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欧州機関の意識調査結果 “地球温暖化を最も恐れているのは中国国民” ――その3つの理由

六辻彰二国際政治学者
広東省清遠市で発生した大雨と洪水(2024.4.22)(写真:ロイター/アフロ)
  • 欧州投資銀行が行った意識調査によると、「生活を最も脅かす原因」として地球温暖化をあげた回答者は中国で73%にのぼり、アメリカやEUと比べても高い水準だった。
  • 温暖化への警戒とその対策を重視する傾向が中国で強い大きな背景としては、実際にその被害に遭いやすいことが考えられる。
  • ただし、それに加えて、温暖化対策を進めることが共産党公認のスローガンであること、そして環境対策が経済成長につながることへの期待があることも無視できない。

温暖化をめぐる中国世論

欧州投資銀行は昨年、アメリカ、EU、中国で行った、地球環境問題に関する意識調査の結果を発表した。

 それによると「生活を最も脅かすのは」という質問に対して、“地球温暖化”と回答した割合が中国では73%にのぼり、アメリカ(39%)やヨーロッパ(47%)を上回った。

 ちなみにそれ以外には“失業”、“健康と医療サービス”などの選択肢があったが、中国ではこのうち“温暖化”が他の二つ(それぞれ47%、33%)を上回った。

 ヨーロッパでも“温暖化”が他の二つ(どちらも39%)を上回ったが、その差は8ポイントにとどまった。これに対して、中国のそれは20ポイント以上だった。

 この結果を踏まえて欧州投資銀行は「地球温暖化を最も恐れているのは中国人」と結論した。

 この調査結果に違和感を感じる人もあるかもしれない。

 スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥンベリ氏は2021年、中国がいまや世界最大のCO2排出国になったのに環境対策が進んでいないと批判し、「相変わらず開発途上国」と評した。

 とすると、この意識調査の結果とは矛盾があるようにもみえる。

 しかし、政策レベルでの進展と国民レベルの意識は、本来別のものだ。

 中国の一般世論が温暖化に高い関心を示すことには、大きく3つの理由が考えられる。

実際に悪影響が出ているから

 第一に、中国で地球温暖化の悪影響が広がっていることだ。

 異常な熱波、干ばつ、大雨、洪水など、地球温暖化の影響とみられる異常気象や災害は世界各地で増えていて、それに比例して人的被害はもちろん、建造物やインフラの破壊、農作物の損耗といった経済被害も増えている。中国もその例外ではない。

 特に目立つのが洪水だ。中国では河川の氾濫が2011年段階で1カ月あたり6~8回記録されていたが、2022年には130回を超える月さえあった。

 また、2023年の夏には各地の気象台で観測史上最高気温を記録し、それに比例して全土で家畜の死亡が相次いだ。

 こうした災害による経済損失について、北京大学の研究グループは、現状のペースで増え続ければ2100年までにGDPの4.23%にまで増えると試算している。

 とすると、中国ではいわば差し迫った脅威として地球温暖化が認識されやすくても不思議ではない。

党の公式方針だから

 第二に、中国政府が「環境的文明」を標榜し、温暖化対策に率先して取り組むと表明していることだ。

 中国政府が温暖化対策への貢献をアピールするのは、その生産活動によってCO2排出が加速しており、温暖化による災害の被害が表面化しやすい途上国から資金協力などの要求が出やすくなっていることも関係しているとみられる。

 ともあれ、実態としてはともかく、“温暖化対策を進めるべき”が共産党体制の公認スローガンであることは間違いない。

 だとすると、中国国内でそれに否定的な論調は出にくくなり、党の公式方針に沿った意見が表明されやすくなっても不思議はない。

 とりわけ、欧州投資銀行という外部の機関が行う意識調査に回答者が警戒することもまた想像に難くない。“温暖化”以外の選択肢は“失業”や“健康と医療サービス”など、政府の政策・対策への不満表明につながりかねないものであるからなおさらだ。

 もっとも、その傾向は外部の調査に対する回答だけではない。

 中国でも近年SNSなどで「そもそも温暖化は中国の生産力を削ろうとする西側メディアの捏造」といった陰謀論が表面化している。

 しかし、少なくともTVなど政府の統制が強いメディアで“温暖化懐疑論”が出ることはほとんどない。それは自由な報道が認められているがゆえに、電波メディアで温暖化に否定的な論調が表出することも珍しくないアメリカをはじめ欧米各国とは好対照といえる。

経済をブレイクスルーできるから

 最後に、温暖化対策とりわけクリーンエネルギー開発が中国経済を復調させると期待されていることだ。

 コロナ感染拡大以降、中国経済は一時の勢いが影をひそめ、昨年からは不動産バブル崩壊に端を発する若年失業率の高止まり、海外投資の縮小といったニュースが相次いでいる。

 そうしたなか、これまで中国経済を牽引してきた工業製品の輸出にもブレーキがかかっている。

 とりわけ鉄鋼製品の販売額はこの数年頭打ちになっている。

 その大きな背景には、世界全体のCO2排出量の約1/10が鉄鋼の生産過程で発生しているといわれるだけに、各国で需要が減退していることがある。

 さらに、アメリカなど先進国における輸入関税の引き上げや、これまで中国がインフラ建設を推し進めるなかで鉄鋼製品を売りさばいてきた途上国で、コロナ感染拡大をきっかけに債務危機が表面化してそれまでほど販路を拡大できなくなったことも、これに拍車をかけている。

 つまり、従来型工業製品に頼る経済構造で成長し続けることが難しくなっていて、そのなかで将来性のある分野の一つとしてクリーンエネルギーがある。

 こうした認識は程度の差はあれ多くの国にあるが、中国ではより強いとみてよい。

 実際、欧州投資銀行の調査で「グリーントランジション(環境に配慮した社会への移行)が経済を成長させる」と回答した割合は、中国で67%にのぼり、アメリカ(57%)やヨーロッパ(56%)を上回った。

 とすると、経済的スランプが続く限り、中国では温暖化対策への期待がむしろ高まるとみられる。

 もっとも、それが温暖化対策に逆行する可能性も否定できない。経済成長を目的化したグリーントランジションは、すでに中国で表面化している電気自動車の過剰生産などを加速させる恐れすらあるからだ。

 経済的利益は環境対策のインセンティブとしては重要だろう。しかし、主客が逆転すれば、本来の目的も遠のきやすい。

 その行方は定かでないが、生産力が大きいだけに、中国における環境意識が世界の環境対策に大きなインパクトを及ぼすことだけは確かなのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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