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気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(6・終)

片平敦気象解説者/関西テレビ気象キャスター/気象予報士/防災士
気象予報士制度は、今後どのようにしていけば良いのだろうか。(著者撮影)

■ 気象予報士制度の抱えるさまざまな課題

 これまで5回にわたって、気象予報士を取り巻く状況を考察してきた。現状における気象予報士制度の課題は、いくつか挙げられると思う。

 

 まず、第3回第4回第5回で示してきたように、「独自予報業務の許可制度は、インターネットの普及など周囲の社会状況などから、破綻しつつあるのではないか」ということだ。独自予報業務の許可制度を技術的に担保するものが気象予報士制度であり、両者は不可分である。つまり、(独自予報を許可するための資格としての)気象予報士制度も、破綻しつつあるのではないか、と筆者は思っている。許可なき独自予報を徹底的に取り締まるか、制度そのものを解消するかの選択であり、前者がインターネット社会では現実的に不可能に近いことをすでに指摘している。

 

気象予報士を取り巻く環境は大きく変わってきた。(著者撮影)
気象予報士を取り巻く環境は大きく変わってきた。(著者撮影)

 また、第1回第2回では、気象予報士の力量についても考察した。地方自治体の避難勧告・避難指示などの発表を適切に支援できたり、自ら膨大な気象予測資料を判読して予報を作成できたりするレベルの気象予報士は必ずしも多くはなく、試験には受かってもそれ以降は予報・解説の経験を積んでステップアップしていく機会を得られずに、「プロ」として業務に当たるには十分な技術の向上を図れていない気象予報士が多いのではないかと思う。

 

 一方で、もちろん、資格を得るのが目的だったのでこの程度で十分と思う人もいるだろうし、逆に、もっと経験を積みたいのに、日々予報をしたり先輩から指導してもらったりする場が少なく悩んでいる人もいるだろう。気象予報士になり、気象の技術を磨いて世の中の役に立ちたいと思い、高い志を抱いて試験に臨んで合格したのに、生計を立てていく仕事としての働き口が少なく(経験を積む場を得られず)、その先が見えないという人も少なくないのかもしれない。

 

 以上のことから、主に、

 「社会の変化などにより破綻しつつある独自予報業務の許可制度の見直し」

 「気象技術者の適切なスキル認定の仕組み」

 「高いスキルを持つ気象技術者を育てる場の拡大」

 が今後は必要ではないか、と筆者は考えている。これらを解決する可能性のある一案として、筆者は「気象予報士制度の発展的解消」を提案したい。

 

■ 独自予報業務の許可制度の廃止は本当に社会に混乱をもたらすのか

 独自予報業務の許可制度は、開始当初には想定していなかった現在のようなインターネット社会に即していないため、「廃止」を検討してはどうだろうか。

 

 仮に廃止となると、誰でも独自に天気予報を発表しても構わないということになる。社会に混乱を来さないようにという理念が独自予報業務許可制度(≒気象予報士制度)の根幹だが、すでに第3回・第4回で述べたように、現状に鑑みると、インターネット上にはさまざまな気象情報があふれており、SNSなどで一気に拡散する社会だ。それをすべて取り締まるというのは現実的ではないと思う。

   

 たとえば、医師による医療行為などその場所に行かなければ物理的に受けることが難しいサービスや、弁護士などの法務手続き上どうしても必要になるような資格ならばしっかりと取り締まることもできるだろうが、気象についてはそうではない。

 

独自予報業務の許可制度が廃止となれば、社会は混乱するのだろうか。(著者撮影)
独自予報業務の許可制度が廃止となれば、社会は混乱するのだろうか。(著者撮影)

 これまでにも述べてきた通り、「情報」は現代のようなインターネット社会では、PCやスマホひとつあればどこからでも・誰からでも発信することができるわけだ。それでも徹底的に取り締まるというのであれば、監督官庁である気象庁側にも相当な覚悟(予算・人員)が必要だろう。また、同様に前述したように、そもそもどこからが予報なのか線引きすることも容易ではないため、一件一件個別にケースを検討することにも非常に多大な労力がかかると推察される。

