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武装警察を撮影すると中国ではスパイ罪?〜中国が台湾スパイをテレビに出すワケ(ビジネスマン編2)

宮崎紀秀ジャーナリスト
香港「逃亡犯条例」改正の混乱続く 深センに武装警察が集結(2019年8月17日)(写真:ロイター/アフロ)

 2019年8月20日、中国南部広東省の深センから出国しようとしていた男が中国の国家安全機関の当局者に連行された。この男は、バックパックの中に、複数の携帯電話やビデオカメラ、深センに集結していた武装警察を撮影した写真や映像を大量に所持していた。

 中国国営テレビの報道番組「焦点訪談」は、今、なぜ台湾スパイの”暗躍ぶり”を詳細に報じたのか?

深センで撮影した武装警察の写真は国家機密?

 その男とは台湾人のビジネスマン、李孟居。李は、台湾の国連加盟を主張する団体の理事でもあった。李は、2019年8月香港に行き、逃亡犯条例の改正に反対するデモ隊への支持を表明した。事前に用意したチラシを配り、写真をとってSNSに上げていた。

 李は、香港を離れる前に、人民解放軍が深センに集まっているという報道を見て、深センにいるビジネス仲間に、わざわざその点を問い合わせたという。深センは香港に接している中国側の都市だ。人民解放軍ではなく武装警察がいる、という回答を得て、李は、深センに向かったという。武装警察は主に国内の治安維持にあたる。香港から深センへは陸路でも行ける。

 8月19日に深センに入った李は、午後10時頃、武装警察が集結している体育館とそこがよく見通せるホテルの部屋を見つけた。だがすでに暗かった。

 李は翌朝、再びそのホテルに向かい、高層階の窓から武装警察の様子を写真やビデオに撮った。さらに、外に出て体育館の近くまで行って撮影を続けた。武装警察に見つかり、撮影を止めるよう言われたが、その後も隠し撮りを続けたという。

 「焦点訪談」では、李自身がインタビューでこう話している。

「ヘルメットをかぶった人たちが見えた。中に入ると訓練の声が聞こえた。私は携帯電話を取り出し、撮影した。主に音を録音するためだった。人に見られたくなかった」

 李は、撮影したものを台湾のSNSに上げた後、深センを離れようとしたが、その時にお縄になったというわけだ。李の16の動画と、48枚の写真は秘密レベルの資料に当たるという。

スパイが「すまなかった」と反省?

 深セン市の国家安全局幹部が、インタビューでこう述べ、李の行為の“スパイ性”を強調している。

「部隊が鑑定した結果、李の撮影した写真や動画を専門的な情報機関が分析すれば、部隊の人数や装備、ひいては作戦の意図や規模を推測できる。そのため彼が撮影した写真や動画は、我が国の安全に危険を与える」

 実は、深センに集結していた武装警察の様子は当時、欧米の通信社や日本のメディアも撮影して報じていた。

 「焦点訪談」のインタビューで、李はこう謝罪している

「すまないと思っている。多くの間違いを犯した。祖国、国家に対し危害を与えた可能性がある」

 そして画面は香港のデモの様子の映像に切り替わり、インタビューの李の声がこう続く。

「暴力は絶対正しくない。いかなる民主国家も間違いだ。暴力行為は法の裁きにかけるべきだ」

台湾への警告?

 李のインタビューの後「今年6月に香港国家安全維持法が公布されて以来、香港の治安は大きく改善した」とナレーションが入り、それに続き、先の広東省国家安全局の女性幹部が次のように述べてVTRは終わる。

「台湾当局はまだ諦めていない。それどころか専門部門を作り、台湾に逃げた香港の反中、反乱分子に便宜を図っている。台湾独立勢力の“いわゆる”民主自由は嘘で、香港を撹乱し独立を図るのが真実だ。

 もし台湾独立派勢力が、同様の行為を続ければ、香港国家安全維持法の規定に違反し、3年から無期の懲役刑が下される可能性がある」

台湾独立は歴史に逆行?

 VTRで描かれた内容はここまでだ。その後、スタジオに戻り、男性キャスターがこう総括する。

「台湾の民進党は、一つの中国を体現する92年合意を認めず、一方的に両岸関係と平和発展の政治的基礎を破壊し、一国二制度を歪曲して攻撃し、独立を謀ろうとしている。台湾独立分子がどんなやり方で、香港の反乱分子を支持し、違法な手段で祖国大陸の情報を得ようとしても、思い通りにはならない」

 そして背景のスクリーンに「台湾独立は、歴史に逆行」という文字が浮かぶと同時に、男性キャスターはまるでテレビカメラの向こうにいる視聴者に凄んでいるかのように、こう結んだ。

「台湾独立は、歴史に逆行するものであり、国家統一や国家の安全と利益を損なういかなる行為も、最後は、火遊びで自ら焼け死ぬ結果になる」

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ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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