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NHKによる英語力ランキング報道の深刻な間違い 指数を調査と勘違い

寺沢拓敬言語社会学者

2024年11月16日,NHKがEF社の英語力ランキングを報じました。

私は,同ランキングの問題点について,Yahooニュースでも幾度となく指摘してきました。報道に値するものではないのでマスメディアは安易に報じないでほしいと訴えてきました。

しかし,残念ながら今年は毎日新聞とNHKが報じてしまいました。

私の記録によればNHKの報道は今回が初めてで,「NHKは今まで引っかかっていなかったのに…」という点でも残念です。

「指数」を「調査」と勘違い

NHKの報道は,いままでのメディア報道と比べても,かなり深刻な間違いをしています。

それは一言でいうと,EF英語能力指数を調査だと勘違いしているという点です。

英語能力指数 (English Proficiency Index: EPI) は,その名が示す通り,指数です。調査ではありません。

調査と指数の違いはシンプルです。

あらかじめ「これを調べたい」という目的があり,その趣旨に基づいてデータ集めが行われるのが調査です。他方,既存のデータを収集し,事後的に加工・統合したものが指数です。

EF英語能力指数は,同社が留学事業や語学サービス事業用に提供しているオンライン英語力診断テストの受験結果を利用(流用)しているだけなので,明らかに調査ではありません。

調査であれば,あらかじめ調査対象者の設定をきちんとするはずです。たとえば,「各国でこういう属性の人をそれぞれ◯◯人程度集めましょう,そのうえでテストやアンケートを行いましょう」のように。

EF英語能力指数は,そうした手続きを一切していません。そのせいで,対象者が国ごとに統一されていません。◯◯国の上位層と△△国の下位層を比較して「◯◯国のほうが△△国より上!」と言っているようなものです。

こういうものを「調査」と呼ぶ人は,少なくとも専門家には皆無でしょう。

仮に,国際比較「調査」であれば,通常,相応の配慮とともに作成されているので,結果をある程度真剣に受け止める必要があるでしょう。他方で,国際比較「指数」であれば,作成者が恣意的に作ろうと思えばいくらでも作れるので,その結果は是々非々に判断するしかありません。

言葉尻の問題かと思う人もいるかもしれませんが,調査と指数では,信頼度に大きな断絶があるわけです。

記事の文章を見ると・・・

NHKは以下のように報じています。

英語を母国語としない116の国や地域を対象に、民間企業が行った英語力の調査で、日本は92位となり、低い水準にあることがわかりました。実施企業は、社会人向けの生涯学習プログラムの提供など、英語教育の改善が必要だとしています。

この調査は、世界的に留学事業などを展開する民間企業が2011年に始めたもので、英語を母国語としない国や地域のおよそ210万人を対象に、毎年、オンラインテストを行い、分析結果のランキングを公表しています。

▽日本は454ポイントの92位で、前の年の87位から順位を落とし、調査開始以来、最も低い水準となりました

明らかに「調査」だと誤解している記述です。

おそらく,記者はEF社に直接取材しておらず,ウェブ上のプレスリリースや概要説明をまとめただけだと思います(要するにコタツ記事)。しかし,そもそもEF社の資料自体が一言も「調査」などと言っていません。一体,どの資料を読んだんでしょうか。

EFランキングの問題点はこちら

本記事では,調査か指数かを問題にフォーカスしました(なぜなら,このレベルの間違いは,今回のNHKが初めてだったからです…)

しかし,仮にその点の言葉遣いが正しかったとしても,EFランキングには大きな問題があることは強調しておきたいと思います。

その点は,以下で詳細に論じているので,関心のある方はご参照下さい。

問題点を簡単に言えば,

  1. 各国民から偏りなく回答者を集めているわけではないデータで国際比較することに意味がない
  2. 実際の数値も年によって乱高下していて信頼できない(1-2年で国民の英語力水準が大きく変動するはずがない)
  3. EF社の営業資料に過ぎないものを,マスメディアがわざわざ報じるのは公益性に疑問

といった点です。

蛇足:

NHKの当初のタイトルは,「英語力調査 日本は92位 調査開始以来 最低水準」でした。

つまり,現在は「英語力民間調査」に修正されていますが,当初は「民間」の文字が抜けていました。

記者は,公的機関の調査かなにかと勘違いしていたんでしょうか。

EF社は営利企業ですが,NHK報道の公益性にも関係しそうな論点です。

言語社会学者

関西学院大学社会学部准教授。博士(学術)。言語(とくに英語)に関する人々の行動・態度や教育制度について、統計や史料を駆使して研究している。著書に、『小学校英語のジレンマ』(岩波新書、2020年)、『「日本人」と英語の社会学』(研究社、2015年)、『「なんで英語やるの?」の戦後史』(研究社、2014年)などがある。

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