 

■ 「許可制度」から「認定制度」への転換を提案したい

 ただ、それでも、天気予報・気象情報は防災・減災に関わる重要な情報であり、ユーザーが民間事業者の発表する天気予報の「質」を判断し、どれを利用するか選定する際の目安は必要だと思う。

 

 そこで、現状の「許可制度」から「認定制度」に転換するべきではないか、と提案したい。

気象予報士の制度は、今後どんな方向へ進んでいくべきなのだろうか。(著者撮影)
気象予報士の制度は、今後どんな方向へ進んでいくべきなのだろうか。(著者撮影)

 すなわち、独自予報を発表する目的の「業務独占資格」ではなく、高度な気象予報技術や防災の知見を持つ人材を「認定」する国家資格制度とするということである。天気予報自体は誰が発表しても良いが、「この天気予報を作成した人は、気象庁からしっかりと認定を受けた技術者である」と民間事業者が広く示すことを可能にし、しっかりとした技術のある者かどうか公に明確に分かるように担保して、ユーザーが天気予報を選ぶ場合の目安とするのだ。

 

 ただし、その際、現行の気象予報士試験に合格しただけの技術力では、「プロ」として地方自治体での防災対応の現場でハイレベルなコンサルティング業務などを適切に行うのには、残念ながらまだ十分ではないと思う。これには、第1回・第2回で示したように、特に実務経験の必要もなく、ペーパーテストに合格しただけで資格が取得できてしまうことに問題があると思う。

 

■ 技術レベルに応じた役割、仕組みが必要ではないか

 一方で、現在、気象予報士にはさまざまな思いで資格を持っている人がいる。趣味として資格を取得してもう十分という人、資格を活かして地域防災や学校教育などの分野において普及啓発活動などに臨みたいと思う人、気象・防災業務の最前線で日々「プロ」として業務についている人など、本当に多様だ。

 

 日々の予報・解説業務にはついていなくても、気象予報士の団体である気象予報士会などで「出前授業」などの一般向けの講座を行うなど積極的に普及・啓発活動をしている方々を筆者は大勢知っている。地元の気象予報士が地域住民の方々へ天気や防災の知識について講座を開くなどしており、全国に1万人弱も気象予報士資格の保有者がいるのだから、「わが町の気象予報士」がきっと読者の身近にもいるはずなのだ。こうした活動で、地域の気象防災に対する意識がさらに高まっていけば大変に素晴らしいことだと思う。

レベルに応じた、役割に応じた段階的な資格制度を提案したい。(著者撮影)
レベルに応じた、役割に応じた段階的な資格制度を提案したい。(著者撮影)

 資格を取っただけという人から本当の「プロ」まで、その力量には大きな差があることは否めないが、少なくとも、気象予報士資格を取って一定程度の技術を持ち、それを「プロ」の予報・解説業務とまではいかないまでも活用したい、という方々も多いと思う。そうした場合に、何も資格のない状態と、ある程度の技術力を持ったことが公的に認定されているのとでは活動の際に大きな違いが生じるのも事実だろう。

 

 筆者は、現行の気象予報士試験レベルでの認定に加えて、日々の業務を行う「プロ」としてやっていく人たちにはもっと厳しい審査を行い、さらに高度な技術力を問い、実務経験や高い専門性を持つことを認定する、段階的な資格制度が適切なのではないか、と考えている。

 

■ レベルに応じて段階的に認定する資格制度に

 ほかの技術職の資格制度を概観すると、「二級建築士→一級建築士」、「技術士補→技術士」、「測量士補→測量士」などのように、段階を踏んで、さらに高度な技術を持った者を選抜する制度が少なくないと感じるが、気象・防災分野の技術者についても、同様の資格制度にするということで現状のジレンマの改善が図れないだろうか。このほかにも、航空機の副操縦士→機長、自動車の普通免許→第二種運転免許(タクシーやバスのドライバーなど)など、段階的な資格の例はいくらでも挙げられると思う。

