シリア:イスラーム過激派の捨て場にされた土地
2023年6月、7月は、イスラーム過激派が国際的に「暴れる」口実に事欠かない月だった…はずだ。スウェーデンでのコーランの写本(注:紙とインクの集成はコーランそのものでは決してない。それを過度に“尊重”することは、ムスリムが最も嫌うはずの偶像崇拝になる)焼却・侵害や、フランスの警察が“イスラーム系”移民の子弟を殺害した件に端を発する大規模暴動は、イスラーム過激派の著名な個人や団体から、深刻な脅迫や扇動の材料とされうる、こちらとしても「恐ろしい」事件だった。しかし、本稿執筆時点でそのような脅迫や扇動は出てきてはいない。むしろ、イスラーム過激派諸派は、本来の敵である十字軍との闘いに知らんぷりを決め込み、その上さらに現在の安寧をぼんやり楽しむことに全力を挙げているかのようだ。かつては日本人殺害事件を含む凶悪な活動で名をはせた(?)アンサール・イスラーム団は、犠牲祭を家族と楽しむことが何よりの活動のようだ。やはり、かつては欧米権益に対する執念深く、独創的な扇動や攻撃で世界を震撼させた(?)アラビア半島のアル=カーイダも、イエメンの田舎で、少なくとも世界のムスリムの境遇には何の影響も与えない活動を繰り返すだけになった。
なぜイスラーム過激派の活動がこのような状態に陥ったのかについては、今の所各国の当局や報道機関が、彼らの広報や脅迫・扇動と上手にお付き合いする方法をわきまえているからだということができる。こちらの側に「過剰反応」が出なければ、イスラーム過激派は世論に影響を与える機会をつかむことができないのだ。極論だが、紙とインクの集まり(これは写本でありコーランそのものでは断じてない)を燃やそうが踏みつけようが、それに対して「度を越した」怒り方をすると、フツーのムスリムがより恵まれた場所に居住や移住をすることは困難になるし、国単位でのお付き合いや貿易にも悪影響が出るので、巡り巡ってイスラーム過激派にも都合が悪いともいえる。
さらに重要な理由としては、実はEU諸国には今般のようなできごとに対し、「度を越した」反応をする者があんまりいなくなったということも大きい。もちろん、そのような者たちは悔悛したり死んだりしてこの世からいなくなったわけではない。彼らは、2012年頃から現在に至るまで、着実にシリアに送り込まれ、そこで彼らなりの「楽園」を築いてのんびり暮らしているのだ。2023年7月30日には、まさにそのようにしてフランスからシリアに入植した(「派遣された」と言っても別に構わない)者たちが、「外国人師団」を名乗って「悪の独裁政権から解放された土地」で入植地を築いている様を広報する動画が出回った。
画像1は、「外国人師団」の入植地で営まれる初等教育の一端だ。動画は、画像のような軍事教練もどきと共に、イスラームやアラビア語の教育も施されていると主張するのだが、「外国人師団」がシリア人を助けに来たというのとは裏腹に、シリア人民から奪った居住地や社会基盤を使って安穏と暮らしているのは間違いない。少なくとも、動画の中には「外国人師団」がフランスからわざわざやってきたことに喜ぶシリア人は一人も出てこない。
「外国人師団」には、外部から潤沢にお金や物資が供給されている模様で、画像2のとおり入植地の中にスーパーマーケット(もどき)を開店し、そこでフランスからわざわざやってきた構成員の家族(妻や姉妹)に雇用を提供している。シリアの「解放地」については、「極悪非道の」ロシアや独裁政権のせいでトルコ経由の援助物資が搬入できなくなったらしいが、フランスから入植したイスラーム過激派の入植地は援助物資が搬入できないことによる困難や困窮とはまるで無縁らしい。
「外国人師団」の入植地で暮らす者たちは、男女を問わず入植地の建設やジハードに邁進している。画像3は、入植者たちが「働く」広報センターの業務を説明する場面の一部だ。広報センターの者たちは、イスラームや「外国人師団」に対する中傷と戦うために「正しい」メッセージを発信するべく、日夜パソコンを操作し、ジハードに邁進している。もっとも、筆者が観察する限り、「外国人師団」が発信するのは、上述のような「度を越した」メッセージや、「外国人師団」やそれに関係するイスラーム過激派の活動家の人間関係や活動歴の情報ばかりで、筆者はもちろん、フツーのムスリムにとっても訳が分からない、どーだっていー内容がほとんどだ。
「外国人師団」がシリアやシリア人民にとって何の縁もゆかりもない生き物だということを如実に示すのが、画像4だ。何の変哲もないバゲットの画像に見えるが、これは「外国人師団」に外部から潤沢に供給される食糧や燃料を基に、「外国人師団」の入植者の幸せな生活を支えるためだけに供給されているものだ。今般の動画には「外国人師団」が助けてやっているはずのシリア人も、「外国人師団」の存在に受益しているシリア人も一人も出てこないので、「外国人師団」の入植者たちがシリア人民の窮状とは無縁の理想のイスラーム的暮らしをしているということだけはよくわかる。
シリアに「外国人師団」のようなフランスのイスラーム過激派が入植し、シリア国外から彼らに資源を供給する者がいるということは、実はそれで都合がいい者が少なからずいるということを示している。例えば、フランスをはじめとするEU諸国で居心地が悪いと感じていたり、当局や地域社会から不安分子とみなされたりしているムスリムがシリアに入植すれば、そのぶんEU諸国の治安を脅かす者の数は減る。上述のような事件で「度を越した」反応をする者も減る。だからこそ、フランスを含む欧米諸国は、この10年あまり数万人がシリアに密航するのをまじめに取り締まろうとしなかった。この不作為は、今や各国政府がイスラーム過激派や不安分子をシリアに「派遣した」とか「入植させた」と呼ぶべき水準に達している。現に、各国は「イスラーム国」の構成員とその家族をシリアやイラクに超法規的に収監させておきながら、彼らを引き取ろうとしない。結局のところ、シリアは紛争を通じて世界中のイスラーム過激派を厄介払いする捨て場の一つにされてしまったのであり、彼らが入植生活をエンジョイし、欧米諸国の治安上の脅威になりさえしなければそれでいい、という状態になった。彼らが入植地を拠点に欧米諸国の治安を脅かせば、どこからともなく空爆や暗殺作戦が行われるが、そうでなければイスラーム過激派の者たちはシリア人の困窮とは無縁の生活を享受できるのだろう。また、今後シリア政府(ほかの何かでも別にいい)がシリア領全体への統治を回復し、イスラーム過激派とその家族が討伐されるような事態になると、イスラーム過激派の捨て場が減る諸国にとっては迷惑な話になる。また、シリア政府や、テロ組織を含むその他の統治の主体が崩壊すると、イスラーム過激派の入植者たちを監視・制御する手間が増すので、それも困ったことになる。となると、シリア紛争はいつまでたっても現状通りが都合がいいということになり、シリア人民の困窮もいつまでも解消されないことになる。