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TOEIC撤退ショック ― 大学入試共通テストに参加せず

寺沢拓敬言語社会学者

昨日(2019年7月2日)報じられた以下のニュース。タイトルからして地味だが、教育関係者の間には激震が走った。

TOEIC、共通テスト参加せず 運営側「対応が困難」(共同通信) - Yahoo!ニュース

英語検定試験「TOEIC」を運営する国際ビジネスコミュニケーション協会は2日、大学入試センター試験の後継となる大学入学共通テストへのTOEICの参加を取り下げると発表した。「責任を持って対応を進めることが困難と判断した」としている。大学のほか、受験生を抱える高校や予備校などは共通テストへの対応を急ピッチで進めており、大きな影響が出そうだ。

この問題に詳しくない方にはイマイチどの辺りが衝撃的か分かりづらいと思うので、背景を含めて簡単に解説する。

背景

現行のセンター試験は今年度いっぱいで終了し、2021年1月から新制度に切り替わる。その改革の目玉の一つが英語で、民間の外部試験(←英検やTOEICをイメージするとわかりやすい)を受験者に利用させることに決まった。

この外部試験は何でもよいわけではない。文科省・大学入試センターによる厳正な(とされる)認定があった。その基準としては、一言でいえば「信頼できるテストかどうか」である。

もう少し具体的に書くなら次の通りである。四技能を測定しているか。テストが(素人作問ではなく)数理的・実証的に作られているか。不正対策など入学試験としての質が確保できているか。日本の大学進学希望者の学力測定として妥当な内容か。受験料が適正か。一年に複数回実施可能か。採点の質は確保されているか。運営上のトラブルを回避できるだけの条件整備ができているか等々。

TOEIC運営側のプレスリリースを読む限り、とくに条件整備の点が大きなネックとなったようだ。つまり、条件整備が想定よりも難しいとわかったことで撤退を決めた形である。

以下、このニュースがいかにショッキングかを説明する。

衝撃1 決定がギリギリ過ぎる

新試験は2021年1月であり、あと1年半しかない。ギリギリ過ぎる。もっとも、実際に外部試験受験が走り出すのは来年(2020年)4月からなので決定的な問題になる前の「勇気ある撤退」ではあった。

ただ、いずれにせよ、TOEICで受験を考えていた高校生・既卒生には気の毒である。事前の調査によればTOEIC利用者は2%程度で、割合だけ見れば少数派ではあるが、絶対数で考えれば1万人程度ということになり、けっして無視できない規模での影響がある。

衝撃2 認定の無意味さが明るみに

新テストへの参加を希望していたTOEICは、2018年の段階ですでに「認定」されている。

認定基準には、当然ながら、条件整備が整う見込みがあるかどうかも含まれていたが、2018年の時点ではその部分の課題はすくい取れず、すんなり通ってしまったわけである。

結局のところ、認定基準をクリアできているかどうかは、運営企業側の自己申告をそのまま認めていただけに過ぎなかったということだろう。

衝撃3 反対派の懸念を運営側が認めた状態

そして、この条件整備をめぐる問題は、最近になって初めて「発見」されたものなどではなく、慎重派が以前から訴えてきた問題である。

下記のサイト(英語民間試験の利用中止を求める国会請願)の「新制度の問題点」でも詳細に説明されているが、はるか以前からこの問題は指摘されてきた。一言で言えば、大学入試レベルの厳密性・公平性が求められる試験の運営を、民間試験に任せるのは現実的に不可能であるという指摘である。

今回のTOEIC運営側による問題点の「発見」は、慎重派の懸念が当たっていたことを意味している。

衝撃4 文科省の他人事ぶり

以上、非常にショッキングなニュースであるにもかかわらず、文科省の反応は低調である。

柴山文部大臣は、同日に記者会見を行っているが、TOEICの問題については自ら言及していない。

記者から質問されて初めて触れているが、回答はTOEIC運営側の報告をそのまま伝える程度のものである。(ところで、質問項目になければ黙殺だったのだろうか・・・)。

柴山昌彦文部科学大臣記者会見録(令和元年7月2日):文部科学省

たしかに今回の件は会見の直前に発表された報道なので(とはいえ文科省側はもっと前に内々に報告を受けていたはずだが)、実質的に意味がある反応は難しいかもしれない。

しかしながら、そもそも民間英語試験をめぐる問題全般について、文科省の反応が鈍いことは事実である。たとえば、先月(2019年6月)18日、学者らが上述の国会請願署名を携えて記者会見を行ったが、本件に対しても実質的な回答はまだない。

今後、抜本的な転換(もちろん、民間試験導入制度そのものの廃止あるいは延期も選択肢に入る)があるかもしれない。これからの動向を見守りたい。

参考

英語四技能入試は改革の切り札か?(寺沢拓敬) - 個人 - Yahoo!ニュース

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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