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蓋を開けば何が目的だったのか分からない前倒し内閣・党役員人事のモヤモヤ感は何だ

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(661)

葉月某日

 10日に行われた内閣改造・党役員人事は、岸田総理の求心力を高め、支持率回復の起爆剤になるかを注目したが、そうとは思えない地味な内容であった。9月上旬と言われた時期を1か月も前倒しした目的は何だったのか、それが分からなくなり、モヤモヤ感だけが残る。

 現在、国民の最大の関心事は旧統一教会と自民党政治家との関係である。前政権には関係を認めた7人の閣僚がいた。岸信夫防衛大臣、末松信介文部科学大臣、二之湯智国家公安委員長、野田聖子地方創生担当大臣、小林鷹之経済安全保障担当大臣、山口壮環境大臣、萩生田光一経済産業大臣である。

 今回の改造はそれらの閣僚を入れ替え、国民から疑念を抱かれないようにするのが目的だと思われた。ところが萩生田氏は閣僚から自民党政調会長に格上げされ、さらに新たに閣僚に就任した加藤勝信厚生労働大臣、高市早苗経済安全保障担当大臣、寺田稔総務大臣、西村明宏環境大臣、岡田直樹地方創生大臣、そして留任の林芳正外務大臣、山際大志郎経済再生担当大臣の計7人が旧統一教会との関係を認めた。

 関係を認めた7人が閣僚から外れ、入れ替わるように同数の7人が旧統一教会との関係を認めたのである。そして岸田総理直属の木原誠二、磯崎仁彦両官房副長官も関係のあることを松野博一官房長官が明らかにした。

 旧統一教会と関係があった新閣僚は、口々に「社会的に問題のある団体とは知らなかった。これからは関係を持たないようにする」と言い、過去の責任には頬かむりした。政治家たるもの「知らなかった」では済まされない。フーテンは入閣を打診されても自ら辞退するのがスジだと思ったが、そんな政治家はこの国にはいないらしい。

 過去の責任には触れず、これから関係を持たないと言えば、閣僚の資格があるというのなら、政界を引退したのに国家公安委員長のままだった二之湯氏以外、前政権の6人の閣僚は交代させられる必要はなかったことになる。

 それなのに交代させ、新たに旧統一教会に関係ある議員に入れ替えたのは、旧統一教会問題に決着をつけるポーズを取り、しかし何もやらなかったに等しい。それが今回の岸田流改造劇である。あるいは自公政権では、旧統一教会と無関係な議員で内閣を作ることが不可能であることを証明した改造劇と見るべきかもしれない。

 ではこの内閣改造・党役員人事とは何だったのか。少し時間軸を戻してこれまでの経緯を振り返ってみる。参議院選挙前の情勢は、選挙後に岸田総理と最大派閥の領袖である安倍元総理の確執がどうなるかに注目が集まっていた。

 岸田総理は安倍元総理の言うことを聞きながら、しかし安倍元総理の影響力をなくして独自路線に切り替える道筋を模索していた。その象徴的な出来事が防衛省の事務次官人事である。安倍元総理の秘書官を6年半務めた島田事務次官が7月1日付で退任させられた。

 これには安倍元総理も岸防衛大臣も反発して続投を要求したが、人事権を持つ官邸が頑として認めず、島田氏は退任し防衛大臣参与と防衛省顧問となった。これは年末までにまとめる日本の安全保障戦略や防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画の改定に大きく影響する。

 そうしたこともあって安倍元総理は影響力強化のため派閥の更なる拡大を目指し、選挙遊説に力を入れ、その遊説中に銃撃され命を落とした。選挙遊説中の暗殺事件は民主主義を否定するテロ事件として報道され世界に衝撃を与えた。

 その直後に行われた参議院選挙で自公は圧勝した。しかし自民党の比例獲得票数は安倍政権時代に比べ600万票も減らした。考えられるのは、安倍元総理の「岩盤支持層」が岸田政権から離れたことである。岸田総理はそれを繋ぎ留める必要があった。

 そのためいち早く安倍元総理に戦後4人目となる最高位の勲章を与え、吉田茂に次いで戦後2例目となる「国葬」を行うことを閣議決定した。しかし安倍元総理銃撃事件は、山上容疑者の動機が明らかになるにつれ、事件は民主主義を否定するテロではなく、反社会的カルトの広告塔になっていた安倍元総理をはじめとする自民党政治家の問題に焦点が移った。

 それは早々に安倍元総理の「国葬」を決めた岸田総理にとっても想定外だったと思う。岸田総理は参院選後の安倍元総理との駆け引きに備え、選挙直後の7月中に内閣改造・党役員人事を行い、最大派閥である安倍派に対抗して自らの求心力強化を目指していたという情報がある。

 その場合には参議院に影響力を持つ青木幹雄元官房長官の協力を取り付けるため、青木氏の秘蔵っ子である小渕優子組織運動本部長の入閣も考慮された。しかし安倍元総理が死亡したことで、8月25日の安倍元総理の49日法要が終わるまで目立った政治活動を控える方針に変わり、内閣改造・党役員人事は9月上旬に延期された。

 ところが旧統一教会問題はそれも許さなくする。旧統一教会と自民党政治家の関係が広がりを見せ、竹下内閣を崩壊させた「リクルート事件の再来」と言われるようになり、「国葬」問題にも波及してくる。

 メディアの世論調査では、国民の過半数が「国葬」に反対しているという結果も現れた。岸田総理が人事を突然10日に前倒ししたのは、9月上旬まで何もしなければ、政権維持は難しいと判断したからである。

 一方、安倍元総理の突然の死亡で主を失った安倍派も厳しい局面を迎えた。安倍元総理は自らの再登板を期して後継者を作らなかったため、まとめ役がいない。とりあえず下村博文、塩谷立の2人の会長代理がまとめ役になったが、下村氏は文部科学大臣の時代に旧統一教会の名称変更を認めたため、身動きが取れない立場に追いやられた。

 そうした中で岸田総理が7月19日に動いた。午後3時から1時間弱自民党本部で麻生副総裁、茂木幹事長と会談、官邸に戻って午後5時過ぎから40分間萩生田経産大臣と2人だけで話し込んだのである。岸田総理は安倍派の中で萩生田氏を重用することが明らかとなった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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