Yahoo!ニュース

利用しやすい防災気象情報を目指して 有識者による検討会の議論の行方は?

片平敦気象解説者/関西テレビ気象キャスター/気象予報士/防災士
左:気象庁(筆者撮影)/右:気象庁HPより検討会資料を引用

■ 約2年にわたる活発な議論を経て

 2023年12月6日(水)、気象庁で第5回の「防災気象情報に関する検討会」が開催された。この検討会は「シンプルで分かりやすい防災気象情報の再構築」を目指し、2022年1月から学識者や報道関係者により検討が続けられている。筆者は以前からこの検討会に注目しており、今回の会合もオンラインにて議論を傍聴した。

 本欄においてこれまでにもご紹介しているように、現在の「防災気象情報」は多様化が進み、利用しにくくなっている面があることは否めない。かつては「注意報・警報」だけだったものが、社会の高度なニーズに応える形で様々な種類に増えた結果、現在では多種多様な情報があふれ、一般のみならず自治体の防災担当者からですら「難しい」「分かりにくい」「覚えられない」という声を聴くこともしばしばである。例えるならば、初めは単純な間取りの2階建てだった住居が、建て増しを続けた結果、床の高さが違ったり動線が悪くなったりして、住みにくくなってしまったとでも言えるだろうか。住む人の意識が変わったり、建物の老朽化も進んだりしているのかもしれない。時代に合わせる必要がある。こうした状況を改善すべく、検討会では「体系整理」「抜本的な見直し」「受け手の立場に立った」という文言も用いられ、専門的な知見・経験を持った先生方による非常に活発な議論が繰り広げられ、検討が進んでいるように筆者には感じられている。

 さて、今回の検討会では、昨年(2022年)11月から進められていた、防災気象情報のうち「警戒レベル相当情報」について議論したサブワーキンググループの報告がなされ、今後の議論の方向性が示された重要な場であった。

■ 現行の「警戒レベル相当情報」の複雑さ

 そもそも、「警戒レベル相当情報」とは何だろうか。災害時に市町村から発令される避難情報(避難指示、高齢者等避難など)は、住民の取るべき行動を示すもので、どの段階にあるかを明確に分かりやすく示すため、2019年5月からは避難情報に対応する5段階の「警戒レベル」が導入された。

 危険な場所からの事前の立ち退き避難が必要とされる「洪水」「土砂災害」「高潮」の災害については、どの程度危険な気象状況になっているか分かるように、一部の防災気象情報は「警戒レベル」との関連(=警戒レベルで言えばどの程度の危険な状況なのか)を明確化しており、その情報が「警戒レベル相当情報」となる。避難情報が発表される前の段階からこれらの防災気象情報を活用することで、住民一人ひとりが自発的に危険度の状況を把握し、主体的に避難行動を促すことを目指すものである。

警戒レベルと警戒レベル相当情報。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
警戒レベルと警戒レベル相当情報。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

 一方で、「洪水」「土砂災害」「高潮」に関する防災気象情報は、既存の情報に警戒レベルを後から紐づけたことや、防災気象情報そのものも「建て増し」を続けたことにより、名称や構成が複雑で統一性のない状況になってしまっているのだ。避難行動としては同じ対応を促す情報でも、災害の種類により「〇〇危険情報」「〇〇警戒情報」「〇〇警報」とバラバラの名称であったり、同じレベルの中に2つの情報が入っていたり、これをしっかり理解するだけでも容易ではないことが分かる。こうした状況を抜本的に見直そう、というのがこの検討会の最も重要な使命と言える。

■ サブワーキンググループがまとめた改善案

 昨年(2022年)11月から今年(2023年)9月にかけて5回にわたって開催されたサブワーキンググループの議論を経て、今回の検討会では体系整理のまとめが報告された。図を見ただけでも以前よりもシンプルで分かりやすく整理されたと言えるだろう。

サブワーキンググループのまとめ。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
サブワーキンググループのまとめ。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

 先述の「家」の例え話で言えば、ようやく「階層構造も床の高さも揃った」と私には見える。4つの棟(=災害の種類)に対し、各階層に応じた1つずつの部屋(=情報)がきれいに収まっていて、これならば使い勝手が良いのではないか。なお、後述するが、情報の具体的な名称については今後の検討会にて議論する重要なテーマとなっている。

【洪水災害】現状

 読者の皆様は「洪水」と聞いた時にどんな災害の状況を想像するだろうか。大雨が降って川が増水してあふれ、街が水に飲まれる様子を思い浮かべる人も多いだろう。川から水があふれるといっても、大河川の堤防が決壊して濁流が襲う様子を考える人もいれば、都市部のコンクリート張りの小さな川が短時間で急激に増水してあふれ、市街地が浸水する状況を想像した人もいるかもしれない。

 また、川から水があふれる場面ではなく、猛烈な雨が降ったために下水道で排水しきれずマンホールから水が噴き出たり、アンダーパス(地下通路)が水没したりする様子を思い浮かべた人もいるだろう。

 大雑把に言えば、川を流れる水があふれることを「外水氾濫(がいすいはんらん)」、雨水の排水が追いつかずに水が街にあふれることを「内水氾濫(ないすいはんらん)」と呼んで区別しており(一部の例外はあるが)、前者を「洪水」と呼んでいる。ただ、一般には内水氾濫であっても見た目としては街が浸水している状況なので、言葉としては「洪水」と呼ぶ人が多いかと思う。

洪水・大雨浸水に関する情報の現状。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
洪水・大雨浸水に関する情報の現状。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

