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洪水浸水から生還するため、ライフジャケットの準備・活用を

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
令和元年東日本台風時の浸水地区での救助活動の様子(写真:ロイター/アフロ)

 熊本県南部を襲った豪雨では、特別養護老人ホームが浸水被害に遭いました。避難しきれなかった入所者14人が7月6日朝現在心肺停止状態です。施設では近隣の応援を得て、水の中にいる「入所者の顔を水面に出そう」と頑張ったとのことですが、後日14人の死亡が確認されました。残念です。(後日〜の文章は、7月11日追記)避難が遅れてもぎりぎりの所で命を保つ手段があります。ライフジャケットの活用です。水害で助かった人は皆、浮いていた人です。

ライフジャケットと命を保つための技術

 浸水が想定される施設や個人のお宅の居間などの壁に、ライフジャケットを人数分かけておいては如何でしょうか。ライフジャケットには様々な種類の製品があります。最も信頼できる製品は、国土交通省型式承認品 ライフジャケットや日本小型船舶検査機構 性能鑑定適合品 レジャー用ライフジャケットです。洪水や津波が想定される時、予め装着しておくことで、万が一、避難が遅れても図1のように顔を水面に楽に出して、呼吸することができます。意識を失っても顔が水面に出るように設計されており、24時間以上経過しても十分な浮力を維持し、呼吸を確保します。

図1 ライフジャケットの浮力(水難学会提供)
図1 ライフジャケットの浮力(水難学会提供)

 施設内で浸水から逃げ遅れた人がいるなら、十分な長さのロープを使って、その人を水面にて人力で素早く移動することができます。図2をご覧ください。(a) ロープをライフジャケットに装着した人が逃げ遅れて浮いている人に近づき、(b) 背中からしっかりと確保して、(c) 未浸水部にいる人がロープを引っ張り陸に近づけます。

図2(a) ライフジャケットを着用しながら、浮いている人のそばへ(水難学会提供)
図2(a) ライフジャケットを着用しながら、浮いている人のそばへ(水難学会提供)
図2(b) 浮いている人を背中から両手を使って確保(水難学会提供)
図2(b) 浮いている人を背中から両手を使って確保(水難学会提供)
図2(c) 未浸水部にいる人がロープで引っ張り近づける(水難学会提供)。一連の技術は、施設内が浸水し、逃げ遅れた人を緊急的に移動させることを想定しています。
図2(c) 未浸水部にいる人がロープで引っ張り近づける(水難学会提供)。一連の技術は、施設内が浸水し、逃げ遅れた人を緊急的に移動させることを想定しています。

 こういった技術は全国の消防本部で常識ですから、施設の避難訓練で消防職員に習い、取り入れる価値は十分あります。また、水難学会でも、泳ぎの得意・不得意にかかわらずできる技術として講習しています。

なぜ避難訓練だけではダメなのか

 7月4日に熊本県南部を襲った豪雨では、日本三大急流の一つ、球磨川が氾濫しました。そのため、流域が浸水して、場所によっては浸水深さが「最大で約9 mに達した可能性」もあるとのこと(読売新聞オンライン7月4日23:03)でした。問題は、その深さに至るまでの時間です。被害の大きかった球磨村の仙寿園にて入所者の避難を手伝った方の証言で、「津波のようだった」とあります(読売新聞オンライン7月4日20:24)。球磨川から400 mほど離れた支流のほとりでもこの状況です。相当な勢いで施設周辺に水が浸入してきたと推測できます。

 大きな河川から離れていて逃げ遅れる状況は、東日本大震災の津波で内陸にあった小学校の体育館に津波が押し寄せて、多くの人が逃げ遅れた状況とも重なります。「あまりにも急で、逃げるに逃げられない、助けるに助けられない。」

 千寿園では年に2回、大雨による災害を想定し、建物の2階や高台に避難する避難訓練を行っていたそうです。これまでの度重なる水害で、国は平成27年と29年に水防法を改正しています。それについて解説した資料の中で、要配慮者利用施設に係る避難確保計画の作成促進がなされ、特に平成29年水防法改正により、市町村地域防災計画に定められた要配慮者利用施設における避難確保計画の 作成・訓練の実施が義務化されたとしています。

 しかし現実にはどうでしょうか。洪水時の危機的状況の進行があまりにも速すぎ、帰宅している職員の招集を行っても道路冠水で施設に近づけず、想定通りの避難ができないことがあります。そうなると、最終手段は施設内の人々の命を如何に長らえるか、ここに尽きます。避難援助の人手の到着、救助隊の到着まで時間を稼ぐしかないのです。従って、最終手段は、助けが来るまで呼吸を確保して浮いていることです。

浸水被害の広域化が始まった

 下の参考データに2010年から10年間の高齢者施設等の浸水による人的被害について、主なものをまとめました。まとめるにあたり、読売新聞、毎日新聞の記事データベースを利用しました。

 近年、浸水から避難した入所者の数が増加して、しかも1施設ごとに増えています。2019年には、東日本を中心に入所者の多い施設が多数、同時にかつ多発的に浸水しています。広範囲に、あるいは市内で複数の施設が浸水すれば、救助活動は当然順番を踏むことになり、救助活動に時間がかかることは避けられません。

【参考】救助、待っていてほしい 熊本県球磨川流域の救助活動はどうすすむか?

