エビからサソリに変身する金正恩の北朝鮮(上)
かつてないハイペースでミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮。1月には単月としては過去最多の11発を発射した。1月30日には米領グアムを射程圏内に収める中距離弾道ミサイル(IRBM)の「火星12」(最大射程約5000キロ)をロフテッド軌道(高高度軌道)で発射した。中距離以上の弾道ミサイルを発射するのは、2017年11月発射の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」以来となった。
トランプ前米大統領がかつて揶揄したように再び「ロケットマン」と化してきた北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(朝鮮労働党総書記)。短距離ミサイルから中距離ミサイル、さらにはICBMの発射実験とカードを一枚一枚切り続け、アメリカと本格対峙に挑むのか。いったいこの北の独裁者は何を考えているのか。どのようなメンタリティーの持ち主なのか。
その考えを知る上で、筆者が以前から注目している言葉がある。北朝鮮国営メディアが何度も報じてきた「アメリカと均衡を取る」との言葉だ。
●「アメリカと均衡」
例えば、金正恩氏は2017年9月15日、前回の「火星12」の発射実験を視察した際、「我々の最終目標はアメリカと実際的な力の均衡を成し遂げて、アメリカ執権者の口から軍事的選択などというたわごとが出ないようにすることだ」と強調、「アメリカが耐えられない核反撃を加えることができる軍事的攻撃能力」を早急に強化するよう指示した。
また、北朝鮮外務省も2017年9月13日、6回目の核実験を強行した同国に対する国連安全保障理事会の制裁決議に反発し、「我々はアメリカと実際的な均衡をとり、我々の自主権と生存権を守り、地域の平和と安全を保障するための力を固めるために、より一層大きな拍車をかけるだろう」との声明を発表した。
つまり、この「アメリカとの実際的な均衡」とは、アメリカからの攻撃を防ぐ対米抑止力の強化に他ならない。金正恩委員長は、よりダイレクトに「我々の核抑止力は、国と民族の自主権を守り、戦争を防いで平和を守るための正義の手段」と発言もしてきた。
しかし、北朝鮮は国民が経済苦境や食料不足に陥る中、国内総生産(GDP)の約4分の1を軍事費につぎ込んでいる。そんな貧困国の北朝鮮がいつまでも世界最強のアメリカと軍事力で「均衡」し、張り合っていけるのか。また、そもそも今はアメリカも韓国も誰も北朝鮮を攻撃しようとは考えていない。どうして北はかたくなにアメリカを目の敵にし、核を信奉して軍事力強化に邁進するのか。
●「クジラに囲まれたエビ」
筆者は、その大きな要因の1つが朝鮮半島の歴史に起因していると思っている。朝鮮半島の歴史的な悲劇が、自主路線や自力更生に邁進する「独り相撲」の北朝鮮という国家を誕生させてしまったとみている。
歴史を振り返れば、朝鮮半島は世界列強の「草刈り場」と化してきた。半島国家の宿命とも言えるが、地政学的に中国、日本、ロシア、モンゴルといった周辺大国の侵略や侵入に苦しんできた。米国の朝鮮史研究者の第一人者で、シカゴ大教授のブルース・カミングス氏は、その名著『Korea's place in the sun』(太陽の下の朝鮮)で、朝鮮は「クジラに囲まれたエビ」と言及している。
朝鮮半島は20世紀前半は日本の帝国主義的植民地となり、同世紀後半は東西陣営対立の冷戦の最前線に置かれた。朝鮮の人々にとって、第2次世界大戦の終わりは分断と冷戦と朝鮮戦争の始まりを意味した。
現在も南北を分断する北緯38度線は、1945年8月に当時米軍少佐のディーン・ラスクと大佐のチャールズ・H・ボーンスティール3世の2人がわずか30分間で決めたとされる。また、1950年6月に始まった朝鮮戦争は、同年1月に当時のディーン・アチソン国務長官が「米国のアジア防衛ラインから朝鮮半島は除外される」と発言したことで北朝鮮の攻撃を招いたとされる。
こうした大国に振り回される「弱国」としての歴史的背景を受け、そして、その反動として、北朝鮮は米中露といった大国の介入を甘受せず、経済難にもかかわらずあくまで国防力強化に突き進んできたとみている。
金正恩氏の父親、故金正日総書記の時代でも、イラク戦争開始後の2003年4月に「第二のイラクにならない」と宣言したほか、2011年3月には、NATOの空爆を受けたリビアのカダフィー大佐が核プログラムを維持すべきだったとの声明を発表した。
父親同様、核ミサイル信奉が強い金正恩氏は、太陽政策を採る韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領も、中国の習近平国家主席も、ロシアのプーチン大統領も基本的に信頼せず、頼るのは己の力のみとのスタンスだ。
●尾に毒針を持つサソリ
しかし、北朝鮮は事実上の核保有国となり、すでにエビから、尾に毒針を持つサソリに変化した。毒針はサソリの自衛手段ではもちろんあるが、それを高頻度で周囲に見せびらかし、不必要に振り回したならば、時に偶発的に敵を殺しかねない。怖がって誰も近くには寄ってこない。
金正恩氏はそれでも国際社会の懸念や反発を全く意に介する様子はない。筆者はその理由が、子供の頃から負けん気が人一倍強く、気性が激しい金正恩氏の性格による部分も大きいと思っている。米国などが力ずくでねじ伏せようとすればするほど、逆に挑発をエスカレートさせるタイプだ。
次回の拙稿では、金正恩氏が7歳から18歳になるまで遊び相手として一緒に長い時間を過ごした藤本健二氏から直接インタビューで聞いた金正恩という人間のエピソードを紹介したい。藤本氏は故金正日総書記の専属料理人を計13年務めた。金正恩氏がなかなか一筋縄ではいかない人物だということがきっと改めて認識されるはずだ。
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