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権力者は国民に危機を煽り恐怖心を植え付けて権力を強化する

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(501)

弥生某日

 東京五輪が1年延期になることが決まった翌日、小池百合子東京都知事は緊急記者会見を開き、1日当たりの感染者数が全国でも最多の41人になったことを発表し、週末の外出自粛を要請した。

 フーテンは政府が発表する数字を鵜呑みにするほど能天気ではない。感染者数は実際にはこれまで発表されてきた数字の10倍くらいあるのではないかと心秘かに思っていた。ドイツや韓国と比べ日本の検査数は極めて少なく、そのため感染者数も低く抑えられてきた可能性があるからだ。

 それは東京五輪を中止させないための方策だとフーテンは思った。開催国の日本の感染者数の多さが世界に発信されれば、誰も日本に行きたいとは思わなくなる。それを避けるためいろいろな理由をつけて検査に力を入れなかった。

 特に国内で東京都の感染者数が人口の割に少ないことが、東京五輪の開催と絡んでいるのではと疑わせた。前に書いたように中国の武漢で始まった新型コロナウイルスが日本に持ち込まれたのは、安倍政権のインバウンド偏重の経済政策と無縁ではない。

 習近平政権が武漢市を封鎖したのは1月23日だが、安倍政権はその翌日から始まる「春節」の訪日中国人を歓迎する姿勢を取り、「春節」が終わる1月31日にようやく湖北省に滞在した外国人を入国禁止にした。その間に来日した中国人の数は前年を上回る92万4800人と言われる。

 その時期の訪日中国人から広まったと考えられる新型コロナウイルスの感染者数が最初に注目されたのは北海道である。確かにさっぽろ雪まつりやスキーを楽しむ中国人は多いかもしれない。しかし東京や大阪よりも感染者数が多いのはなぜだろうとフーテンは思った。

 その後、北海道知事が緊急事態宣言を出して外出禁止を要請し、その北海道の事例を参考に安倍総理が大規模イベントの自粛や小中高校と特別支援学校の全国一斉休校を要請したのを見て、フーテンは安倍政権が北海道に「露払い」をやらせているとの印象を持った。北海道知事は菅官房長官肝いりで担ぎ出された人物である。

 そして来訪する中国人が多いはずの東京都が北海道より少ないのは、国際都市ニューヨークが米国の中で最も深刻な事態を迎えたのと対照的である。それはやはり東京五輪の開催都市だから感染者数を出さないように抑えたからだと想像した。

 東京五輪が1年延期と決まった翌日、東京都で1日当たり41人という最大の感染者数が表に出たのは、五輪中止という最悪の事態を免れたからではないか。なんでも疑ってかかるフーテンはそんな風に思う。

 そしてこの記者会見で小池知事が「首都封鎖」の可能性に言及したのを見て、権力者は危機を煽り国民の心に恐怖心を植え付けるのが仕事なのだとつくづく思った。米国のトランプ大統領は当初は呆れるほど楽観的だったが、ある時から恐怖を煽った方が選挙に有利になると考えを変える。そして自分を「戦時下の大統領」と言い始めた。

 ドイツのメルケル首相も「第二次大戦以来の挑戦」と言い、フランスのマクロン大統領も「ウイルスとの戦争」を口にする。そうして危機を煽り国民に結束を呼びかければ、みな支持率が上がり、政権運営が容易になる。先のことなど考えずに何でもありの経済政策を打ち出しても誰も文句を言わない。

 権力者にとって国民から冷静な判断を奪うことが出来れば、こんなに都合の良いことはないのだ。今、世界に蔓延しているのは新型コロナウイルスの感染と同時に、権力者が国民の恐怖心を煽り自分の権力基盤を強化しようとする姿のオンパレードだ。権力者にとっては新型コロナウイルス様様と思っていることだろう。

 こうして世界にはゴーストタウン化した都市が現れた。ニューヨークやパリの光景を見せられると東京も「首都封鎖」やむなしと思わされる。何のために。命を守るためにである。しかしそれはどこかおかしい。たかが新型コロナウイルスで冷静な判断を奪われるのだとしたら、この世から戦争がなくなることはありえない。

 戦争は国民の心に恐怖心を植え付けるところから始まる。そして恐怖心で冷静な判断を奪われた国民が命を守るために起こすのが戦争だ。戦争は自分の命を守るために相手の命を奪う。ウイルスとの戦争も、ウイルスから自分の命を守るために、ウイルスにかかっていない者の命を奪う可能性がある。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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