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M6.8のチベット大地震は共産党をも揺さぶるか――災害が政府批判に転換しやすい中国の事情

六辻彰二国際政治学者
チベット自治区シガツェに設けられた被災者向けテント村(2025.1.8)(写真:ロイター/アフロ)
  • チベット自治区で発生した大地震は、近年の中国で最大規模の被害をもたらしたとみられ、中国政府は「総力をあげての救助」を強調している。
  • 中国では近年、地震や洪水の後に抗議デモが拡大しており、中国当局にとっては災害で甚大な被害が出ることそのものだけでなく、それが政府批判に転換することもまた懸念材料といえる。
  • とりわけチベット自治区は共産党体制への批判が強く、昨年から巨大ダム建設に反対するデモが拡大していただけに、この大地震が政府批判のきっかけになる公算は高い。

標高4000m以上の被災地

 中国西部のチベット自治区とネパールの国境周辺で1月7日、マグニチュード6.8(中国地震局)の大地震が発生した。このうちチベット自治区ではこれまでに、126人以上の死者、3000以上の家屋倒壊が確認されている。

 これを受けて習近平国家主席は、救助に総力をあげ、被害を最小限に食い止めることを厳命した。国営メディアによると、自治区政府がすでに1万4000人以上の救助隊を派遣し、テント、食糧、医薬品などを搬入している。

 とはいえ、事態は楽観できない。

 この一帯ではもともと地震が多いが、今回の大地震の被害はすでに近年にない水準にまで至っている。

 おまけに現地は標高4000メートル以上の高地で救助隊のアクセスは悪く、さらに真冬にはマイナス16度にまで気温が下がる。

 そのため死者数が今後さらに増えることも懸念される。

 ただし、多くの犠牲者が出ることそのものだけでなく、それが政府批判に転換することもまた、中国当局にとっての懸念とみてよい。

 実際、中国では災害がこれまでもしばしば反政府抗議活動のきっかけになってきた

「反政府」が広がるきっかけ

 例えば2008年、チベット自治区の隣にある四川省でやはり地震が発生し、多くの犠牲者が出た。

 特に多くの学校で校舎が倒壊し、1000人以上ともいわれる生徒が死亡したことは「豆腐のように崩れやすい建築が犠牲を増やした」と保護者の抗議活動を拡大させた。

 デモ隊は省政府庁舎にまで迫ったところで警官隊によって解散させられた。

 天災が「人災」として行政などへの不満を招くことはどの国でもあり得るが、中国の場合、普段から政府への異論がほぼ全面的に封じられているだけに、災害をきっかけに不満は爆発しやすいといえる。

 四川省ではこの他、2019年2月にも大きな地震が発生したが、このときも1万人規模のデモ隊が省政府庁舎に押し寄せた。省政府が進めていた天然ガス採掘により地盤がもろくなり、結果的に地震被害を大きくした、という不満だった。

 この際、中国政府は報道管制を敷き、デモ拡大について国内ではほとんど伝えられなかった。

 しかし、一ヶ所の災害地で政府批判を封殺しても、同じような事例は後からあとから各地で発生している。その一因は、災害が地震だけでないことにある。

地震だけでない災害

 中国では地球温暖化の影響によって大雨や洪水がこれまで以上に頻繁に発生している。

 このうち2023年7月、北京に隣接する河北省で1000以上の家屋が流される大洪水が発生した際には、警報、情報提供、救助、災害補償などがまったく足りないという不満から、やはり批判や抗議が噴出した

 北京に近い地域で抗議デモが発生したのは異例のことだが、程度の差はあれ同様の事例はこの10年間に浙江省河南省などでも発生している。

 これに拍車をかけるように、コロナ感染拡大や経済停滞により2020年以降の中国では社会不満が増幅している。各地で頻発する無差別殺傷はその一つの表れとみてよい。

 こうした背景のもと、天変地異はたまった不満のガスを引火させるきっかけになりすい。その意味で、今回のチベット自治区における大地震を中国政府が警戒しても不思議ではない。

 チベット自治区はもともと他の地域より反共産党体制の気運が強いのでなおさらだ

「辺境」における変動

 チベット自治区は中国において「辺境」と位置付けられ、その意味では北京に近い河北省などとは対照的だ。しかし、チベット自治区は中国の他の多くの地域と比べても政治活動が厳しく取り締まられてきた。

 チベットは中国に1950年に編入されたが、その後も少数民族チベット人はしばしば共産党体制に抵抗してきたからだ。

 1959年の騒乱では人民解放軍との衝突によって約8万人ともいわれる死者を出し、さらに1989年の大暴動では中国で初めて戒厳令が敷かれた。

 こうした歴史的背景に加えて、チベット自治区では昨年から共産党体制に対する批判がさらに高まっている。

 昨年2月、チャムドなどに建設予定の巨大ダムに反対する大規模なデモが発生し、1000人以上が逮捕されたと報じられる。

 ダム計画ではチベット仏教の古刹を水没させるだけでなく、数千人を強制移住させる計画で、国連が懸念を表明しただけでなく、地元でも大きな反発を招いた。

 逮捕された多くのチベット人は中国人警官から暴行をともなう取り調べを受けたといわれる。そのうちの一人は英BBCの取材に警官から「デモの背後にいたのは誰だ」と執拗に聞かれたたと証言している。そこには「外国の関与があったことにしたい」中国当局の意図をうかがえる。

チベット仏教の聖地も被害に

 こうしたなかで発生した今回の大地震では、チベット仏教の聖地の一つシガツェ市も大きな被害を受けたと報じられている。

 シガツェには名刹タシルンボ寺があり、チベット仏教の次席指導者パンチェン・ラマの座所でもある。

 チベット仏教の最高権威ダライ・ラマは1959年からインドに亡命しているが、その後もチベット人の精神的支柱であり続け、今回の地震で被害を受けた住民に追悼と支援のメッセージを発している。

信者とともに祈りを捧げるダライ・ラマ(2024.12.20)。チベット人の精神的支柱であるダライ・ラマは中国当局から危険人物と扱われている。
信者とともに祈りを捧げるダライ・ラマ(2024.12.20)。チベット人の精神的支柱であるダライ・ラマは中国当局から危険人物と扱われている。写真:ロイター/アフロ

 苦難に直面しているタイミングだけに、ダライ・ラマのメッセージがチベット人の結束を鼓舞することは想像に難くない。

 それは入れ違いに中国政府の警戒感を示唆する。大地震はチベットでの対立をエスカレートさせるきっかけにもなり得るのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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