投票率83.4% 未成年が投票の練習をする「学校選挙」とは ノルウェー
ノルウェー全国各地で、高校生が投票の練習をする「学校選挙」(skolevalg)が開催された。
4年ごとに行われる国政選挙と統一地方選挙。公式の投票日の直前、学校選挙の総合結果が発表され、政治家や報道陣はこの結果を非常に気にする。
正式な選挙の投票数には影響しないが、学校選挙は「未来の国の行方」を暗示しているともいえ、長期的な選挙分析に役立つとされる。
ノルウェーの教育現場では、政治の勉強と議論が日常的に盛んにおこなわれているが、選挙直前になるとさらに活発だ。
ノルウェーでは18歳になると選挙権が認められており、16歳以上の選挙権引き下げも議論されている。
学校選挙に参加する高校生の中には18歳も含まれる。選挙権を持つ高校生も、持たない高校生も、学校選挙に参加が可能。
参加は義務ではないが、多くの学校が積極的に学校選挙制度に申し込む。
筆者が取材したのはオスロ商業高校。会場で各党の議論を聞いていた高校生のうち30%は、今年初めて国政選挙で投票する18・19歳だった。
学校選挙の投票率は83.4%
今年は390の高校が参加し、360校の投票結果が反映された。17万8158人の参加者のうち、14万8665人が投票。学校選挙での投票率は83.4%。
公式な選挙前の約2週間が学校選挙期間とされる。例として、1日目には各政党の青年部から代表が訪問し、生徒たちの前で政策議論がおこなわれる。
その後、校内や校庭で、各青年部がスタンド(以前記事にした「選挙小屋で政策調査をする子ども 宿題で税金や難民について次々質問 」のようなもの)を設置し、高校生は気軽に質問をすることができる。
2日目には各校で「投票」がおこなわれる。データはノルウェー研究センターに送られ、全国の総合結果が9月5日に発表された。
青年部とは?
各青年部の代表たちは、ただの若者ではない。
この国では「政治家」という肩書は日本より広い意味で使われる。10~20代の青年部の党員も、堂々と政治家を名乗る。
青年部には中学生や高校生も多い。一部の高校生・大学生は、議員、もしくは議員が特別な理由で政務に出席できない時の「代理議員」だ。
各党の若い政治家が全国各地の高校を訪れ、自分たちの党の魅力を語る。
言論内容や配布物などに特に決まりはなく、学校側も自由にさせている。先生たちは口を出さず、議論の様子を遠くから微笑ましそうに見守っていた。
政治にまだまだ興味のない若者も多い。彼らの気をひこうと、若い政治家たちは「いつもとは異なる、分かりやすい話し方」で議論する。
別の言葉でいうと、「国民感情をあおる」という意味で、どこの党もポピュリスト的な話し方が増える。
進歩党は、歌って笑いをとっていた。「労働党は増税ばかり。石油開発を止めようという緑の環境党のおかげで、失業者が増える~♪学校政策をよくしたいなら、進歩党に投票しよう!」。
1980年代から続く学校選挙
ノルウェーの学校選挙が形を帯びてきたのは1980年代から。
1989年の国政選挙の際、若者の政治的思考を理解するためにノルウェー国営放送局NRKのGeir Helljesen記者が率先をとったことで本格化し、政府機関により補助されている。
各学校が届けるデータの価値は高い。投票率が高かった学校は、その数字に誇りをもつ。
大人とは異なる投票をする若者
各選挙の年に最も票を集める政党は、2000年代では労働党、(3回)、保守党(1回)、左派社会党(1回)。興味深いことに、欧州で台頭しているという「極右・右翼ポピュリスト政党」に位置する進歩党が3回。
今年の選挙で初めて投票する18歳
ヘンリック・ブレムネスさん(17)は、9月7日に18歳となるため、11日の国政選挙で選挙権をもつ。すでに事前投票をすませ、初めて投票をするという経験をした。
「投票できて自分の政治的意思を示せたことを、とてもクールに思っています。将来がどうなるのか、自分で決めることができる力を実感できました。ノルウェーでは米国と違い、各党は大きな違いがないので、決めるのは大変でしたね」。
