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イスラーム過激派の食卓:アラビア半島のアル=カーイダはぼんやり暮らす

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 スウェーデンで1カ月のうちに2度も、しかも同一人物によるコーランの写本の焼却、侵害行為が行われ、「イスラーム世界」(注:本当に政治的実態としてそれがあればの話だが)はそれなりの騒ぎになっている。中でも、コーランの写本の焼却と侵害の実行者がイラク出身者だったことから、イラクでは件の人物の示威行動実施申請を許可したスウェーデン当局への怒りが盛り上がり、イラク政府は同国駐在のスウェーデン大使を追放し、バグダード市内ではシーア派の政治勢力・民兵に先導されたデモ隊が在イラク・スウェーデン大使館を襲撃した。バグダードでの大使館への襲撃はデンマークにも波及しており、これがさらに拡大すると、イラクという国や社会が「国際社会」の構成員としての資質を問われるので大いに心配だ。また、イラク以外の地域でも、本件を口実に「手ごろな」大使館や外国権益が、襲撃されることにもそこそこ警戒しなくてはならない。

 6月末のコーランの写本焼却の際には、インド亜大陸のアル=カーイダとシャバーブ運動が、おもにヨーロッパのイスラーム教徒(ムスリム)向けに決起を呼びかける声明を発表した。両派がスウェーデンや他のヨーロッパ諸国に作戦実行能力を擁していれば別の話だが、文面を見る限り両派とも自派の勢力圏内で何か攻撃対象を見繕ってことを起こすつもりはあんまり強くなさそうだ。「イスラーム国」は今や週刊誌の論説くらいしか政治的なメッセージを発信しないが、こちらはお題が何であろうが正しく振る舞って真の敵と戦っているのは自分たちだけ、との独善的な駄文が並ぶだけなので、ここから何か指令や教唆があると感じることができるのは、ものすごく感受性の高い者だろう。

 そうした世の中の動きを知ってか知らずか、2023年7月21日にアラビア半島のアル=カーイダが「アラビア半島からの画像」と題し同派の者たちの暮らしの一端を示す画像群を発表した。画像1は、イエメンのアビヤンというところで水泳に興じる戦闘員たちだ。イスラーム過激派の構成員になってしまうと、娯楽も休息もない生活を送るのではないかと心配するが、水泳、乗馬、狩猟、焚火を囲んだ語らいを楽しむ戦闘員たちの姿は時折発信される。4月に同派が発表した同様の画像群にも、川遊びの模様の画像が含まれていた。

画像1:2023年7月21日付アラビア半島のアル=カーイダ
画像1:2023年7月21日付アラビア半島のアル=カーイダ

 アラビア半島のアル=カーイダとその構成員の名誉のために付言しておくが、彼らは今般の画像群でぼんやり暮らす画像だけを発信したわけではない。画像群には、地雷の埋設や拠点の設営のようなものも含まれている。しかも、画像2の通り、彼らはイスラームの祝祭で礼拝を行う画像も発表した。この場合の祝祭とは、去る6月28日の犠牲祭か、その前の4月21日の断食明けではないかと思われる。

画像2:2023年7月21日付アラビア半島のアル=カーイダ
画像2:2023年7月21日付アラビア半島のアル=カーイダ

 一方、画像3ではそれなりに大きいバーベキューセットや鍋を用意し、数人分では済みそうもない量の肉を焼いている。露天で薪を用いて調理しているので、調理や居住の環境は良くなさそうだ。しかし、この画像を撮影した拠点には十数人かそれ以上の戦闘員らが集まっていたようだ。

画像3:2023年7月21日付アラビア半島のアル=カーイダ
画像3:2023年7月21日付アラビア半島のアル=カーイダ

 問題は、これらの画像群が、冒頭のとおり政治・社会的には「イスラーム世界」なるものを揺るがす(?)大騒動が起きているさなかに作成・発信されたということだ。つまり、アラビア半島のアル=カーイダは、世の中の動きを確実に把握し、それに時宜を得た反応ができていない可能性が高いということだ。もちろん、時事問題に反応したところで、それにふさわしい脅迫や扇動ができるか、実際に何か攻撃を仕掛けることができるかは別問題だが、模倣犯や共鳴犯のような人々に時宜を得た賞賛を与えることができるかできないかで、色々な意味で脅威の程度はだいぶ違ってくる。イスラーム過激派諸派からすれば、コーランの写本焼却、侵害のような事件は、世論を扇動し、外交的非難や経済的ボイコットだけに満足しない人々を取り込む好機だ。その好機をつかむために、まさに「あらぬところで」、「とんでもない」人物や施設を攻撃する、ということもあり得ない話ではないので、観察する側としては十分気にかけなくてはならない。ただし、どのような反応であれ、あまりにも時宜を逸するとかえって発信者の威信や名声を損なうことにもなるので、イスラーム過激派がどれもまともな反応をできずに滅び去ってほしい、というのが本音ではある。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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