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「食の安全で日本は世界に貢献を」米有力市民団体

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
憲政記念館で講演するゼン・ハニーカットさん(12月2日、筆者撮影)

「世界有数の穀物輸入国である日本が安全な穀物を輸入する道を選べば、米国の穀物業界の変革を促し、ひいては世界の食料生産・流通のあり方全体を変えることができる」――。農薬や遺伝子組み換え食品の安全性に対する懸念が世界的に高まる中、米国の有力市民団体「マムズ・アクロス・アメリカ」(MAAM=アメリカの母親たち)の創設者ゼン・ハニーカットさんは、日本の果たすべき責任をこう強調した。来日を機に、話を聞いた。

有機で息子たちが健康に

――MAAMはハニーカットさんが2013年に立ち上げた非営利組織ですが、設立のきっかけを教えてください。

「私には3人の息子がいますが、彼らは、命にかかわるほどの深刻な食物アレルギーや喘息、自閉症の症状、自己免疫の問題に苦しんでいました。ところが、家の食事を、遺伝子組み換え食材を使わない食品や、農薬や化学肥料を使わずに作る有機食品に切り替えたら、症状がよくなったのです」

「でもその時、息子たちが健康になるだけでは不十分だと思いました。息子たちもいずれ大人になり、家族を持つことでしょう。息子の家族全員が健康的な生活を送るためには、いま現在、世界のどこかにいるであろう未来の配偶者も健康であってほしい。そう考えると、世界中のすべての人たちが、遺伝子組み換え食品や、食品や環境中に存在する有害な化学物質について知らなければいけない。それが仲間とMAAMを設立した動機です」

憲政記念館での講演会で、農薬使用量と発達障害児数の相関関係について説明するハニーカットさん(12月2日、筆者撮影)
憲政記念館での講演会で、農薬使用量と発達障害児数の相関関係について説明するハニーカットさん(12月2日、筆者撮影)

――日本でも広く使われている除草剤グリホサート殺虫剤ネオニコチノイドの人体や自然環境への影響が、各国で問題になっています。米国では、グリホサートを使い続けた結果がんを発症したなどとして開発元の企業に巨額の損害賠償を求める訴訟が、40,000件以上起こされています。また、遺伝子組み換え食品やその一種であるゲノム編集食品は、長期的な影響が未解明にもかかわらず、米国や日本では規制緩和がなし崩し的に進んでいます。これらの問題をどうとらえていますか。また、MAAMはこうした問題にどう取り組んでいるのでしょうか。

情報が重要

「農薬は地球上の生物にとって大きな脅威となっています。なぜか。第1に、農薬は二酸化炭素を吸収する機能を持つ土壌や熱帯雨林を破壊し、また、水中で二酸化炭素の増加を抑える役割を果たしている藻の生育に影響を与え、その結果、地球温暖化をもたらします。第2に、農薬は人の健康に重大な影響を及ぼします。第3に、農薬は(ミツバチなど)受粉媒介昆虫の生存や農民の健康を脅かします。両者とも食料の生産を通じ、地球上の生命の維持や、人が平和な社会を築くのに不可欠な経済成長に貢献する、大切な存在です」

「遺伝子組み換え食品に関しては、表示を義務づける連邦法が制定されましたが、食品のパッケージに遺伝子組み換えであることを示す『GMO』と明記する必要はなく、製造元のホームページにつながるQRコードをパッケージに印刷することで表示と見なすことも認めています。また、新たに考案された『BE』マークを表示することも認めています。BEはbio-engineered(遺伝子操作された)の略ですが、bioは欧州では有機食品の意味でも使われており、その概念を利用しようという魂胆です。ゲノム編集食品に関しては、今後も表示義務はありません」

「こうした状況下で、消費者が農薬を使った食品や遺伝子組み換え食品を避ける唯一の方法は、正しい情報を得ること、そして主体的に有機食品を選ぶことです。そのためにMAAMは、全米各地で住民参加型の啓発イベントを開いています。さらに、毎年、米国の独立記念日パレードに参加し、沿道の見物客に食の安全の重要性を訴え続けています」

「また、有機食材の使用や、遺伝子組み換え食材、合成添加物の不使用など、一定の条件を満たした食品を認定する『マムズ・アクロス・アメリカ・ゴールド・スタンダード認証プラグラム』を今年、立ち上げました。条件を満たした食品は『ゴールド・スタンダード』マークを使用することができ、販売促進に利用できます。より多くの食品企業が、プログラムへの参加を通じ、母親たちが何を望んでいるかを学び、私たちの健康や地球環境によい食品を作ることを望んでいます」

トランプ大統領は最大の脅威

――トランプ大統領は2017年の就任以来、多くの消費者の懸念を無視する形で農薬や遺伝子組み換え食品の規制緩和を進めています。日本政府も、欧州やアジアの多くの国がグリホサートやネオニコチノイドの規制強化に動く中、トランプ大統領に忖度するかのように規制を緩和し、結果的に、農薬の残留濃度の高い米国産農産物や米国産の遺伝子組み換え農産物の輸入促進につながっています。こうした現状をどう見ますか。

「トランプ政権の政策は地球上の生命と地球の未来に対する最も大きな脅威の一つです。現政権は、米国民と世界の人々を守ることよりも、規制を撤廃し、化学や石油、製薬業界に事業のフリーハンドを与えることに注力しています。さらに、外国政府を脅して米国の農薬や遺伝子組み換え食品を売りつけ、生命の危機を地球規模に広げています。すべてトランプ大統領自身のためにやっていることです」

「日本が米国から危険な農産物の輸入を増やすことは、安倍政権の利益になっているかどうかはわかりませんが、日本の消費者の利益にならないことは明らかです。遺伝子組み換え食品や農薬の残留した農産物は、日本の人々の健康や子どもたちの心身の発達、日本の食品文化を守る上で、脅威です。日本の有権者は、トランプ大統領と手を組まない政治家、危険な米国産農産物の輸入を認めない政治家を選挙で選ぶべきです」

日本は影響力行使を

――著書「UNSTOPPABLE」の日本語版「UNSTOPPABLE(あきらめない)」が発売になりました。読者に一番伝えたいメッセージは何ですか。

「一番のメッセージは、自身や家族、同じコミュニティーに住む人たちの健康を守るためには、一人ひとりが諦めないで闘い続けなければならないし、諦めないで闘い続けることは可能だということです。化学企業や大半の食品企業が安全な食品を提供するという責任を果たしていないことは、明らかです。政府も私たちを守ってくれていません。だから自分たちの手で健康を守らなければならないし、それはけっして不可能なことではありません。それがメッセージです」

「私が米国の一地域で始めた活動が、日本のような外国にまで影響を及ぼすとは、活動を始めた当時は考えてもみませんでした。しかし今は、日本のママたちと協力して活動を進めることが大変重要だと考えています。なぜなら、日本は世界有数の穀物輸入国で、それゆえ大きな影響力を持っているからです。日本が安全な穀物を輸入する道を選べば、遺伝子組み換え技術や危険な農薬に汚染された米国の穀物業界の変革を促し、ひいては世界の食料生産・流通のあり方全体を変えることができます。みんなで力を合わせれば、それは必ずできるし、しなければいけないのです」

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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