学校選挙については、「自分と同じ年齢の人たちが政治を語る姿をみることができて、面白かった」と話す。
ペール・タンバルグ(20)さんは、緑の環境党を代表して議論した、法を学ぶ大学生だ。
「高校生の三分の一はすでに選挙権を持っており、数年後には全員が有権者となります」。
「学校選挙と公式の選挙には関連性があり、学校選挙にはある程度の影響力もあります。もし、学校選挙で緑の環境党が良い結果を残すことができれば、“この党に投票しようかな”と考える有権者がでるかもしれない」とインタビューで話す。
選挙に出馬する女子高生
フルダ・ホルトヴェットさん(18)は緑の環境党の青年部オスロ支部のリーダー。今年初めて投票する高校生の彼女は、なんと今年の国政選挙に出馬している。すでに事前投票を済ませたそうだ。
「気候変動という今最も大事な課題がある今、一票一票が重要なので、選挙に参加することができて誇りに思います」とインタビューで話す。
学校選挙は政治入門の最初の一歩
シーモン・セーランさん(18)は3年前に自由党の党員となった。
「学校選挙は民主主義がどう機能するかを若者に知ってもらううえで重要です。ノルウェーでは初めて投票する若者の投票率はあまり高いとはいえません。高齢者だけではなく、若者の意見を反映させるためには、若者も投票する必要があります」。
学校選挙では、高校生が相手ということから、いつもとは異なった話し方をしなければいけないと、セーランさんはインタビューで話す。
「学校によっても、私たちの話し方は変わります。一部の高校ではあまり真面目には聞いてくれませんから。その時は私たちも気にかけてもらえるために、ポピュリスト的な伝え方をする必要がでてきます」。
「ただ、冗談や皮肉が多すぎると、聞く側が間違って理解してしまう可能性もあります。ここの学校では高校生はけっこう真面目に聞いてくれましたね」。
学校選挙は、これから選挙する若者にとって、良い意味で「政治入門」の手助けになると語った。
学校選挙の開票日、どこの党が高校生に最も支持された?
5日19時は学校選挙の総合結果が発表される日だ。どこの政党を訪問して取材するか迷ったが、労働党に絞った。
結果、労働党(27.8%)が今年最も票を獲得した。
全体的に左派政党が好調だったため、「16~19歳の高校生は、左派陣営を支持する」と、意思表明がされたことになる。
今回、支持率が下がったのが首相が所属する保守党(15.1%)と、進歩党(10.4%)など右派全体だ。
これには予想される原因があり、「欠席日数限界の決まり」という規則を、政権が厳しくしたためとされている。選挙参加など、特別な理由で休むことができる日数を定めたものだ。欠席できる日数が減らされたため、高校生からは不評だった。
今回は格差問題の解消を掲げる左派社会党(10%)が大きく伸びた。
他にも自由党(7.4%)や緑の環境党や中央党(共に6.8%)、赤党(5.7%)など、いわゆる右派・左派共に、「小政党」が高めの数字を記録。
今回、全県で最も高い支持率を出した労働党の青年部は、2011年7月22日にノルウェー連続テロ事件で、アンネシュ・ベーリング・ブレイビク容疑者の標的となった党だ。
青年部がウトヤ島で夏合宿を開催中、69人が銃乱射で命を奪われた。同党は難民や移民の受け入れに寛容とされており、未来の政治家になる青年部が狙われたのだ。
この日の夜の結果発表には、保守党のアーナ・ソールバルグ首相の対立相手である、労働党のヨナス・ガーレ・ストーレ党首も足を運んだ。
報道陣が速報で伝える、学校選挙の影響力
現場にはテレビ局や新聞社などが大勢詰めかけ、この国で学校選挙がどれほど重要視されるかが伝わってくる。
青年部のフサイニ代表は、この日の結果を受けて、「若者は政権交代を望んでいる!」と、11日の国政選挙に向けて希望の光を見出した。
ノルウェーの教育現場では、若者が10代の頃から、政治の議論参加がしやすい環境づくりが整っている。
学校選挙や、各青年部との身近な距離を通しながら、若者は有権者としての意識を高めていくのだろう。
この国の人々は、政治を楽しむことが上手だ。
Photo,Text, Video by Asaki Abumi