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包括的な傷害予防活動が始まった-東京都こどもセーフティプロジェクト #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
東京都が公開したポスター(筆者撮影)

 こどもたちのケガは多発している。日本スポーツ振興センターの災害共済給付、東京消防庁の日常生活事故の救急搬送数、日本中毒情報センターの受信報告などのデータを見ると、毎年ほとんど同じ数字が並んでいることがわかる。

 これまで数十年以上、いろいろな予防活動が行われてきたが、それらの活動ではケガを減らすことはできなかったと言わざるを得ない。

これまでの取り組み

 これまで「こどもの傷害予防」に関して数十年前から行われてきた取り組みを振り返ってみた。製品や環境を改善する対策については、十数年前から取り組みが始まり、いくつかの成功事例があるが、保護者の意識や行動を変える啓発活動はいまだに模索段階にある。

 これまでは、保護者に対し、重傷事故例を挙げ、事故の実態を示して恐怖感を与え、指示や警告、お説教や折伏などが行われてきた。「○○してはいけません」「△△しましょう」「××に注意」など、正しいと思われている情報が伝えられてきたが、これらの情報を受け取った人がどう感じたか、についてはほとんど考慮されてこなかった。育児負担の軽減が叫ばれているが、「あれもダメ、これもダメ」「ああしろ、こうしろ」と指示することは、育児負担の強要につながることでもあった。これまでの啓発活動では、保護者の共感を得ることも行動変容を促すこともできず、情報を発信した側の自己満足に過ぎなかったのではないかと思う。

啓発活動例〜「誤飲防止」の取り組み

 生後6か月を過ぎると、こどもは手を伸ばし、物をつかんで口に持って行くようになる。何でも口に入れるので「誤飲」が発生する。生後8〜10か月のこどもは、ほぼ100%誤飲する。以前から、いろいろな取り組みが行われてきた。40年くらい前、私が勤めていた病院の小児科外来の待合室では、こどもが誤飲したものを掲示して注意喚起していた(写真1)。日本小児科学会に働きかけて、小児事故対策委員会を設置してもらい、私も委員となって7〜8種類のリーフレットを作成した(写真2)。

写真1:小児科外来の待合室に掲示されていたポスター 1985年頃(筆者撮影)
写真1:小児科外来の待合室に掲示されていたポスター 1985年頃(筆者撮影)

写真2:日本小児科学会が作成したリーフレット 1990年頃(筆者撮影)
写真2:日本小児科学会が作成したリーフレット 1990年頃(筆者撮影)

 同じ頃、日本中毒情報センターは、タバコの誤飲防止のリーフレットを作成して配布した(写真3)。また、日本小児科医会は、誤飲防止のポスターを作成した(写真4)。

写真3:日本中毒情報センターのリーフレット 1990年頃(筆者撮影)
写真3:日本中毒情報センターのリーフレット 1990年頃(筆者撮影)

写真4:日本小児科医会のポスター 1990年頃(筆者撮影)
写真4:日本小児科医会のポスター 1990年頃(筆者撮影)

 このポスター(写真4)を見ると、誤飲の報告が多い製品がこどもの前に置かれている。保護者がいなければ、この写真を撮った3秒後には、こどもが誤飲しているだろう。全国のいたる所で乳幼児の誤飲防止の活動が行われ、現在でも、あちこちでリーフレットや動画が作られている。

東京都の取り組み

 東京都では、2023年度から、子供政策連携室が主体となって、生活文化スポーツ局、都市整備局、住宅政策本部、福祉局、保健医療局、産業労働局、建設局、教育庁、警視庁、東京消防庁を推進チームとした「こどもセーフティプロジェクト」が始まっている。傷害の情報収集システムを整備し、個別の事故について科学的な検討を行い、それらをもとに啓発活動を行う取り組みが始まったのである。

※2024年8月6日追記 東京都「こどもセーフティプロジェクト」のページに今回のクリエイティブ・デザインをまとめて紹介するページが公開されましたので、リンク先を変更しました。

新しい啓発活動

 どうすれば人々が共感し、それまでの考え方や行動を変えるようになるのか、その方策が検討され始めた。

 今回、東京都の「こどもセーフティプロジェクト」で作成されたプロモーション広告を見せてもらった。4枚のポスターが作られ、そのうちの1枚「誤飲」がこちらである(写真5)。

写真5:東京都作成のポスター「誤飲」(筆者撮影)
写真5:東京都作成のポスター「誤飲」(筆者撮影)

 全面写真で、こどもがペットボトルのキャップを口にくわえている。子育て中の人などは特に、ときどき見る光景ではないだろうか。ポスターの真ん中には「39mm」という文字が大きく表示され、その数字だけが目に飛び込んでくる。写真の下に、共通のメッセージとして、小さな文字で『「目を離さない」の前に、危ないところを変えよう』と書かれているが、それ以外に「○○しましょう」など指示するような文字はない。数字の上には「こどもが口に入れ 飲み込めてしまう大きさ。」と書かれている。この「39mm」という数値は、日本人の3歳児の最大開口口径の平均値で、私が朝日大学の田村康夫先生にお願いして測定してもらった数値だ。

 「私が気をつけているから、うちのこどもに誤飲など起こらない」と信じている保護者も、このポスターを見れば、うちの子も誤飲するかもしれないと思うかもしれない。傷害予防に関して、いろいろな情報を集約して、一枚のポスターに仕上げる能力に驚くと同時に、デザインやデザイナーの力を知った。

デザインの力

 これまで、こどもの傷害予防について保護者に伝える場合、最初に傷害の実態のデータを示し、具体的な予防法、特に予防できる製品や環境について示してきたが、多くの場合、その予防法を実施してもらえることはなかった。「それを使いたい、実行したい」と思うような提案内容ではなかったからだと思う。

 今回、公的な目的を持つ公共広告というものがあることを知った。広告とは、受け手に説得を試みる技術であり、一枚の写真や短い映像で、伝えたいことの意味を確実に伝えることとのことである。ポスターなど目に見える表現だけでなく、キャッチコピーや、仕組みをデザインするという手法があることも知った。

 これまで、傷害予防に関して、デザインが必要と思ったことはなかった。東京都の啓発資料を見て、これまでとは異なる切り口であると思った。デザイナーが作ると、このようなものになるのかと驚いた。こんな広告が作られ、駅や電車の中で掲示されるようになるとは夢にも思わなかった。

 本日2024年8月5日から1週間、新宿駅の京王アドストリートや京王線の電車内、都営地下鉄全線の車内ビジョン、都営地下鉄全駅をはじめ、ウェブ媒体などで、こどもの安全に関する4種類のポスターが掲示・紹介されている。どのような反応があるか、大いに期待している。

プロジェクトの効果測定

 どのような活動であっても、その効果を検証しなければならない。広報活動や啓発活動の効果を測定することは難しいが、この「こどもセーフティプロジェクト」が実際にどのような効果を上げたのか、あるいは上げなかったのか、について検証し、その結果を受けて次のステップに進む必要がある。このプロジェクトは、上述したとおり、傷害の情報収集システムを整備し、個別の事故について科学的な検討を行い、それらをもとに啓発活動を行うという取り組みである。データ収集と科学的な検討に加え、斬新かつ大規模な広報活動がどのような効果を生むのか、しっかりと見届けたいと考えている。

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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