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バルセロナがハンジ・フリックを招聘した理由。シャビの「解任劇」と必要な栄光の日々からの脱却。

森田泰史スポーツライター
バルセロナのラポルタ会長とハンジ・フリック新監督(提供:FC Barcelona/ロイター/アフロ)

ほかのチームでは、異なる扱いだったかも知れない。

バルセロナが監督交代を決めた。シャビ・エルナンデス前監督に別れを告げ、後任としてハンジ・フリック監督が新たに指揮官ポストに就いている。

バルセロナは、2023−24シーズン、無冠に終わっている。2025年夏まで契約を残していたシャビ監督だが二転三転の末、契約解除に至っている。事の顛末から、実質的な解任だったと言える。

■シャビのバルセロナ愛

シャビは、心からのクレ(バルセロナファン)だった。

バルセロナのカンテラーノで、現役時代、トップチームでは6番を着けてピッチで躍動した。シャビがレアル・マドリーの選手だったら、こういった対応は受けなかったかも知れない。彼の名を冠したバス停がつくられ、有名ミュージシャンが彼をモチーフに作詞・作曲を行い、市長の電話番号をゲットしていたかも知れない。

だがシャビはクレだった。最初から最後まで、クレだったのだ。

ロナルド・クーマンに代わり、バルセロナのトップチームを率いることになったシャビだが、クラブがレジェンドを冷遇しているのは明らかだった。またバルセロナは厳しい財政状況にあり、大型補強というのは望めなかった。加えて、一部のサポーターには過剰な期待をする者がいた。シャビには、現役時代のようなパフォーマンスが、監督として求められた。

ジョゼップ・グアルディオラ監督は、鮮やかに、そう、鮮やかにバルセロナを黄金時代に導いた。フランク・ライカールト政権で、ロナウジーニョ、デコ、サミュエル・エトーらと一緒に沈みかけていたチームを見事に蘇らせた。その中心にいたシャビに、同じような期待が懸けられたとして、どのように責められよう。

シャビは、この度の契約解除に際して、1100万ユーロ(約18億円)を“放棄”したと言われている。それでさえ、クレとしての美談になっている。

シャビの就任で、バルセロナが果たした目標は、大きく、2つある。ひとつは「レアル・マドリーに勝利すること」で、もうひとつは「ラ・リーガ制覇」だ。それが2年半のシャビ・バルサの成果だった。さも、今季、無冠に終わったバルセロナで、監督交代を行わないという選択肢は最終的に消滅した。

「レジェンドの薄遇」と「結果主義」で揺れたジョアン・ラポルタ会長は後者を選んだのである。

■会見力とクライフ主義

後任にチョイスされたのはハンジ・フリック監督だった。ユリアン・ナーゲルスマン監督、トーマス・トゥヘル監督、ユルゲン・クロップ監督…。ドイツ人指揮官の招聘に関心を抱いていたラポルタ会長としては、想いが叶った格好だ。

周知の通り、ハンジ・フリック監督はドイツ人である。少し前からスペイン語を学び始めたと言われているが、就任後のクラブのインタビューには英語で応じている。

ひとつ、注目したいのは、ハンジ・フリック監督の「会見力」だ。言葉の問題はある。だが、公式会見で何を言うかは、次のシーズン以降、指揮官とチームにとって重要なファクターになる。なぜなら、他ならぬシャビが、会見でのコメントを突かれ、自滅していったからだ。

シャビは、会見の場で、完全無欠な人であろうとした。クレであり、バルサ愛が強いが故に、メディアーーとりわけマドリッド系メディアーーとの間に軋轢が生じていた。勝てば『内容が悪い』と指摘され、負ければ『進退問題は』と問われる。

シャビ自身、不当な批判に、辟易していたところがある。しかし、これは、現代フットボールにおいて、ビッグクラブの監督であれば避けられない事態だ。

レアル・マドリーのカルロ・アンチェロッティ監督やアトレティコ・マドリーのディエゴ・シメオネ監督は、幾度となく、会見で記者たちを煙に巻いてきた。会長やスター選手との関係を聞かれたら「良好だ」と答え、勝利しても内容が悪ければ「誰だって調子が悪い時はある」と嘯(うそぶ)く。その懐の深さ、懐柔術で、メディアからの批判がチームに集中しないようにしてきた。

シャビは真面目だった。真っ直ぐだった。

だが語弊を恐れずに言えば、いま、ビッグクラブの監督は、真っ直ぐ過ぎてはいけない。竹のようにしなやかに、凪のように穏やかに、放たれる矢をかわさなければいけない。裏を返せば、それがハンジ・フリック監督に求められるもののひとつになる。

選手に指示を出すシャビ監督
選手に指示を出すシャビ監督写真:なかしまだいすけ/アフロ

また、バルセロナはクライフィスモ(クライフ主義)から脱する必要がある。

2012年にグアルディオラが去り、2016年にヨハン・クライフが亡くなった。それでも、クライフ主義の亡霊は、バルセロナを追い続けた。ラポルタ会長が、その文脈において、シャビを招聘したのは間違いない。

だがハンジ・フリック監督は、バルセロナをよく知る人物ではない。自らのメソッド、知識、情報で、チームを強化しようとするはずだ。それがプラスに転じるか、そこはある種の賭けである。ただ、シャビというレジェンドに別れを告げ、亡霊を振り払うために、バルサは結果を出して前進するしかない。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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