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現在議論中<事業成長担保権> 労働者にどんな影響を与える制度か?

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
筆者作成(本文中の挿絵も)

 まだあまりニュースにならず知られていませんが、今、事業成長担保権というものを創設しようという議論がなされています。

「事業成長担保権」創設へ 金融審で議論開始

スタートアップや承継の融資を容易に「事業成長担保権」の創設へ

 こうした報道ではあまり触れられていないのですが、問題は、これが労働契約をも担保に入れる制度として予定されており、働く人に大きな影響がある制度なのです。

日本労働弁護団も、2022年12月26日に、この制度の拙速な導入に反対するとした幹事長声明を発しています(昨年11月から幹事長は私なので私の名義で声明が出ています)。

 この声明を読むと問題点がだいたい分かるのですが、少々(というか、かなり)難しいので、本稿で「事業成長担保」の問題点を簡単に解説していこうと思います。

事業成長担保ってなに?

 まず、事業成長担保って何なの? とお思いでしょう。

議論の始まり

 これは、2022年9月30日、金融担当大臣が金融審議会に対し、「スタートアップや事業承継・再生企業等への円滑な資金供給を促す観点から、事業性に着目した融資実務のあり方も視野に入れつつ、事業全体を担保に金融機関から成長資金等を調達できる制度について検討を行うこと」という内容の諮問を行ったことに端を発します。

 要するに、大臣が審議会に、「企業全体を丸ごと担保に入れる制度を作って銀行などがお金を貸しやすくなる制度を作ったらどうかね」と呼びかけたということです。これに審議会が答える形で議論がスタートします。

 審議会は、この大臣からの諮問を受け事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関する ワーキング・グループという長い名前の検討会議を設置し、「事業成長担保権」という名称の新たな担保制度導入の議論を行うこととなりました。

企業を丸ごと担保に入れる制度

 事業成長担保権とは「事業全体に対する担保制度」という意味です。要するに企業を丸ごと担保に入れてしまう制度ということです。

 ここで「丸ごとって何なの?」と思われるでしょう。これは文字通り丸ごとです。その企業の資産、活動、ノウハウ、アイディア、その他もろもろ、もちろん労働者のもつ技術や知識も含め、丸ごとということになります。

 この「丸ごと」の意味を理解すると、次に「じゃあ、なんで丸ごと担保に入れる制度なんて作るの?」と思われると思います。

 これは、金融庁の説明によると「有形資産を持たない成長企業等でも、事業の成長可能性があれば、融資が可能」とするためです。

 つまり、金融庁は「まだ成功する前の企業には目ぼしい資産がないから今はお金を貸すとリスクしかないけれど、成功しそうな企業のその『成功』を担保に取れば、お金貸せるはずでしょ」と言っているのです。

 スタートアップ企業などの「成功」に期待してお金を貸す制度なので、当然、まだ資産はない。そうなると、もう企業丸ごと担保に入れちゃえばいいよね、ということになるのです。

 これが「事業成長担保」というものです。

普通はこのように実際の資産を担保に取ってお金を貸します。
普通はこのように実際の資産を担保に取ってお金を貸します。

事業成長担保権の場合は資産だけでなく総財産を担保に取ります。そこに労働契約も含まれます。
事業成長担保権の場合は資産だけでなく総財産を担保に取ります。そこに労働契約も含まれます。

労働者にとって何が問題なの??

労働契約の上の地位も担保に取られる 

 今、説明したとおり、事業成長担保権は、企業を丸ごと担保に取る制度です。つまり、企業の「総財産」が対象となることが予定されています。

 この「総財産」には、「契約上の地位」も含まれますので、「労働契約上の地位」も対象になります。つまり労働契約上の地位も担保に差し出される、ということです。

 このように、労働契約自体も担保に取られるわけですが、現在は、使用者が労働契約も含めて担保に差し出す制度はありません。

 したがって、ここに事業成長担保権の大きな特徴の一つがあるわけです。

担保設定時の問題

 そして、労働契約というものは、他の契約関係とは異なり、働く人間と切り離すことのできない契約です。

 この労働契約を担保に出すということは、働く人間を担保に差し出すことと同じ意味となりますので、そもそもそのようなことが許されるのかという根本的な疑問があります。

 そうであれば、たとえ「事業成長担保」という制度を作るにしても、少なくとも担保をつける時点で、担保の対象となる労働者の同意は最低限必要とすべきだと思います。

 ところがこのような指摘に対して、「他の担保制度では労働者の個別同意や通知等は不要であるから事業成長担保権にも不要である」という反論がされています。しかし、他の担保制度は労働契約を担保に差し出すものではありませんから、この反論は反論になっていません。

 このように、担保を設定するときに労働者の同意を要件にしない事業成長担保は創設すべきではないと考えます。

担保設定後の問題

 金融庁の説明によれば、事業成長担保は「事業計画等を明確にする事業者と、当該事業計画等に基づき事業の将来性を理解し、事業者の実態を継続的に把握することができる金融機関との間において、利用されることが想定される」としています。

