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タンチョウの数過去最多。鳥害と観光の狭間を考える

田中淳夫森林ジャーナリスト
タンチョウが舞う姿の撮影も人気の一つ。(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 タンチョウ(タンチョウヅル)と言えば、国の特別天然記念物。日本では北海道で見られるが、その分布調査が1月に行われた。そして1516羽を確認し、1952年の調査開始以来最多となったことがわかった。

 具体的には、野生1478羽、飼育38羽。昨年同期より146羽多くなり、過去最多だった。ただし野生のタンチョウが確認できた地域は、釧路が1392羽と94%を超えている。新たに確認したところや過去にいたが今年は見つからなかった土地もある。

 なお3月に釧路市のNPOが道東を中心に行った生息数の調査では、約1900羽を記録している。この数字も過去最多である。

 それによるとオホーツクや日高といった新たな生息地での繁殖が進んでいるらしい。もっとも、環境省は「自然の餌場である河川などが凍結して、人目につきやすい給餌場に集まり確認数が増えたとも考えられる」という。

 いずれにしろ、かつて日本では見られなくなっていたタンチョウが、ここまで増えたと聞けば喜ばしいように感じる。しかし、その背景を探ると、ことはそう単純ではない。

冬の給餌で留鳥に

 簡単にこれまでの経緯を振り返ろう。

 タンチョウは本来渡りを行う。北海道にはアムール地方から冬になると飛来していた。しかし明治時代に日本に渡って来なくなったと思われた。生息地が農地開発のため破壊されたことと、乱獲されたためだ。

 再発見されたのは1924年である。釧路湿原で見つかったのだ。そこで地元の人々が、冬の間に餌を与えるなど手厚い保護を行ったこともあって、国の天然記念物(35年)、特別天然記念物(52年)に指定されて保護が進んだ。

 今では釧路湿原周辺で周年目撃されるようになり、留鳥になったと思われる。ちなみに私は夏に鶴居村を訪れて、森の中でたたずんでいるタンチョウを見かけたことがある。

 道東の鶴居村は、その名のとおり、タンチョウがいつでも見られる村として有名だ。冬には給餌場に約300羽ものタンチョウが集う。それを目当てに観光客は年間15万人も来るようになった。タンチョウ観察は、もはや一つの観光産業になっている。

 ところが生息数の増加は、周辺地域の農業によくない影響を与え始めた。

 居すわったタンチョウが、頻繁に畑を襲うのだ。とくに栽培されている飼料用トウモロコシの発芽したばかりの種の部分が狙われる。収穫量にして150トン分以上が食い荒らされているという。しかも食べるだけでなく、歩き回ることで周辺のトウモロコシの茎を折ってしまうので、損害は大きい。

タンチョウ追い払い人

 天然記念物だから駆除はできない状況で、農作物を守らねばならないのだから大変だ。飛べるだけに、農地周辺に柵を築いても効果がない。そこで村から委託されてタンチョウの追い払いを行う人がいる。毎日農地を見回り、タンチョウを見つけたら、笛などの音で脅すのである。しかし、限界があるだろう。

 一方で、道路に出てきて車に撥ねられるなど交通事故にあうタンチョウもいる。また列車や電線への衝突事故も起きた。増えすぎたことで何かと問題が起きているのだ。

 ところで北海道内には、環境省が委託する給餌場が3箇所、北海道委嘱による給餌場25箇所がある。環境省は、タンチョウによる農業被害が激化しないよう、またタンチョウに感染症が広がらないよう、生息地を分散させることを狙って給餌量を減らしてきた。2015年度から給餌量を毎年一割ずつ削減しており、最終的には給餌の終了を検討している。

 それに対して、給餌に頼らず自力で冬を越せるよう、給餌場に隣接するネイチャーセンターでは、鶴居村で冬期の自然採食地を整備しようとしている。自然界に餌となる植物を増やそうという試みだ。

 またタンチョウを町に呼びよせて地域おこしにつなげようという動きもある。鶴居村から200キロほど離れた長沼町は、遊水地にヨシなどを生やしてタンチョウが繁殖しやすい環境をつくろうとしている。農地でも農薬の使用を減らすなどして、餌を求めるタンチョウを呼び込もうというものだ。観光だけでなく、米など地元の農産物をブランド化する期待もあるという。

トキもコウノトリも問題抱える

 天然記念物であることに加えて、タンチョウによる一定の経済効果も見込めることから、追い払えば問題が解決するわけではなさそうだ。

 ちなみに保護鳥をシンボルに地域おこしを進める先駆例に、兵庫県豊岡市がある。国内で絶滅したコウノトリを中国から移殖して繁殖させ放鳥しているが、同地の米を「コウノトリ米」とブランド化して販売を行っている。

 同じくトキを復活させた新潟県の佐渡島でも、繁殖させた個体を放鳥しているが、すでに本土側にも飛来して居つき始めている。野生のトキは、430羽ほどになったという。このペースだと数年のうちに自然繁殖だけで1000羽を超えると見られている。

 しかし、肝心のコウノトリが農作物を荒らすことが問題になっている。トキも田植え後苗を踏みつぶすなど農作物被害だけでなく、佐渡の固有種サドガエルを食べることが問題になっている。希少種だったトキが、今度は希少種を食害しているのだ。

 タンチョウにしろ、コウノトリにしろトキにしろ、今のところ絶滅の危機からよみがえって数が増えたことを朗報としているが、今後は増えすぎて農業などに被害が出た場合、どのように対応するか課題となるだろう。加えて観光に対する配慮も必要となる。

 野生動物は、薄く広く分布することで被害も薄く分散し許容範囲に収まればよいが、狭い地域に密に生息すると、必ず問題が発生する。

 各地でタンチョウを誘致することで棲息地が分散すれはよいが、構想どおりには必ずしも進むとは限らない。慎重に進めるべきだろう。

(参考)

朱鷺も駆除した! 江戸時代の獣害は大変だった

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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