トランプ政権、遺伝子組み換え食品の規制緩和が鮮明に―日本も追随か?
米トランプ政権が、消費者の不安が根強い遺伝子組み換え食品の規制を緩和し、市場拡大を後押しする姿勢を鮮明にしている。トランプ大統領は6月、大統領令を発して政府機関に早急な規制緩和を命令。それを受けた形で、環境保護庁や農務省などが、早くも具体的な行動をとり始めている。トランプ政権は遺伝子組み換え食品を海外に売り込むため、日本にも同様の規制緩和を働きかけるとみられ、日本の食品安全行政への影響が注目される。
警告表示の撤去を指示
環境保護庁(EPA)は8月8日、声明を出し、除草剤グリホサートを有効成分とする化学製品に「発がん性リスクがある」との警告表示を義務付けたカリフォルニア州政府の措置を、「もはや承認しない」と述べた。同時に、すでに製品に警告表示を付けて販売している企業に対し、それに代わる新たな表示案を90日以内に提出し、警告表示を削除するよう指示した。
グリホサートは日本を含む世界各国で使用されている人気の除草剤だが、発がん性の疑いが浮上。欧州ではオーストリア議会が7月、全面禁止を決定し、フランス政府も1月に一部製品の販売禁止に踏み切った。
一方、足元の米国では、発がん性のリスクがあると知らずにグリホサートを長年使用した結果がんを発症したとして、開発元のモンサントに損害賠償を求める訴訟が1万件以上起こされており、昨年来、原告の訴えを認めてモンサントに億単位の賠償金支払いを命じる判決が相次いでいる。朝食用のシリアルやワイン、水道水などからグリホサートが検出されたという報道も、後を絶たない。
EPAがグリホサートの警告表示の強制撤去に踏み切ったのは、これ以上、反グリホサート世論を放置すれば、遺伝子組み換え作物の生産に影響しかねないと懸念したためとみられる。グリホサートは1974年に発売されたが、後に、モンサントがグリホサートに耐性を持つ遺伝子組み換え大豆やトウモロコシなどを開発して以降は、その作物の種とグリホサートをセットで販売することで、両者の市場が急成長してきた経緯がある。
大統領令を発令
EPAがこのタイミングで警告表示に強い態度を示したのは、トランプ大統領の大統領令を受けた可能性が濃厚だ。というのも、カリフォルニア州が警告表示の義務付けを決めたのは、2年も前の2017年。この間、EPAはグリホサートの安全性は繰り返し主張してきたものの、カリフォルニア州の決定に対しては具体的な行動はとってこなかった。
この大統領令はトランプ大統領が6月11日に署名。内容は、ゲノム編集食品を含む遺伝子組み換え食品の開発を推進するため、関連規制を早急に見直すよう関係省庁のトップに命令するというもので、具体的には、農務長官、EPA長官、食品医薬品局(FDA)長官の3者に対し、180日以内に過剰な規制を洗い出して対処するよう指示した。
大統領令から1カ月余りの7月17日、農務省のアイバック次官は、下院の小委員会で、「ゲノム編集技術を含む新たなテクノロジーを、有機農業促進のために活用できるかどうか議論を始める機会だと思う」と証言し、ゲノム編集食品を有機食品として認める可能性に言及した。米メディアは、アイバック次官の発言と大統領令を関連づける報道をしている。
現在、ゲノム編集食品を含む遺伝子組み換え食品を、有機食品と認めている国はない。米国では有機食品市場が急拡大しているが、理由の1つは、消費者が遺伝子組み換え食品の安全性に不安を抱いているためだ。アイバック次官の発言は、消費者団体の猛反発を招いている。
遺伝子組み換え鮭を承認
この他にも、今年に入り米国では、政府が遺伝子組み換え食品の規制緩和を進めていることを示すニュースが相次いでいる。
大豆を原料とした人工肉の生産で急成長しているベンチャー企業のインポッシブル・フーズは7月31日、FDAが、人工肉に本物の牛肉の風味と色合いを付けるための物質「大豆レグヘモグロビン」を、着色料として認可したと発表した。
この大豆レグヘモグロビンは遺伝子組み換え酵母を使って培養したもので、インポッシブル・フーズの申請を受け、FDAが安全性の審査をしていた。同社は現在、製品をハンバーガー・チェーンなど外食企業に卸しているが、FDAの認可によって、今後は小売りも可能になる。
インポッシブル・フーズの人工肉は原料大豆も遺伝子組み換え品種を使っているが、同社がその人工肉を自然食のイメージで売ろうとしていることから、消費者団体や環境団体が反発している。
FDAはまた、今年初め、バイオベンチャーのアクアバウンティ・テクノロジーが開発した遺伝子組み換え鮭の卵の輸入を承認した。この鮭は、人気種のアトランティックサーモンに成長スピードの速いキングサーモンの成長ホルモン遺伝子を組み込んだもので、通常の約半分の18カ月で成魚になる。カナダで養殖していたが、これまでFDAは輸入を認めていなかった。
AP通信によると、卵の輸入は5月から始まり、すでにインディアナ州内の工場で養殖を開始。来年中には、レストランか大学のカフェテリアで提供される予定という。AP通信は記事の中で大統領令に触れている。
消費者団体や環境団体は、この遺伝子組み換え鮭を「フランケン・フィッシュ」と呼び、生産や販売に反対してきた。
日本も標的に
トランプ政権の遺伝子組み換え食品に関する明確な規制緩和方針は、米農産物の大口輸入国である日本の食品安全行政にも影響を与えるのは確実だ。兆候はすでに出ている。
6月11日の大統領令で、トランプ大統領は農務長官と外交トップの国務長官に対し、120日以内に、米通商代表部(USTR)などと協力しながら輸出推進のための戦略を確立するよう指示している。同時に、USTRに対し、120日以内に、農務長官や国務長官と協力しながら貿易相手国の不公正な貿易障壁を取り除くための戦略を立てるよう命じた。
ほぼ同じ時期、日本政府は、消費者の懸念が強いゲノム編集食品の安全性審査や表示義務の見送りを決めた。米国ではすでに、ゲノム編集技術を使って開発された大豆を原料とした食用油が流通しており、日本政府の決定は、その食用油の輸入の可能性を念頭に置いたものとみられる。
また、農林水産省は7月17日、米国内で新種の遺伝子組み換え小麦が発見された問題で、米国からの小麦の輸入を停止しないと発表した。
米政府は、パンやパスタなど国民の主食となる小麦に関しては、遺伝子組み換え品種の商業生産を認めていない。しかし、過去にたびたび、試験栽培していた遺伝子組み換え小麦が何らかの理由で一般の圃場から見つかることがあり、そのたびに日本政府は、一時輸入停止措置をとってきた。
ところが、今年6月にワシントン州内で発見され、7月12日に米農務省が新種の遺伝子組み換え小麦であると発表した小麦に関しては、輸入停止措置を見送った。このニュースを報じた日本農業新聞は、日本政府の措置を「異例」と表現し、「米国産小麦の輸入停止を回避したのは、水面下で進む日米貿易協定交渉への悪影響を農水省が懸念して忖度(そんたく)した可能性がありそうだ」と解説した。