ星を維持しています。
前哨戦
「トップレストラン50はミシュランの前哨戦」と紹介されていますが、ちょっと違います。
確かに、ここ最近ではだいたい、「アジアのベストレストラン50」は3月、「世界のベストレストラン50」は6月、「ミシュランガイド東京」の発表会・発売は11月に行われています。
しかし、ベストレストラン50とミシュランガイドは傾向も審査員も全く異なっているので、お互いにそれほど参考にならないというのが、正直なところでしょう。
ただ、前哨戦として関連付けた方が緊迫感は増すので、物語としてはよかったのではないかと思います。
上下関係
レストランはチームワークが非常に重要であり、一品の料理を作り上げてテーブルまでサーブする流れには、一糸乱れぬ強固な統率が必要です。料理を生み出すシェフが絶対的な中心となっており、全てをコントロールしているといってもよいでしょう。
京野は「エスコフィユ」時代に共に店を切り盛りしていたので、尾花と対等に話せるのはまだ理解できます。
しかし、かつて「エスコフィユ」で働いていた京野以外のメンバーが、オーナーシェフであった尾花にタメ口のような話し方をするのは、いくらドラマとはいえ、少々いきすぎているような気がするのです。
しかも、尾花は「グランメゾン東京」で2番手の料理人であるスーシェフを務めているだけに、より不自然な印象を受けてしまいます。
事件
『グランメゾン東京』において大きな意味を持つ事件は、「エスコフィユ」時代に起きたアレルギー食材混入事件。
これが原因となって尾花は行方不明となり、「エスコフィユ」は閉店することになり、日仏の外交問題にまで発展しました。
アレルギー食材を混入させることは、飲食店を運営する上では食中毒と並んで起こしてはならないことです。それも、国と国との重要な会食の場で、しっかりとしたブリーフィングも行われていたことを鑑みれば、事件が起きたのは信じられません。
アレルギー食材を混入させた犯人について、尾花以外のスタッフには心当たりがないようでした。
しかし、レストランのキッチンではしっかりとした役割分担が決められています。流動的にヘルプが入ったりすることはありますが、基本的には誰がどのような作業をしているのか、みんながわかっているはずです。
テロ事件と疑われるくらいの事件であれば、非常に厳しい捜査が行われたと推測されます。そうであれば、玉森裕太氏が演じる平古祥平に疑いの目が向けられないのは、不自然なことでしょう。
ハーブ
尾花が草を口に含む場面がいくつか見掛けられます。
たとえば、カタバミを食べてこれはいいとなり、料理に添えるシーンがありました。カタバミはフランス語でオクサリスといい、フランス料理ではよく使われます。
最近のフランス料理では野菜をたっぷり使うことが多くなってきており、ハーブも同様。ゲストの舌が肥えてきているので、新しい食材、未知の味を生み出すのに、レストランは日々知恵を絞っているのです。
料理の幅を広げるような様々なハーブが登場するのは、今のトレンドを捉えているといってよいでしょう。
マナー
レストランがテーマとなっているだけに、ドラマ内で少し気になったマナーについても触れておきます。
気になったのは、試食中に手皿で食べたり、ワインボトルの首を掴んで注いだり、口の中に食べ物が入っているのにワインを飲んだりしたことです。
ただ、ドラマの中で重要なシーンになっているわけではないので、あまり違和感はありませんでした。
エスコフィユ
尾花がパリでオーナーシェフを務めたのは「エスコフィユ」というフランス料理店でしたが、オーギュスト・エスコフィエからとったことは明らかでしょう。
エスコフィエは、コースメニューを取り入れたり、部門シェフであるシェフ・ド・パルティエを配したり、料理を体系的にまとめたりと、近代フランス料理の礎を築いた偉人です。
「エスコフィエ・フランス料理コンクール」が日本で三大フランス料理コンクールのひとつとして知られていたり、「エスコフィエ」というフランス料理店が銀座に実在していたりします。ちなみに、銀座の「エスコフィエ」は30年以上前にエスコフィユ氏の曾孫が来店して食事した際に許諾を得ています。
尾花の原点となる店に「エスコフィユ」という名を付けたのは、フランス料理好きの心をくすぐったのではないでしょうか。
レストラン利用の二極化
近年は、食通や美食家の活躍の場が広がったり、フーディーズに注目が集まったりする一方で、レストランで食事しない人も増えたり、ホテルのフランス料理店も少なくなったりしています。
ハレの日や記念日に、高級レストランへ食べに行く機会も減っているのではないでしょうか。
帝国データバンクの調査によれば、2019年の飲食店事業者の倒産は昨年を超えるペースであり、過去最悪になる可能性もあるということです。
食体験は人生を変える
私は素晴らしい食体験は人生を変えると信じています。
『グランメゾン東京』を観て、フランス料理やレストランの素晴らしさや裏側、料理人やサービススタッフの才能や苦悩を知り、心を動かされた人も多いのではないでしょうか。
もしも少しでも関心をもったのであれば、毎週や毎月は無理だとしても、3ヶ月に1度か1年に1回くらいは奮発し、グランメゾンには手が届かなくても、ちょっとしたファインダイニングに訪れてみていただければ、とても嬉しく思います。