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ブラック企業にとって即効性のある栄養剤!~裁量労働制の拡大、それはもう1つの「定額¥働かせ放題」制度

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長

これまで基本的に新しい制度である高度プロフェッショナル制度という「定額¥働かせ放題」制度について解説してきました。

それについては、以下の記事をご覧ください。

「残業代ゼロ」法案(定額¥働かせ放題)推進派との議論で見えてきたこと その1

「残業代ゼロ」法案(定額¥働かせ放題)推進派との議論で見えてきたこと その2

「残業代ゼロ」法案(定額¥働かせ放題)推進派との議論で見えてきたこと その3

「残業代ゼロ」法案(定額¥働かせ放題)推進派との議論で見えてきたこと その4(了)

しかし、この法案の怖さはこれだけにとどまりません。

むしろ、新しい制度は、新制度であるために小さく始めようとしています。

その反映が年収1000万円以上であるとか、高度な専門職などの縛りです。

これは、一度制度が導入されれば対象が拡大していくことが予測されるので、実際には他人事ではないのですが、それは上記記事などを読んでいただくとして、

実は、同時に、もう1つの「定額¥働かせ放題」制度が導入されようとしています。

それは、

裁量労働制の対象を営業職に拡大すること

です。

もう1つの「定額¥働かせ放題」制度・裁量労働制ってなに?

正確な説明は、このページ(JILPTのページ)に詳しいのでご参照ください。

極々、簡単に言うと、決まった労働時間を設定して、どんなに長く働いても、どんなに短く働いても、その設定した労働時間働いたとみなす制度です(深夜労働は別)。

このとおり、設定された時間しか労働したと認められないため、給料は基本的に定額になります。

そうなると、深夜労働を除けば、時間に比例した割増賃金の支払がないため、長時間、定額で働かせることが可能となります。

そこで、法律的には、労働者に「裁量」(労働時間を自由に決められること)があることが求められているという制度です。

労働者は労働時間を自由に決められるか?

じゃあ、労働者が労働時間を自由に決められるかというと、労働時間とは仕事の量によって決まるため、形式的には自由でも、実際は自由じゃないことが多いですよね。

上司「君の労働時間は自由に決めていいんだよ~」(^^)

自分「自由なんですか!やったー!」(^o^)

上司「ただ、これだけの仕事は明日までに必ずやっといてね」(^_-)ー☆

自分 Σ(-_-;)

ということになっちゃうわけです。

現実にも裁量労働制の適用のある労働者が過労死・過労自死してしまったり、過労による精神疾患となっている事案は後を絶ちません。

また、亡くなったり、病気にならないとしても、たくさんの業務を命じられ、結果として長時間労働を強いられているという、裁量など名ばかりな事案も非常に多いのです。

このように、名目だけの「裁量」を与えて、その実、過大な業務を押しつけるという構造に対して、法律的な歯止めはありません。

その意味で、裁量労働制は非常に危険なものなのです。

そんな裁量労働制の拡大をしようとしています

ところが、今回の法案要綱では、この裁量労働制の対象を営業職に拡大する内容が含まれているのです。

ここには、年収についての定めもなく、高度に専門的であるなどの縛りもありません。

言われているのは、

法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供に係る当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務

「ブラック法案によろしく」より
「ブラック法案によろしく」より

というものです。

これだけ読んでも意味が分かりにくいですが、これは課題解決型提案営業と呼ばれているもので、ほとんどの営業があてはまると言えます。

要するに、完成した商品を売るだけの営業は除かれますが、多少なりとも顧客のニーズに合わせてカスタマイズするような営業は含まれるといっていいでしょう。

これは多くの営業職が含まれる可能性があります。

ブラック企業にとって即効性ある栄養剤

そして、問題は、この制度は年収などの縛りは全くないと言うことです。

たとえ年収200万円の労働者でも、300万円の労働者でも、新入社員だろうと、ベテラン社員だろうと、とにかくこの「営業職」に該当さえすれば、誰にでも導入できることになるのです。

新しい制度の方は年収が1000万円なので、導入時のハードルは高めの設定ですが、この裁量労働制は、ここでいう「営業職」に当たれば、

ハードルはないに等しい

のです。

まさにブラック企業が待ち望んでいた即効性のある栄養剤といえます。

この点で、よく「まともな企業」が善意をもって運用すれば問題ないということを言われることがあります。

たしかに、現行の裁量労働制がうまく運用されている企業がゼロとはいいません。

しかし、残念ながら、現実の社会はそういう企業ばかりではありません。

そして、労働基準に関する法制度は、企業の善意に頼っているようでは、規制がないに等しくなります。

裁量労働制を濫用したブラック企業の事例

前に、「ブラック企業の典型的手口~退職妨害にご注意!」で、ある労働者が長時間労働に耐えかねて、その会社を辞めようとしたところ、会社から約2000万円もの損害賠償を請求されたという「退職妨害」の例を紹介しました。

この事例は、会社側の請求は棄却され、労働者側からの残業代請求が認められています。

そして、この労働者は、実は裁量労働制を適用する扱いにされていたのです。

これが裁判で否定されて、残業代の支払いが命じられている事案でした。

このようにブラック企業が残業代の支払いを免れるために、裁量労働制を導入する例は多いのです。

今回、そのような制度を、営業職に拡大しようというのですから、ブラック企業は大喜びになるのではないでしょうか。

是非、廃案に!

新しい制度の「定額¥働かせ放題」制度も非常に問題ですが、この

もう1つの「定額¥働かせ放題」制度

も大問題です。

是非、廃案に追い込みたいと思います。

今、下記の通り、電子署名をやっていますので、是非、ご協力いただけるとありがたいです!

「定額働かせ放題」法案の 撤回を求めます!

「「定額働かせ放題」法案の 撤回を求めます!」より
「「定額働かせ放題」法案の 撤回を求めます!」より
弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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