「ウクライナ侵攻は台湾海峡へ飛び火する」の矛盾――中国の気まずさとは
- 「ウクライナ危機が台湾海峡に飛び火する」という説はよく聞くが、これには大きな矛盾がある。
- 「現地の要請」に基づいて軍事侵攻するロシアの手法は中国の論理と一致しない。
- 東西冷戦の教訓に照らせば、中ロの共通性にばかり着目するのは建設的ではない。
ロシアの侵攻が始まる前から「ウクライナ問題が台湾海峡に飛び火しかねない」という説はあちこちで聞いたが、中国とロシアをとにかくセットで扱う思考は状況認識をかえって誤らせかねない。
中国にとってのウクライナ危機
ロシア軍がウクライナ侵攻を開始した2月24日、中国の王毅外相はロシアのラブロフ外相との電話会談で「やむを得ず必要な措置をとった」というロシアの言い分に「安全保障上の懸念を理解する」と応じた。これが「西側に対抗する中ロ同盟」のイメージを強めたことは不思議でない。
ウクライナ侵攻の前から中ロは頻繁に接触していた。習近平国家主席は2月初旬、プーチン大統領との会談で「欧米の軍事的圧力」に反対することで一致し、共同声明では「欧米との協議でロシアが提案する長期的な安全保障を中国は理解し、支持する」と盛り込まれた。
また、欧米や日本の対ロシア経済制裁に対して、中国は「制裁は解決にならない」と加わっていない。
その見返りのように、習近平とプーチンの共同声明では「一つの中国」の原則が再確認され、これが中国のナショナリストを喜ばせた。中国国営新華社通信の上級編集員によれば、「中国はロシアを支持しなければならない…将来、中国は台湾の問題でアメリカと渡り合うときにロシアの支持を必要とする」。
一方、その裏返しで海外では「ロシアのウクライナ侵攻を中国が認め、中国の台湾侵攻をロシアが認める」という危機感が増幅した。台湾の蔡英文総統は23日、ウクライナ危機をきっかけに中国が軍事行動を起こしかねないと強調しており、イギリスのジョンソン首相なども同様の警戒感を示している。
ウクライナと台湾は違う
しかし、ウクライナと台湾を同列に扱うことはできない。また、中国とロシアが「反西側」で一致していることは間違いないが、両者を一枚岩と捉えることもできない。
最大の理由は、ロシアによるクリミア半島の編入(2014)や今回のウクライナ侵攻を認めることが、中国にとって具合が悪いからだ。
念のために確認すれば、侵攻に関するロシアの言い分は「ウクライナの‘軍事政権’によって弾圧され、‘大量虐殺’の危機に直面する現地の人々の要請に基づいて部隊を派遣した」。ここでいう‘現地’とは、ロシア系人やロシアから送り込まれた民兵を中心とする勢力で、彼らは2014年以降ウクライナ東部を実効支配してきた。
いわば分離主義者を煽り、その独立要求を大義名分に介入するのがロシアのやり方だ。それがたとえ露骨な国際法違反でも、「現地の意志こそ全て」という論理である。
だとすると、これを認めることは中国にとってヤブ蛇になる。
「現地の意志こそ全て」だとすれば、独立志向を強める台湾の意志を最大限に尊重しなければならなくなるからだ。中国版Twitterとも呼ばれるWeiboなどで「今こそ台湾を取り戻すとき!」と叫ぶ中国人ナショナリストも、「ロシアの支持を受けた中国の台湾侵攻が近い」とひたすら強調する海外も、この論理矛盾を華麗にスルーする点では同じだ。
台湾だけではない。香港でも新疆ウイグル自治区でも反体制派は「中国を分断しようとする分離主義者、テロリスト」と位置付けられ、弾圧されてきた。その意味で、ロシアの手法は中国の論理とは相性が悪い。
だからこそ、中国政府は国内で反ロシア世論を取り締まりながらも、「台湾はウクライナではない」としきりに強調してきたのだ。
中国の「気まずい立場」
これに関して「中国はロシアの立場を認めたではないか」という反論もあるだろう。
しかし、外交で重要なのは言質をとられないことだ。国際政治は力と利益が支配する領域だが、第三者に申し開きする用意だけは必要である。
その観点からいうと、2月初旬の首脳会談で、習近平は確かに「欧米との協議でロシアの立場を支持する」とプーチンに約束したが、あくまで「話し合いをする時の立場」を支持したのであって、「軍事行動を支持する」とは言っていない。
また、冒頭に述べた24日の電話会談で、王毅はロシアの行動を「理解する」とは言ったものの、ラブロフや中国人ナショナリストが望んだであろう「支持する」の一言はなかった。「理解」が論理的に合点するという意味で、心情的に認める、道義的に受け入れる「支持」とは違うことは、いわば常識だ。
ちなみに、2014年のロシアによるクリミア編入に関しても、中国政府は公式には承認していない。つまり、中国は「ロシアが欧米と対決することを支持しても、ウクライナの領土や主権に関するロシアの言い分を認めているわけではない」というグレーな立場にあるのだ。
さらにいえば、中国はミャンマーの軍事政権などの人権侵害を黙認してきたが、そこには「内政不干渉」の論理がある。一方、クリミア編入やウクライナ侵攻は「内政干渉」以外の何物でもない。いわば中国の公式の方針を否定する内容だが、異論も挟みにくい。米国ジャーマン・マーシャル財団のボニー・グレイザーの言い方を借りれば、中国は「気まずい立場」にある。
中ロは一枚岩ではない
そのうえ、忘れられやすいが、中国はウクライナとも深い関係がある。
中国初の航空母艦「遼寧」は1998年にウクライナから購入したものだ。ソ連末期に建造がスタートした「ヴァリヤーグ」がソ連崩壊後、未完成のまま放置されていたのを中国が買い取ったのである。その後2012年に正式に就役した遼寧は、海洋進出を加速させる中国海軍の一つのシンボルともなった。
ソ連崩壊後のウクライナが中国の海洋戦力強化の起点になったことは、裏を返せばロシア(ソ連)がこの分野で中国にほとんど協力してこなかったことを意味する。そこには冷戦期、東側陣営のリーダーの座を中国と争って以来のロシアの警戒感がある。
東西冷戦で西側陣営が最終的な勝者となり得た一つの要因には、東側陣営の内部分裂があった。冷戦時代のソ連と中国は、ダマンスキー島(珍宝島)などで領土をめぐって軍事衝突(1969)しただけでなく、ソ連が支援するベトナムへの中国の侵攻(1979)や、やはりソ連が支援するエチオピア(1974-1991)などで中国が反体制派を支援するといった足の引っ張り合いが目立った。
西側も決して一枚岩ではなかったが、より分裂の大きい東側の方が消耗しやすかったといえる。
この微妙な関係は現在も基本的に同じで、中国がウクライナ侵攻を「支持」しないのと同じように、ロシアは「一つの中国」の原則を認めても「中国があらゆる手段を行使することを支持する」とは言っていない。
これに照らせば、ウクライナ侵攻や台湾危機といった現代の脅威に対応する場合、中ロの共通性にばかり目を向けるのではなく、両者の違いを無視せず、むしろその足並みを揃えにくくさせることの方が重要だろう。その意味で、とにかく「民主主義国家vs中ロ」を強調することは、スターウォーズやマーベルなどに擬えてわかりやすい構図を提供し、国内の反中感情や反ロシア感情を満足させるとしても、あまり建設的ではないのである。