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エビからサソリに変身する金正恩の北朝鮮(下)

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
2019年4月にロシアを初めて訪問する金正恩氏(写真:ロイター/アフロ)

新年早々からハイペースでミサイル発射実験を繰り返し、核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射の再開をちらつかせている北朝鮮。歴史的に朝鮮半島は周辺大国による侵略や侵入を受け、「クジラに囲まれたエビ」と呼ばれてきた。しかし、今や北朝鮮は事実上の核保有国となり、「毒針を持ったサソリ」に変化した。

その最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)氏は、世界最強国のアメリカさえも手玉に取る戦略の天才なのか。あるいは、経験の浅い単なる向こう見ずの愚か者なのか。危機や有事の際には、次の一手を読む上でも、指導者のプロファイル分析が必要不可欠だ。改めてこの38歳の北の若き指導者について、みてみたい。

●米国家機密情報「有能な指導者」

「アメリカの情報機関は、核兵器とミサイルの開発計画については、金正恩氏が、1994年から2011年まで北朝鮮を統治した父親の金正日氏より有能な指導者だとみなしている」

米紙ワシントンポストのベテラン記者、ボブ・ウッドワード氏は2018年に出版した『Fear(恐怖)』の中で、アメリカの国家機密に属する情報として、こう記している。確かに金正恩氏は、父親の金正日氏と違い、核ミサイル実験で失敗しても、科学者や技術者を処刑したり、銃殺したりせず、「失敗から学べ」と引き続き開発に当たらせてきた。

2019年6月30日、板門店で会談する北朝鮮の金正恩国務委員長とトランプ前米大統領
2019年6月30日、板門店で会談する北朝鮮の金正恩国務委員長とトランプ前米大統領写真:ロイター/アフロ

●トランプ前大統領「凶暴な側面」

その一方、トランプ前米政権で大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたジョン・ボルトン氏の回顧録によると、トランプ前大統領は、2018年6月のシンガポールでの史上初の米朝首脳会談中、金正恩氏が側近をいらついた目で睨んだことから、金正恩氏のことを「凶暴な側面がある」「気が変わりやすい男だ」 と評した。

さらに、トランプ氏が側近たちに、「私は今、サイコな奴と和平交渉をしようとしているんだぞ」と語るシーンもボルトン氏の回顧録では紹介されている。「少なくとも金正恩に『何らかの』問題があることを認めた発言だった」とボルトン氏は指摘している。

●藤本健二氏の証言

「有能な指導者」と「凶暴で気が変わりやすい男」。こうした金正恩氏をめぐる評価は、故金正日総書記の専属料理人を計13年務めた藤本健二氏の証言と一致している。藤本氏は、これまでに金正恩氏という人間を理解できるいくつものエピソードを筆者との取材や書籍の中で述べている。藤本氏は、金正恩氏が7歳から18歳になるまで遊び相手として一緒に長い時間を過ごしてきた。

故・金正日氏の料理人だった藤本健二氏(2014年、都内で筆者取材陣が撮影)
故・金正日氏の料理人だった藤本健二氏(2014年、都内で筆者取材陣が撮影)

藤本氏が挙げた印象的なエピソードとして、1990年1月、藤本氏は北朝鮮南西部の信川招待所で、当時7歳の軍服姿の金正恩氏と初めて会った。藤本氏は当時40歳を過ぎていた。初対面の挨拶のときに、金正恩氏は藤本氏を睨みつけ、握手をしばらく拒否した。「こいつが憎き日本帝国の輩か」といったような鋭い視線で四十男の藤本氏を睨んでいたという。

軍服姿の幼少期の金正恩氏(右)と母親の高容姫氏(RENK提供)
軍服姿の幼少期の金正恩氏(右)と母親の高容姫氏(RENK提供)

また、金正恩氏が8歳か9歳のとき、オセロゲームをしていた際に、そばに立っていた3歳年上の兄の金正哲(キム・ジョンチョル)氏がオセロゲームの玉を落としたところ、頭に来た正恩氏は兄の顔をめがけて、その玉を投げつけた。藤本氏は著書『北の後継者 キム・ジョンウン』で「大事にはいたらなかったが、ジョンウン大将の気の強さに私は驚いたものだ」と述べ、金正恩氏の気性の激しさを指摘している。