 

 気象・防災の分野については、たとえば、

 「観測、予報技術、関連法規など気象・防災の分野について高度な知見・技術を持ち、地方自治体や民間企業などの同分野に関連した業務について、適切な対応・助言を行うに足る能力を持った者」

 を認定する国家資格として定義できないか。このように、現行の気象予報士制度の「発展的解消」を検討することは、一考に値するのではないか。

 

 新しい資格の名称としては、たとえば「気象技能士」「気象技術士」「防災気象士」などが案として浮かぶ。その名称に、「二級→一級」、「普通→上級」、「○○士補→○○士」のように、段階を設ける制度としたらどうだろうか。本稿では以下、仮の名称案「普通防災気象士→上級防災気象士」として考察を進めていく。

 

■ どのような試験で審査すべきか

 防災・減災の知見を持つ人が少しでも多くなってほしいという観点から、広く門戸を開けるという意味でも「普通防災気象士」の試験は、受験資格に制限を設けず、現行の気象予報士試験とほぼ同等で良いと思う。気象に関する知識、物理学、予報技術などを広く問いたい。ただ、上記の資格の認定内容から、現行の気象予報士試験よりも出題範囲を広げる必要はあるだろう。気象そのものだけでなく、防災・減災の知識を今までよりもさらに広範に問う試験にすると良いと思う。そして、現在すでに気象予報士資格を持つ者は、申請の上で追加研修を受ければ、「普通防災気象士」にそのまま移行できることとするのだ。

 

 一方、より高度な知見や技術力を認定する上位資格の「上級防災気象士」の試験は、

 (1)一定期間以上の気象・防災に関する実務経験の有無

 (2)数値予報資料からの気象予報・防災情報の作成・プレゼン

 (3)経験業務についての実績発表・質疑

 (4)防災・気象業務に携わるにあたっての倫理観などのチェック

 など、面接形式の試験も含め、入念に行う必要があるように思う。(2)については、日々の予報業務と同様で、数値予報資料から天気予報・防災事項を作成し、実際に試験官の前でブリーフィングを行うという手法が有効だろう。

 

 小論文提出や面接形式となることが想定される以上、こうした認定試験は受験するだけで少なくとも丸2日程度はかかるだろうし、審査する側にもかなりの技量が求められるだろう。しかし、防災・減災という「人命」に関わる認定資格である以上、ここまで厳格に審査・認定することに価値がないとは筆者は思わない。

 

■ 「プロ」の育成には業界の体制と目指す者の覚悟が必要

 また、「プロ」として気象業務につき、生計を立てていきたいのに、資格を取得しただけで先へ進める場がないという人をどうするのか。

 

業界全体で「プロ」をしっかり育成する環境の構築を。(著者撮影)
業界全体で「プロ」をしっかり育成する環境の構築を。(著者撮影)

 上記のような資格制度の再構成に加えて、業界全体で民間気象事業者が、しっかりと気象技術者に経験を積ませる場をもっと増やす努力が必要だと思う。第1回でも述べたように、「プロ」の気象技術者としてやっていくためには、OJT形式で経験を積み、少しずつスキルアップを図っていくことが欠かせない。待遇などの面から、若い技術者がしっかりと経験を積んでいける場を作るための方策の模索が、業界内では重要な責務だろう。「普通防災気象士」が先輩技術者の指導のもと少しずつ経験を積んだ上で「上級防災気象士」の試験に臨む、というステップが健全で妥当な流れだと思う。

 

