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米国大統領選挙も日本の政局もまだまだ二転三転する可能性がある

田中良紹ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

フーテン老人世直し録(759)

水無月某日

 28日(日本時間)に行われた米国大統領候補テレビ討論会で、現職大統領で民主党のバイデン候補が共和党のトランプ候補に「完敗」した。バイデンの声はかすれ気味で弱々しく、言葉に詰まるシーンもあり、最大の弱点とされる81歳の「老い」を感じさせて痛々しかった。

 そのため78歳のトランプ候補が年齢より若く見え、これから4年間の米国を託すリーダーは少なくもバイデンではないことを、多くの米国民がテレビから感じたのではないかと思う。

 通常は夏の党大会で大統領候補が正式に決まった後、テレビ討論会は9月に行われるのだが、それを前倒ししたのはバイデン陣営だと言われる。バイデンはテレビ討論に備え1週間もキャンプ・デービッド山荘にこもって特訓を行った。

 ところが最悪の事態を招いたのである。バイデン陣営は世論の動向を見ながら立て直しを図らなければならないが、立て直しは容易ではないと思う。候補者を別の人間に交代させる案が浮上する可能性がある。

 ここからはフーテンの想像だが、実はそのため党大会で候補者が正式に決まる前にテレビ討論を行い、その結果を見たバイデンが自らの意思で撤退する形をとるように仕組まれたのではないか。

 バイデンには相手がトランプであれば、自分なら勝てるし、絶対に大統領の座を渡したくない強い気持ちがある。現職大統領が辞めないと言えば、周囲は誰も反対できない。再選に意欲を示せば、それも誰も反対できない。権力とはそうしたものである。しかし周囲はバイデンの衰えを誰よりも知っていた。

 予備選挙が始まる前にバイデンの再選意欲がないとなれば、民主党内には候補者乱立が起き、収拾がつかなくなる可能性があった。現職大統領が再選に意欲を示しているうちは、それに逆らうことは反党行為だから、誰も手を挙げることをしない。

 その状態にしておいて、党大会直前にバイデンにこれから4年間の激務は無理だと思わせ、正式に候補者が決まる党大会で、突如として意中の人物に交代させることにすれば、混乱を最小限にし、しかもサプライズで国民の支持を盛り上げる効果を演出できる。

 フーテンは以前からその可能性を想像し、その時にはオバマ元大統領夫人のミシェル・オバマの名前が出てくるのではないかとオンライン塾で語ったことがある。今回のテレビ討論でバイデンが「老い」をさらけ出したのを見て、フーテンは自分の想像が現実になるかもしれないと思った。

 米国では現職大統領が再選に意欲を示せば、特別の失政がない限り所属政党はその意思を尊重する。何らかの事情で撤退する場合も自らの意思で撤退する形にする。所属政党が自分たちの選んだ権力者を寄ってたかって足を引っ張る真似はしない。それが米国の民主主義政治である。ところが日本ではしばしば逆のことが起こる。

 現在はそれが激しく起きている。現職の岸田総理は9月末で自民党総裁任期が切れる。その前に総裁選で再選されないと総理を続けることができない。本人は政権運営に意欲を見せるが内閣支持率は超低空飛行である。すると麻生派の若手や茂木派の若手から公然と再選に反対の声が上がった。

 そして岸田総理が総裁選に出馬しないと言っていないのに、閣内から河野太郎デジタル担当大臣が出馬の意思を麻生派の領袖である麻生副総裁に伝達したとか、石破元幹事長が総裁選に出馬するというニュースが報道される。つまり自民党内から寄ってたかって足を引っ張る動きが出ているのだ。これはいったい何なのだろう。

 なぜかと言えば、長い間の日本政治が政権交代のない仕組みを採用してきたからだ。「55年体制」と呼ばれる仕組みは、野党が自らの意思で政権交代を狙わず、憲法9条を守れと言って護憲運動を行い、3分の1の議席を獲得することを目標にした。そのため権力闘争は常に自民党の中だけで行われた。

 自民党の中に派閥ができたのはそのためだ。派閥にはそれぞれ総理候補がいて総裁選で戦う。各派閥は学者や官僚をブレーンに政策を練り、その政策をぶつけ合って総理の座を目指す。つまり自民党の5つの派閥は実は政党のようなもので、自民党は5つの派閥の連立政権だった。

 自民党の政策はどの派閥が権力を握るかによって変化する。自民党が38年間も権力の座にありながら、独裁政治と思われないのは派閥の競争のおかげである。しかし自民党独裁の代わりに自民党と野党の癒着が生まれ、国会審議の裏側では金のやり取りが横行した。田中角栄元総理は「俺を金権と批判する社会党の方がよっぽど金権だ」と語っていた。

 政権交代のない政治はやはりおかしいという声が高まり、政治改革によって93年の細川政権と09年の民主党政権が誕生し、これで自民党の派閥の意味はなくなった。政権交代に備えて政党の中は一体化が強まるはずであった。

 民主党から政権を奪い返した自民党は確かに一体化が強まり、派閥はあっても総理の権力がそれを上回り、「安倍一強」と言われる独裁に近い体制が誕生した。その一方で権力を失った野党はバラバラになり、再び政権交代のない政治が復活しかかっている。それが日本政治の現状だ。

 「安倍一強」は安倍派が最大派閥であることから生まれた。安倍元総理はキングメーカーとして菅政権と岸田政権を誕生させ、それを短命にして自分が3期目の総理に就任する野望を抱いていた。それに抵抗したのが岸田総理だ。

 弱小派閥の岸田政権は人事権や解散権で最大派閥の制約を受ける。安倍元総理は2年前に突然の銃撃事件で亡くなったが、最大派閥は残ったままだ。岸田総理は昨年末に東京地検特捜部が安倍派の裏金事件を摘発したのを契機に自身が所属した「宏池会」の解散を決め、最大派閥をも解散させることに成功した。

 しかしこれに反発したのが党内第二、第三派閥の麻生派の麻生太郎副総裁と茂木派の茂木敏充幹事長である。今国会の最大の課題である政治資金規正法改正の動きに非協力の姿勢を取り続けた。これに対して岸田総理も副総裁と幹事長に協力を呼び掛けるより、一人で問題の解決に動き回る。こうして岸田総理と自民党執行部の溝は深まる一方になった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:7月28日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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