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大臣の「身の丈」発言の炎上のせいで民間試験導入は「延期」になったのか?

寺沢拓敬言語社会学者

入試制度を揺るがす問題として注目を集めていた大学共通テストへの英語民間試験の導入だが、11月1日、萩生田文部科学大臣によって延期が発表された。

この問題について今までフォローしていなかった人は、萩生田大臣の「失言」をきっかけに、野党やマスメディアの批判が盛り上がり、ついには「延期」に追い込まれたという印象を抱く人も多いようだ。

ただ、以前から各種報道をフォローしていた人にとっては周知のとおり、これは事実とは異なる。

この点が一目瞭然になるように、これまでの報道傾向を確認してみよう。

マスメディアの報道は?

新聞記事データベースを利用して、英語民間試験問題に言及した記事をリストアップした。検索式は、「英語 AND 大学共通テスト AND (民間試験 OR 検定試験)」である。検索対象は、通信社・テレビ・全国紙・全国ニュース網(JWN)・地方紙である。

全期間の言及数の推移は次の図のとおりである。

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たしかに、「身の丈」発言報道の2019年10月末に報道は多いが、全体的に見れば最多というわけではない。最も多いのは、当然ながら、11月1日の延期の発表直後である。

2017年、2018年、そして今年前半の報道は、どちらかというと単に決定事項を報じる記事であった。一方、今年後半は問題点を報じる記事が急増する。

「TOEIC撤退」「3割の大学が利用未定」

今年後半にフォーカスしたのが以下の図である。

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すでに7月より、何度か報道のピークがあったことがわかる。

ひとつが、7月2日のTOEIC撤退のニュース。

筆者も、ヤフーニュース(個人)で記事を執筆した。

TOEIC撤退ショック ― 大学入試共通テストに参加せず(寺沢拓敬) - Y!ニュース

もう一つのピークは、8月27日。依然、3割の大学が民間試験を利用する予定かどうか不明であることが明らかになった直後である。

英語の民間試験利用3割「未定」 大学共通テスト、文科省調査(共同通信) - Yahoo!ニュース

後手後手の報道

以上のように見ると、マスメディアはしばらく前(今年の7月)からきちんとこの問題を報じていると思う人も多いかもしれない。しかし、実際にはかなり遅かったとしか言いようがない。

「身の丈」発言でクローズアップされた経済格差・地域格差の問題だが、民間試験利用のプランが提示された直後から関係者によって大いに批判されてきた。

たとえばこの問題を徹底的に批判した阿部公彦著『史上最悪の英語政策 ウソだらけの「4技能」看板』の発売は2017年12月である。また、2018年2月には、この制度の問題点をめぐるシンポジウムが開かれている(この様子は、同年6月に岩波ブックレット『検証 迷走する英語入試 スピーキング導入と民間委託』として書籍化)。

多くの問題点が以前から指摘されていたにもかかわらず、各紙は、上記のTOEIC撤退が発表されるまでは(ということは2019年6月までは)ほぼ無視だったと言って良い。事実、6月18日に英語教育者が中心となって署名および国会請願を行っているが、この件の報道はほとんどない。(私も賛同研究者の一人として名を連ねた。大学入学共通テストにおける英語民間試験の利用中止を求める国会請願署名(寺沢拓敬) - 個人 - Yahoo!ニュース)。

ちなみに、8月・9月に行われた抗議活動についての報道もあまりない。正直な所、私自身が一関係者として「マスメディアは所詮、他人事なのか・・・」といった気持ちが強かった。

英語入試改革、メディア報道や大臣の発言をきっかけに文科省前抗議運動に発展(寺沢拓敬) - 個人 - Yahoo!ニュース

「身の丈」発言は失言ではない

もっとも、萩生田大臣の「身の丈」発言の炎上がきっかけのひとつであったことは間違いない。しかし、すでに問題点が報道や関係者の尽力によって一般に周知されていたからこそ、この発言が炎上したと言える。その意味で、新制度への疑念という燃料が充満していたところにタイミングよくマッチを投げ入れたのが「身の丈」発言というわけである。そもそも、この問題の存在が知られていなければ、大臣は件のテレビ番組に呼ばれて「失言」をすることもなかっただろう。

そもそも、「身の丈」発言は、「人々や受験生に誤解を与えた」という意味での失言ではない。この制度の本質は、受験生に他でもなく「身の丈」に合わせた大学受験を強いるものである。その意味で、大臣の発言は非常に的確な描写であった。的確だったからこそ、これだけ炎上したのである。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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