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藁にもすがりたい心境を見せた安倍総理の内閣改造

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(317)

葉月某日

 人事は最高の権力行為である。人事によって人は権力者にひれ伏すか、あるいは権力者の打倒を決意する気になる。

 安倍総理は昨年の8月3日に「長期政権」と「憲法改正」を目的に「未来チャレンジ内閣」と名付けた内閣を組織した。組閣の目玉は日米同盟の一翼を担う防衛大臣に稲田朋美氏を起用したことである。安倍総理は稲田氏を自らの後継者として将来の総理候補に育て上げる考えを示した。

 ところがそれから1年、内閣支持率は急落し安倍政権は存続の危機に立たされている。原因は安倍総理自身が深く関わる「森友問題」と「加計問題」での「政」と「官」の不明朗な関係、また陸上自衛隊の「日報問題」や都議選の選挙応援で見せた稲田防衛大臣の政治家としての資質のなさである。

 原因のいずれも安倍総理自身が作り出したもので、昔の自民党なら総理交代を要求する声が上がり党内抗争が起こるところだが、現在の自民党はこの危機から脱するのに再び安倍総理に内閣改造をやらせて乗り切る道を選んだ。

 しかし安倍総理の任命能力にはすでに疑問符が付けられ、今回の人事には助言者が現れた。その助言者として報道されているのは森元総理である。「なるべく自分とは遠い存在から選べ」と言って、野田聖子氏の入閣や文科大臣に元衆議院議長の伊吹文明氏を起用するよう安倍総理に助言した。

 伊吹文明元衆院議長の文科大臣起用について、2日の産経朝刊は1面トップで「今回の改造の目玉で切り札だった」と書いているから、安倍総理は本気で伊吹氏に打診し、しかしどうしても伊吹氏が首を縦に振らなかったため、「人事構想はぎりぎりの段階で大幅な修正を迫られた」ようだ。

 代わりに文科大臣に選ばれたのは岸田派の林芳正氏である。選挙区で安倍総理とは親の代からのライバルで、本人は現在参議院議員だが衆議院への鞍替えを考えている。現在の領袖は岸田氏だが、しかし岸田氏を出し抜いて総裁選に出馬する可能性も常に模索している。

 安倍氏には自分に反旗を翻した文科省を「平定」するならベテラン伊吹氏の力が必要だが、それがだめならライバルに難しい役目を負わせて苦労させようと思ったのか、それとも岸田氏との関係を重視することを見せようと、岸田派内では岸田氏とライバル関係にある林氏に損な役回りをさせようとしたのか、いずれにしても伊吹氏起用と林氏起用とでは話の筋が違う。

 伊吹文明氏は第一次安倍政権で教育基本法を成立させた時の文科大臣である。日本が占領下にあった1947年に公布・施行された旧教育基本法をすべて改正するもので、「戦後レジームからの脱却」の象徴であった。右派勢力はこれで安倍政権を高く評価した。

 例えば森友学園の籠池前理事長は「第一次政権で教育基本法を改正したのを見て安倍総理の熱烈な信奉者となり愛国教育に邁進する意思を固めた」という趣旨の発言をしている。これがなければ「森友問題」は起きなかったかもしれない。しかし教育基本法を成立させたのは伊吹大臣の手腕によるところが大きいのである。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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