これから図書館はどうなる?ミシンで裁縫、子どもは遊べる。ノルウェー公共図書館が提案する新しい読書時間
6月18日、北欧ノルウェーの首都オスロで新しい公共図書館がいよいよオープンする。
「この図書館は民主的で文化的な基盤となることでしょう。人々はより知的になり、賢い選択ができるようになります」と、クヌート・スカンセン館長が語った。
「やっとか」という気持ちが私の心をよぎった。
11日は報道陣向けに館内が公開された。見学に来ていた子どもたちは、大声を出しながら走り回っていた。
この図書館では、「静かに」していなくてもいい。
読書をしなくてもいい。
子どもはゲームをしたり、かくれんぼをしたり、友達と映画を見たり、ポッドキャストを作ったり、ピアノの練習をしたり、ドラムをたたいたり、ギターをひいてみたり、服を縫ったり、3Dプリンターで何かを作ってもいい。必要な楽器や機材は用意されており、無料で使用できる。
観光客は市内を一望できる景色を見ながら、記念撮影もできる。館内のアート鑑賞も楽しそうだ。
会議をしたり、イベントを開催したり、映画を鑑賞してもいい。
レストランやカフェで食事もできる。
図書館のイメージががらりと変わる
235年の歴史を持つ市民の図書館は、移転を機にこれまでの「図書館」の当たり前を崩した。まるで市民広場のようでもあり、広い居間のようだ。
ちょうど私がノルウェーに引っ越した2008年、オスロ市議会はビョルビカというフィヨルド開発地区の計画案に乗り出した。
オスロ市は22の公共図書館を持っているが、このビョルビカ地区のものが最大級となる。
「図書館」はノルウェーの人にとっては特別な意味をもつ。
私はこの国に来てから図書館に対するイメージというものがガラリと変わった。オスロ大学にある図書館では大きなガラス窓からたくさんの日差しが入り、外の木々や雪景色がまるで建物と一体化としたかのようにデザインされている。居心地がよく、何時間も過ごすことができる空間だった。
市民みんなで新しい図書館の形を考える
この国では多くの税金を支払うために、税金が公共の建築物にどのように使用されるのか、市民はとても敏感だ。
民主的な形で決定プロセスに関わることができる。図書館だけではなく、ムンク美術館なども、「このデザインだと街の風景を壊してしまうのでは」、「旧館の敷地は何に使うのだ」など、ああだこうだとみんなで議論を重ね、政権交代も起きるために、予定していた年に建設や開館ができなかったというのはよくある話だ。
新型コロナの感染が拡大し始め、ノルウェー政府が様々な規制を発表した3月以降、ミュージアムなどは休館対象となり、大きなイベントは中止された。公共図書館のオープニングもずれこみ、やっとドアを開く運びとなった。
今後は、感染防止対策をしつつ、市民に図書館を開放する。
「未来図書館」の100冊の所蔵場所に
ノルウェーでは、「100人の書き手による100冊の本が、100年後にやっと読むことができる」、「未来図書館」という計画が進んでいる。この100冊の本も、ここに保存される。
フィヨルド沿いには、新しいムンク美術館(オープニングは遅れている)、オペラハウス、公共図書館という3つの建築物が並ぶ形で集合している。今後はオスロの観光や北欧建築デザインの名所となることが確実なため、国際メディアの視線も熱い。
来年以降にノルウェー観光をする予定がある方は、ムンクの『叫び』を見るために、きっとこのエリアを回ることだろう。
図書館で見つける、北欧デザイン
「北欧デザイン」といえば、家具や雑貨、機能的でシンプルというような言葉をイメージする人が多いかもしれない。
私にとっては、北欧デザインは「民主的、政治的、サステイナブル」がキーワードだ。
「民主主義」という言葉に異常なこだわりを持つ現地の人の思想は、この図書館の至る所に反映されている。
図書館では45万冊を所蔵。5階建てで、ノルウェーらしさが特に伝わってくるのは子どものためにできた3階だ。
子どもが本を図書館に運んだ!?
実は、1月には1000人の小学生が、300メートルの行列を作って、旧館から新館へ6000冊の本を運ぶのを手伝った。図書館では王室メンバーが子どもたちを待っていた。「子ども引っ越し屋さん」と、現地では話題となった。
「貴重な本なのだから、大人が自分たちで運べ」と思うかもしれないが(正直、私は最初はちょっと思った)、街の開発プロセスに子どもを巻き込むことはノルウェーらしい民主的なアプローチともいえる。ちなみに本を運んだ後、子どもはダンスをして楽しんだそうだ。
図書館の利用者が増加
この時代に紙の本を読む人は少なくなってきていると思われがちだが、オスロの公共図書館は2013~2019年の間で利用率は43%上昇、貸出率も数年の停滞期を経て、2017年から上向きだ。
昔ながらの図書館の姿から脱却し、市民により開いたモダンな空間づくり、イベント運営などの改革の結果だとされている。市民がより読書を楽しめるように、民主主義をさらに強化した図書館にしていくそうだ。
クヌート・ハンセン館長にインタビューをした。
質問「ここでは静かにしてという空気がないようですね」
館長「3階より下であれば、子どもたちは静かにしなきゃと考えることなく時間を過ごせます。ノルウェーではもともと、『図書館では静かにしなさい』と注意する空気はほとんどありませんでした。要は子どもにも大人にも、十分に広いスペースがあればいいのですよ」
質問「図書館になぜミシンがあるのでしょうか」
館長「ミシンや3Dプリンターなどたくさんの機材を置いている理由は、これで市民は家にたくさんのものを所有する必要がなくなるからです。図書館とはシェアリングエコノミー(許攸経済)の場でもあります」
館長「本を読むだけではなく、さまざまな道具を使って考えて教養を深める場であることも図書館の役割です。読解力だけではなく、今はデジタル能力を高める必要もあります」
「家にパソコンがない子どもも、ここに来たらテクノロジーを試して学ぶことができる。服を直したい時に、もうミシンを購入して家に置いておく必要もありません。ここでできますから。ミシンを置いている図書館というのはノルウェーでも珍しいですね」
質問「日本よりノルウェーの若者は読書をしている印象がありますが?」
館長「ノルウェーでの統計によると、14~18歳の若者の間では読書時間がどんどん減っています。動画を見たり、10年ほど前からは『耳で聞く本』、オーディオブックを選ぶ人が増えています。電子書籍や紙の本で読む人が減っていることは、ノルウェーでも大きな問題になっているんです」
「同じ本でも、目で文章を読むことと、誰かがその本を読む音を耳で聞くという行為は別物です。若者の読書週間を盛り上げる鍵は、今後は図書館によりゆだねられていくでしょう」
館長によると、図書館で過ごすことで人は知的になり、より賢い選択ができるようになるらしい。普段はカフェでの読書時間が多い私だが、これからはこの素敵な図書館で長居することが増えそうだ。
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Photo&Text: Asaki Abumi