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「日本の英語力は92位」をメディアは安易に報道しないで

寺沢拓敬言語社会学者

11月は,英語教育関係者にとって頭が痛いニュースが流れる時期です。

それは,「日本の英語力は世界で××位!また下がった!大変だ!」というニュースです。

なぜ11月かといえば,その年の「EF英語能力指数」が発表されるのがこの時期だからです。

私はこれまで約10年にわたって,このランキングは各国の英語力を反映しておらず信頼度が低いし(専門家には周知の事実です),そもそも企業の営業戦略に過ぎないものを公的性格の強いマスメディアが安易に報じないでほしいと訴えてきました。

しかしながら,以下のとおり,今年は,毎日新聞が発表当日に報じており,とても残念に思います。しかも,発表イベントの写真付きです。同紙記者はわざわざ一企業の販促プレスリリースに出向いて取材してきたわけですが,取材対象は一体どういう意図で選ばれているのでしょうか。ほかにもっと報じることがあるのではないでしょうか。

「EF英語能力指数」と聞くと何やら権威がありそうです。英語で EF English Proficiency Index と書かれるともっと凄そうに聞こえます。しかし,実際の作りは,以下に説明するとおり,かなり雑です。巷には怪しいランキングが溢れていますので「お遊び」でネタにするならまだわかりますが,大手メディアが大真面目に取り上げる代物ではありません。

私は「日本人の英語力が××位!」という話がいかに根拠がないか,そして大手メディアはこの情報にとびつかないでほしいとヤフーニュースで発信してきました。以下,重複する部分もありますが,その問題点について論じてみます。

英語力ランキングの怪しさ

EF英語能力指数は,EF社のオンライン英語力診断テストを受験した人々の成績をもとに算出したものです。ランキングは,受験者の平均スコアを国別に算出して,それを上から順番に並べているわけです。したがって,各国民を偏りなく調査した統計ではなく,その英語力診断テストを受験した人々の平均値に過ぎません。

「でも,実際の値からちょっとくらい偏りやズレがあったって,おおよそが分かればいいのでは?」と思う人もいるかもしれません。しかし,そのズレが「ちょっとくらい」であるかは未知数なので,「おおよそが分かる」かどうかの保証もありません。なぜなら,このテストの受験層がどういった人たちなのか,想像することはかなり困難だからです(ここが,TOEFLやIELTSのような伝統的な英語テストと大きく違う点です)。

「英語ができないし学ぶ気もない人」は英語力診断テストを受けないでしょうし,逆に,「既に英語でバリバリ仕事や勉強をしている人」にも受験するインセンティブはゼロでしょう。英語学習中の人であっても,既に他のテスト(TOEICなど)で自分の実力を把握している人は受ける気は起きないでしょうし,そもそもこのテストの存在を知らない人も対象者から抜け落ちます。また,国にもよりますが,インターネットへのアクセスが限定的である人も対象に含まれません。

したがって,多少の順位の差は,ほとんど無意味な情報です。たとえば,「何々国の順位は××位!日本よりも10個も上!日本人は英語力でも負けている!」のようなまとめ方は,間違いです。もっとも,順位がたとえば四,五十以上違う上位層グループ(たとえばシンガポール)との比較であれば,それなりに実態を反映しているでしょうが,(準)英語圏と非英語圏の間で英語力の差があるのは当然であり,このランキングをわざわざ参照する必要はありません。

上がったか下がったかもわからない

各国の順位・スコアの差に意味がないのとまったく同様に,ある国の年ごとの推移にも意味がありません。

前述の通り,その国のどんな層が受験しているか不明ですが,これとまったく同じことが,各年の受験層にも言えます。受験者層は,年によって流動的であるため,たとえば,2023年と比べて2024年が下がったとしても,その原因が日本人の英語力が下がったためなのか,それとも,英語力の低い受験者が増えたためなのかはわかりません。

実際のデータを丁寧に見ると,怪しさ満載・・・

ちなみに,このランキングの怪しさは,実際のデータを見ても理解できます。

その筆頭が,スコアの乱高下です。点数が毎年大きくブレており,この点からも信頼性の乏しさは一目瞭然です。

以下の図をご覧下さい。得点の換算方法が2020年に変わっているので,2019年までのデータをもとにしています。

このランキングによると,日本は,少し前までは英語力が比較的高い国でした。

驚くことに,いくつかの英語公用語国より上でした。

たとえば,2011年においてインドより上,2012-2015年において香港よりスコアが高かったのです。

いくらなんでもそんな「実態」を信じる人はいないでしょう。

各国の推移(EF社レポートをもとに筆者が作成)
各国の推移(EF社レポートをもとに筆者が作成)

おもしろいのは(いや私はおもしろくないですが),10年前の日本の位置です。

図の縦軸の50.0 が平均ラインですが,2011年頃の日本はこれより上に位置していたのです。図を見る限り,「上の下~中の上」です。「日本人の英語力は低い!」と言う人(この主張は正当だと思います)の多くが,当時は,「日本の英語力がそんなに高いはずがない!このランキングは信頼できない!無視!」と言っていたと思います。つまり,データに基づいて意見を言うのではなく,意見に基づいてデータを取捨選択しているわけですね。私が批判しているのは,「日本人は英語が低い」という主張そのものではなく,こういう結論ありきのデータの使い方なのです。

次に,データが入手可能なすべての国の状況を見てみましょう。

データに欠損のない81の国・地域の推移。筆者作成
データに欠損のない81の国・地域の推移。筆者作成

乱高下はさらにはっきり確認できます。

もしそのスコアが国民の英語力を適切に反映しているとすれば,1年でこれほど乱高下するはずがありません。

もちろん,その国の国民や政府が前年に行った改革努力が現れている可能性はあります。しかし,国民全体の能力開発が短期間で大きく向上することは考えにくいので,乱高下は,改革の成果ではなく,受験者層の変化をを反映していると考えたほうがよいでしょう。

そもそもEFは,代表性に注意せよと言っている

なお,EF社は,スコア報告書の中で,disclaimer としてこの指標の限界点に言及しています。とはいえ,まるで各国が競っているかのようにプレゼンテーションするのは,ミスリードを狙っていると思われても仕方がないような気がします。

そもそも,この指標がEF社の営利目的によるものという点も注意すべきでしょう。第一に,このランキングは同社の英語力診断テストの「副産物」であり,第二に,そのプレスリリースは,同社がプロモーションの一環として行っているからです。正確な実態把握を目的とした調査ではないのです。

客観報道を旨とするマスメディアには,このランキングを慎重に取り扱っていただきたいと思います。私から見ると,現状,スポンサーのEF社の機嫌をとるために,報道して「あげて」いるようにしか見えません。そういう事情ならせめて「PR」をつけるべきであり,まるで客観的事実であるかののような報道は断固辞めるべきです。

蛇足

実は,毎日新聞は英語教育のランキングをめぐる問題について優れた批判的報道を行っています(支局ですが)。こうした蓄積が共有されなかったのはたいへん残念に思います。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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