 つまり、「うちの会社はこんな感じで成長する予定です!」という説明をきいて、それを深く理解した銀行などが、「よっしゃ!わかった!お金、貸しますぜ!」という関係を想定しているとのことです。

 ただ、お金を貸すということはきれいごとではありません。銀行などの金融機関としても、貸したお金は利息付けて返してもらわないと利益になりません。

 そのため、金融機関は、その企業が成長するかどうかを監視することになります。

 金融庁も、お金を貸した銀行などが、対象の企業の「試算表、決算書、事業計画等の進捗を報告」させたり、銀行などによる「フォローアップ・伴走支援」、場合によっては「経営改善のための対応協議」等がなされるものとイメージしているようです。

 これは、金主となった金融機関がその企業の運営に深く関与することが想定されるものといえます。

 そうなると、たとえば人員整理をした方がいいとか、賃金をカットした方がいいなど、労働条件に関わるところにも深く関与することが想定されるわけです。

 こうなってしまうと、労働者・労働組合は、使用者といくら協議してもなかなか実を得られないことになります。

金融機関から人件費の削減を命じられて実行されても、労働者の抗議は金融機関には届かないということに・・・。
金融機関から人件費の削減を命じられて実行されても、労働者の抗議は金融機関には届かないということに・・・。

 そこで、もし事業成長担保制度を作るのであれば、銀行などの金融機関に対して、労働組合から協議・交渉が申し入れられた場合にはそれに応じる義務を課すなどすべきだと思います。

 こうした制度無く、事業成長担保を創設すべきではありません。

担保実行時の問題

 担保に丸ごと取った企業が、見込み通り成長して、貸したお金に利息を付けて返してくれれば、何の問題もありません。

 しかし、世の中、そうは問屋が卸さないことは多々あるものです。

 事業成長担保も、担保権が実行されるとき、つまり、企業が丸ごと借金のカタとして売り飛ばされるときがあるわけです。

 そして、このときが、労働者にとって最大の問題が発生することになるのです。

事業がうまくいかない場合は会社の総財産が借金のカタとして売り払われることになります。
事業がうまくいかない場合は会社の総財産が借金のカタとして売り払われることになります。

 まず、この時点で、事業を買い取ってくれる別会社があったとしましょう。このとき、労働者も一緒に新会社に行くのであれば、個別の同意が必要となるのは当然です。

 他方、連れていかれない労働者はどうなるでしょうか。担保を取るときは丸ごとでも、会社を売り払うときは事業ごとに個別に売るということになると、雇用が維持される労働者、されない労働者と、二極化してしまうことになります。このとき、雇用が維持されない労働者の不利益はマックスとなります(失業してしまうので)。

担保に取った総財産を切り売りするとなると労働者の雇用が不安定となります。
担保に取った総財産を切り売りするとなると労働者の雇用が不安定となります。

 したがって、担保として丸ごと取るならば、売り払うときも丸ごと売ることを原則として、雇用維持ができるだけ図られる制度とすべきだと思います。

 また、企業を丸ごと売る場合、買取先企業で労働者の労働条件が低下する問題も起こります。買い取る側の企業が、労働者に対して、労働条件の引き下げを条件に移籍を認めるというような、選別が行われる可能性もあります。

 こうした現象は、実は通常の事業譲渡でも起きます。しかし、現在は事業譲渡について法の整備がないために、労働者に不利益が生じることはザラなのです。ですので、本来は、事業成長担保を議論する前に、まずは事業譲渡における労働者保護に関する立法を検討するべきなのです。

 いずれにしても事業成長担保を作るのであれば、その実行時に労働者の保護が図られる制度を盛り込む必要があります。

労働組合との関係

 ここまでみたとおり事業成長担保は企業を丸ごと担保に入れる制度なので、それが労働者の職場環境に与える影響力は絶大です。

 そのため、少なくともその過半数を組織している労働組合があればその労働組合と、そうした労働組合がない場合でも労働者の過半数を代表する者との協議の場を設けておく必要があります。

 また、事業成長担保の実行された場合、つまり、企業が売り飛ばされた場合、労働組合と締結されていた労働協約が買い取った企業との間でどうなるのか、不明です。この点は、買い取った企業との間でも、同じ内容の労働協約が引き継がれる制度化にすべきでしょう。同じような制度は労働契約承継法にすでにあります。

労働者保護の観点を忘れない議論を

 ここまでみてきたとおり事業成長担保は、担保を設定された後からその企業に対する金融機関の影響力が極めて強い制度です。

 しかし、事業成長担保については、労働者保護に関する検討が不十分な状況といえます。この点、担保実行時までに未払い賃金がある場合、その優先順位を高くするなど、多少の配慮は見られますが、上記にみたような問題についてはまだまだ検討が不足しています。

 企業は労働者なしには成長できません。もしこうした制度を創設するにしても、労働者を保護する制度もしっかりと入れるべきでしょう。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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