まとめ

 今年の水災害は始まったばかりです。多くの入所者のいる施設ばかりでなく、個人のお宅でも救助は順番を待たなければなりません。もし、自身が水に浸かったら、命を保つための望みは、ライフジャケットなどの浮力体です。

参考データ

2010年

 「平成22年10月18日から21日にかけての奄美地方の大雨」では、鹿児島県奄美市で、20日午前11時ごろから河川が氾濫、高齢者グループホームが浸水し、9人(歩ける人は3人)と職員2人が取り残され、入所者2人が死亡した。同市内の特別養護老人ホームでも床上浸水し、入所者ら約100人が孤立した。

2011年

 「平成23年台風第12号」の大雨で、9月6日、和歌山県紀宝町の特別養護老人ホームに利用者96人が取り残された。鉄骨平屋の建物は無事だったが、低い位置にあった倉庫や職員の休憩所が水没した。

 「平成23年台風第15号」の大雨で、愛媛県西予市の特別養護老人ホームでは9月20日午後、1階で床上浸水。入所者71人のうち31人が館内で避難した。また、岐阜県土岐市のグループホーム・ケアホームでは、21日に床下浸水で利用者8人が避難した。

2012年

 「平成24年7月九州北部豪雨」は、2012 年(平成24年)7月11日から7月14日にかけて九州北部を中心に発生した集中豪雨だ。柳川市三橋町の特別養護老人ホームは、川の堤防決壊とともに周囲一面が湖のようになり、孤立状態になった。建物内への浸水はないものの、14日午前、入所者68人と職員約25人が孤立した。また、同市内の別の特別養護老人ホームでも周囲の駐車場などが浸水し、14日午後、1階にいた約10人の入所者を2階に避難させた。

2013年

 「平成25年7月28日の島根県と山口県の大雨」では、萩市の特養老人ホーム1階が床上浸水し、入所者ら約80人が孤立状態となった。また同市の別の特養老人ホームでも床上浸水し、入所者ら約80人が一時孤立した。

 「平成25年台風第18号による京都・滋賀の集中豪雨」で、京都府福知山市の高齢者グループホームが床上浸水し、入所者38名が避難した。

2014年

 「平成26年台風11号」では、真夜中の上流のダムの放流に伴い、徳島県那珂町の特別養護老人ホームで入所者63人を、予め増員した職員24人の手で施設の2階以上に避難させた。1階が浸水した。

2015年

 「平成27年9月関東・東北豪雨」の鬼怒川決壊では、9月10日の大雨の影響で茨城県常総市の2つの特別養護老人ホームの1階部分が浸水し、入所者ら合計約160人が2階以上に避難した。

2016年

 「平成28年台風第10号の大雨」で、岩手県岩泉町の認知症対応型共同生活介護グループホームが浸水し、入所者9人が死亡した。近くの川が8月30日夜氾濫し、濁流が流木土砂とともに平屋の施設の胸の高さまで流れ込んだ。また、北海道南富良野町の特別養護老人ホームでは、床上浸水したため、入所者約50人を近隣の施設に避難させた。

 「平成28年台風第16号」は9月20日、九州南部を中心に記録的な大雨を降らせた。宮崎県延岡市の介護老人保健施設では20日明け方、近くの山などから流れてきた雨水が施設内に入り込んだ。1階部分が浸水したが、入所者約70人や夜勤の職員3人は2、3階に避難した。近くの老人ホームも浸水したが、入所者約40人にけがはなかった。

2017年

 「平成29年7月九州北部豪雨」では、土砂が周辺道路を塞ぎ、福岡県東峰村の特別養護老人ホームが孤立した。

2018年

 「平成30年7月豪雨」では、岡山県高梁市の特別養護老人ホーム1階が浸水し、入所者80人と職員10人が一時、施設2階に避難した。7月6日夕方に浸水の約1時間前から川の水があふれ始め、入所者を2階に避難させた。同じ頃、岡山県真備町の特別養護老人ホームでも夜中に避難勧告が発令されると、職員約30人を招集。入所者36人を近隣の施設に避難させた。その後、施設は浸水した。

2019年

 「令和元年東日本台風(台風19号)」では、特別養護老人ホームなどの高齢者施設のうち、11都県の計36施設が浸水被害を受けた。埼玉県川越市の特別養護老人ホーム入所者約120人、長野市の特別養護老人ホーム入所者90人など、入所者の多い施設において、同時にかつ多発的に浸水が発生した。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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