オスロの「図書館」騒動。なぜ、議論が活発化するのか? 背景は民主主義
9月の地方選挙後、大きな政権交代を迎えたオスロ。中道右派から中道左派に変わった市議会は、[2019年オスロ中心地の車禁止計画で議論が過熱化 オスロ中心地のカーフリー]など、次々と新たな政策を発表しました。支援者もいれば、生活に影響を与える極度な改革にためらう人々の声も目立ちます。
この2週間、オスロに建設予定の公共図書館の方針を巡って、市では連日、議論が続いています。日本で例えると、新国立競技場並みに話題となっていました。なぜ、図書館のことがここまで騒ぎとなるのでしょう?
30年間も議論されているのに、進まない図書館建設
公共ダイクマン図書館は市内に複数ありますが、その中でも最も大きな本館は、テロ事件の爆破が起きた政府庁舎のすぐ側にあります。なんと、本館の移転が検討されたのは1985年。30年経っても、政治家たちの意見がころころと変わるため、いまだに建設に至っていません。予算も当初の2倍に膨れ上がっています。日本では、ちょっと考えられませんね。
オスロ・フィヨルド沿いのビョルビカ再開発地区に2017年に立つ予定でしたが、工事が遅れて、現段階では2019年に建設完了予定となっています(さらに遅れる可能性大)。このエリアには新しいムンク美術館も移転予定で、数年後には世界中からの観光客が押し寄せるであろう注目のスポットです。
なぜ、図書館にここまでこだわる?
図書館に限らず、新ムンク美術館も含め、この再開発エリアの進行具合に国民やメディアは敏感に反応します。国民の税金が大量に使われるとあって、「文化施設に強い思い入れのある人」と、「税金を文化施設にそこまで使わなくてもいいのでは」と乗り気ではない人の立場が明確になりやすいのです。
市民だけではなく、賛成・反対派を含む各政党の政治家も一緒に議論を重ねていました。
民主主義を大事にするノルウェーでは、メディアやSNSを通した世論の動きが政治家の意向を変えることも多く、政界レベルで決定されたことが、180度方向転換することもあるのです。そういう意味で、オスロの再開発地区の議論は、市民を巻き込んだ、ノルウェーらしい都市開発モデルの在り方ともいえます。
30年の議論の末、「図書館、やっぱりやめるかも」
何十年間も議論されている図書館、まさか「建設計画が中断される」とは、誰も予想していなかったのでしょう。11月19日の予算追加案の記者会見で、新しい市議会は「あまりにもお金がかかりすぎるため、建設中止も視野にいれている。内容を見直すために、時間が欲しい」と発表しました。
これにはメディア、図書館賛成派、文化施設の関係者、文学者や小説家などがびっくり仰天!
メディアが大々的に取り上げ、「新しい図書館はたたないかもしれない!」とセンセーショナルに掻き立てました。小説家なども一斉に抗議の声をあげます。
私も、この図書館は日本人観光客も訪れたくなるスポットになると感じていたので、正直「信じられない‥‥」と思ったものです。
「100年の未来の図書館」プロジェクトはどうなる?
この図書館本館では、ほかにも大きなプロジェクトが動いていました。世界中からの100人の書き手による100冊の本プロジェクト「未来の図書館」も、ここに収蔵予定です。プロジェクト開始から100年後、2114年にしか読めない100冊なので、今生きている私たちは読めませんが、未来への素敵なプレゼントとなります。
記念すべき1人目はカナダ出身の作家マーガレット・アトウッド氏でした。今年の5月にオスロを訪れ、1冊目をオスロに残していきました。
今回の図書館騒動を耳にしたアトウッド氏は、すぐさまツイッターで、オスロ市やオスロ市議会、知事に向けて、「中止を検討しているなんて、ウソですよね?」と反対の声を挙げました。
関係者がハラハラする中、市民からのコラムが連日メディアに寄稿された約2週間。12月2日、市議会はやっと記者会見を開きました。
「図書館、やっぱり建てます」
結論として、図書館計画は続行されることになりました。市議会は土地の売却も検討しましたが、結果としては経営的にマイナスと判断したからです。ヨハンセン知事は、議論が活発化していたことを、それだけ人々が思いを込めている案件として、プラスに評価していました。
図書館の4割が他施設に、それって「図書館」?
赤字対策として、市議会は本館となる建物の6割を図書館に、残りの4割を映画館やカフェなどの民間業者にスペースを委託することを発表しました。
これに対しては賛成と反対意見がありますが、公共文化施設内に飲食店があることは珍しくはなく、本に囲まれてくつろいでから、カフェでコーヒーを飲み、映画を見ることもできるようになるので、そこまで批判しなくてもよいのでは、と私は感じています。むしろ、観光客や子連れの親子を含め、さらに人が集まりやすいのではないでしょうか。
図書館の未来について、ジャーナリストや市民、文化施設関係者がここまで議論に熱中し、それを無視できない政治家の様子は、民主主義が大事にされるノルウェーらしいと感じました。市議会は、市が赤字経営とならない計画を立てるために、どうしてもこの2週間が検討期間として必要だったとしていますが、一部では「市民を不安にさせた」と批判を受けています。たった数週間で、ここまでの政策が一転二転するスピードは、日本の政治に比べて早いとは思うのですが¨¨。
まだまだ終わらない、政治家と世論の駆け引き。みんなで都市開発を考えていこう
ほかにも、オスロの別のランブダ地区において、再開発計画を市議会が見直す計画があり、また決定案件が白紙に戻るのではないかと、関係者をハラハラさせています。いずれにせよ、メディアの報道と世論の声がここまで政策に大きな影響を与える様子は、見ていてワクワクするものがあります。声をあげれば、政治は変わる、それをノルウェーの国民はよく知っているのです。これが、ノルウェーの人々が政治を身近に感じている背景のひとつなのでしょう。
Text:Asaki Abumi