 ただ、当然ながら「上級防災気象士」を目指す人も、たかだか1年や2年で本当の「プロ」になれると思わず、日々地道に努力を続ける姿勢や覚悟が必要だ。現状、筆者が思う、気象予報士資格制度の大きな問題点のひとつが、実は「仕事の長続きしない人が少なくない」という点だ。

 

 「資格を取ったら、プロ」という大きな勘違いを抱かせ兼ねない資格だけに、せっかく苦労して業務についても長く続かず、早々に退職してしまう人を筆者は何人も見てきた。安心して経験を積める待遇と、根気強く学び経験を積む技術者側の姿勢の両方が必要だと思う。誰もが一流になれるとは限らない厳しい道のりであるとは思うが、どんな技術職も「プロ」とはそういうものだろう。

 

■ 実現までの道のりは険しいが…

 上記の資格の内容で制度化するとすれば、さまざまな手順を踏み、大きな労力を要するだろうことは簡単に想像がつく。おそらく、まずは「気象予報士制度に関する有識者会議」のような会を設けて検討し、パブリックコメントを実施したり、関係省庁・地方自治体などから広く意見を募っていったりすることになるのだろう。

 

 気象庁のほか、国土交通省や内閣府(防災担当)といった防災関連の中央省庁、気象学会、気象予報士会、民間事業者の業界団体である気象振興協議会などでもそれぞれの立場で議論し、新しい資格の有用性や、いざ実施するとなった場合にはそれぞれがどういった役割を持つのか、深く検討しなければならないと思う。もしかすると、業界内からは制度変更に反対の声も出るかもしれない。

 

制度の改正となれば、実現までの道のりは容易ではない。(著者撮影)
制度の改正となれば、実現までの道のりは容易ではない。(著者撮影)

 さらに、それを乗り越えたとしても、気象業務法など関連法令を改正するため、気象庁による法案作成、国会(国土交通委員会)での説明・審議を経て、本会議で採決・可決した上でようやく実現に至る、という流れだ。その改正気象業務法の公布から施行までの時間も考えると、実現までに早くても数年、もしかすると5年以上もかかるかもしれない。また、根幹的な制度が変わることから、激変緩和措置についての検討も必要となるだろう。

 

 しかし、この約四半世紀で、特に情報通信技術の面で社会環境は激変した。制度開始当初は画期的な仕組みだった気象予報士制度が、現代においては時代に十分に合わなくなってしまったことは否めないと思う。さらなる良き防災・減災に役立てるために、気象予報士制度の今後について、気象業界内だけでなく広く一般の利用者も含めて丁寧にしっかりと、それもできるだけ早急に議論していくべきではないか、と筆者は強く思うのである。

 

 気象予報士を取り巻く社会だけでなく、防災・減災の対象となる気象そのものも、この約四半世紀で急激に変わってきているのだから。

 

 

◆ これまでに配信済みの記事 ◆

 気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(1) (2017年9月15日)

 気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(2) (2017年9月19日)

 気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(3) (2017年9月22日)

 気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(4) (2017年9月26日)

 気象予報士制度は必要か?「予報士1万人」時代の気象業界を考える(5) (2017年9月29日)

気象解説者/関西テレビ気象キャスター/気象予報士/防災士

1981年埼玉県生まれ。幼少時の夢は「天気予報のおじさん」で、19歳で気象予報士を取得。日本気象協会に入社後は営業・予測・解説など幅広く従事し、2008年にウェザーマップへ移籍した。関西テレビで2005年から気象解説を担当し約20年。newsランナー/旬感LIVEとれたてっ!/よ~いドン!/ドっとコネクトに出演中。平時は楽しく、災害時は命を守る解説を心がけ、いざという時に心に響く解説を模索し被災地にも足を運ぶ。趣味はアメダス巡り、飛行機、日本酒、プログラミング、阪神戦観戦、囲碁、マラソンなど。(一社)ADI災害研究所理事、大阪府赤十字血液センター「献血推進大使」、航空通信士、航空無線通信士。

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