●10代半ばにして褒めたり叱ったり

さらに、 金正恩氏が10代半ばのとき、大好きなバスケットボールを一緒にプレーした選手たちに、試合後、「さっきのパス、とても良かった」と手を叩いて褒めた。その一方、ミスを犯した選手には、悪かった点を具体的に挙げて厳しく叱っていた。そして、その後、「彼のことをあんなに怒ったけれど、大丈夫かな、立ち直れるかな?」とフフフフと笑みを浮かべながら藤本氏に話したという。つまり、金正恩氏は10代半ばにして、計算尽くで選手を怒っていた。若くして人の操縦術やリーダーシップを学んでいたことをうかがわせる。

また、2000年8月、2人は日本海に面する北朝鮮東部の元山招待所から平壌に向かう列車の中で酒を飲みながら夜明けまで5時間にわたり、いろいろと話し合ったという。その中で、17歳だった金正恩氏は「わが国は、アジア(のほかの国)をみても、工業技術がずっと遅れている」「アメリカに日本は負けたんだよね。でも、あの復活はすごいな。商店に行っても、品物があふれんばかりにある。わが国はどうかなあ」などと話し、北朝鮮の現状や将来を案じていたという。

金正恩氏は、大阪市生野区鶴橋生まれの在日帰国者、高容姫(コ・ヨンヒ)氏(2004年没)を母に持つ。藤本氏によると、小さい頃にはその母に連れられて日本にもお忍びでしばしば来ていたという。また、少年時代にはスイス・ベルンのインターナショナルスクールに留学。インターネットにも詳しく、国際事情にも精通しているとされる。

金正恩氏の母親で大阪市生野区鶴橋生まれの在日帰国者、高容姫氏(RENK提供)
金正恩氏の母親で大阪市生野区鶴橋生まれの在日帰国者、高容姫氏(RENK提供)

●三つ子の魂百まで

三つ子の魂百まで。金正恩氏の気性の激しさや冷徹さの部分は今も変わらない。2013年12月には叔父の張成沢氏を処刑、2017年2月には異母兄の金正男(キム・ジョンナム)氏の毒殺を命じたとされる。

日米韓は、この狡猾で冷徹で国際事情にも精通する金正恩氏とこれからも対峙していかなくてはいけない。

振り返れば、アメリカは民主党、共和党を問わず、この29年間の大統領5代、つまり、ビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ、ドナルド・トランプ、ジョー・バイデンの誰もが北朝鮮の核兵器保有国への道を止められずにきた。クリントン政権の枠組み合意も、ブッシュ政権の6者協議も、 オバマ政権の「戦略的忍耐」も、トランプ政権の「最大限の圧力」もすべてしくじり、北朝鮮に事実上の対米戦争抑止力を与えてしまった。万策が尽きた感がある。

朝鮮総連本部内にある金日成(右)と金正日(左)両氏の絵(2019年、高橋浩祐撮影)
朝鮮総連本部内にある金日成(右)と金正日(左)両氏の絵(2019年、高橋浩祐撮影)

もちろん、北朝鮮は今後も核実験とICBMの再開をちらつかせながら、経済制裁の緩和を得るためにバイデン政権と協議をする可能性があるが、本気で核ミサイル放棄をするはずがない。金正恩氏は再び非核化をちらつかせる時があるかもしれないが、実際には「行動対行動」「約束対約束」の原則にこだわり、時間を稼いでパキスタンのように事実上、核保有国として将来的に容認されることを目指しているとみられる。

金日成から金正日、金正恩と親子3代、半世紀にわたって核ミサイル開発に注力してきた国がいとも簡単に「核の宝剣」(金正恩氏の言葉)を手放すとは考えられない。

思えば、アメリカは50年以上キューバに経済制裁を科し、オバマ政権でようやく制裁を解除した。北朝鮮はキューバのように、今後も経済制裁を長年科され、封じ込めに見舞われることになるだろう。北朝鮮は「第2のキューバ」になる可能性が高いとみている。

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米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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