 現行の洪水に関する情報は河川の規模に応じて異なっている。国が管理したり、水位の実測や予測をしていたりする大きな河川については、河川ごとに河川名を冠して「氾濫〇〇情報」という警戒レベル相当情報が発表される。一方で、上記以外の比較的小さな河川は全国に約2万河川もあり、これらについては降雨の河川への流れ込みや下流への流下を推定した「指数」をもとに、市町村ごとに洪水注意報」「洪水警報」が発表されている。なお、実際の水位を把握できていないことや、あまりに多くの河川について個別に情報を発表することは防災対応の人的資源を考慮すると非現実的であり、現状は市町村単位での発表となっているのである。また、これら洪水警報・注意報の情報系統では「レベル4・5の警戒レベル相当情報が設定されていない」という状況でもあり、外水氾濫をターゲットにしていても規模の大きな河川とは体系が異なっているのだ。

 さらに、これらの外水氾濫に関する情報とは別に、内水氾濫による浸水については、浸水について推定した指数をもとにして「大雨注意報」「大雨警報(浸水害)」が市町村ごとに発表されている。「居住地に水があふれる」災害については、上記のように多様な情報が発表されているのである。

【洪水災害】改善案と課題

 今回報告されたサブワーキンググループの検討では、こうした問題を解消すべく、下記の提案がなされた。

 全国に約2,200ある規模の大きな河川(便宜上本稿では「大河川」と呼ぶ)については、水位の実測・予測および指数を活用し、河川ごとに警戒レベル相当情報を発表する一方、規模の小さな河川(同じく「小河川」と呼ぶ)については、現状の大雨警報(浸水害)に統合する形で「大雨浸水に関する情報」の系統としてまとめて発表する、というものである。その場合、現行の洪水警報・注意報は無くなることになる。

 小河川の外水氾濫と強雨による内水氾濫を統合するというこの案については、小河川の氾濫の影響は大河川の氾濫に比べれば規模が小さいことや、小河川の外水氾濫の危険度は内水氾濫の危険度と同じようなタイミングで高まることを踏まえたうえで示された方向性だ。この運用が実現すれば、「河川ごとに発表される洪水に関する情報(大河川)」「市町村ごとに発表される大雨浸水に関する情報(小河川の洪水を含む)」と2系統になり、非常にシンプルになるのである。

洪水・大雨浸水に関する情報の改善案。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
洪水・大雨浸水に関する情報の改善案。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

 課題としては、まず、小河川の洪水と統合する「大雨浸水」については、現行では警戒レベル相当情報への紐づけがされていない点だ。ところが、ならばすぐに設定すれば良いというものでもない。警戒レベル相当情報とした場合には、自治体の避難情報と連動するため、場合によっては避難情報が頻発(濫発)されることになるかもしれないという懸念がある。情報の体系整理とともに警戒レベル相当情報として位置づけるべきかどうか、避難情報発令に資する情報として技術的に可能かどうかも含め、丁寧に検討する必要があるだろう。

 次に、小さな河川1つの危険度の高まりに対応して市町村の全域が「警戒レベル〇相当」となってしまうのではないか、という懸念も出されている。ただ、これに関しては筆者は、現状の洪水警報でもそうだが、警報を補足する情報としての「キキクル」(河川ごとの危険度を推定した分布図)を積極的に活用するよう、引き続き周知・啓発するしかないだろうと思う。市町村の防災対応、住民一人ひとりの防災対応のそれぞれに即した形で、かつ現実的に運用可能で使いやすい落としどころを探っていく必要があるだろう。

洪水キキクルの例。気象庁HPより引用。
洪水キキクルの例。気象庁HPより引用。

 また、大河川の洪水の危険度は、支流を流れる水が次第に集まることによって下流において時間差で遅れて高まることがあるという事象への対応も、検討が必要だろう。小河川は、(あくまで「比較的」だが)短時間で危険度が高まり短時間で危険度が低くなるのだが、大規模な大雨災害の際には、大河川においてはじわっと遅れて危険度が高まっていく場合がある。河川を名指しで示す大河川を対象とした情報では警戒レベルがまだ高いのに、小河川の危険度が下がったことにより市町村ごとの情報としては警戒レベルが下がってしまうことも想定される。情報の種類や意味が正しく理解されていないと、市町村ごとに発表される情報だけを見て、「安心情報」と受け取られてしまわないか。実は現状では、大河川の危険度が下がらないうちは市町村ごとの洪水警報・注意報は連動して発表を継続する運用になっているのだが、今回の改善案では洪水警報・注意報そのものが無くなってしまうことになるので、この問題をどうクリアするかも検討する必要があると思う。

【土砂災害】現状

 土砂災害に関する情報は、大きく分けて2つの課題があった。

 1つ目は、情報の系統が2つあるということだ。1つの警戒レベルに相当する情報が1つずつある点は整理がなされているのだが、「大雨注意報」→「大雨警報(土砂災害)」→「大雨特別警報(土砂災害)」と(気象庁の単独発表)と、「土砂災害警戒情報」(気象庁・都道府県の共同発表)の2つの流れがある。警戒レベル3相当の大雨警報(土砂災害)と、警戒レベル5相当の大雨特別警報(土砂災害)の間に、警戒レベル4相当の土砂災害警戒情報が位置している状況だ。また、これら2つの系統で情報の発表基準の手法・考え方が異なっており、警戒レベル相当情報としての一連の流れとしては改善の余地があるのだ。さらに、2系統あることにより、名称も統一性・一貫性を欠いている。「警報」と「警戒情報」ではどちらの危険性のほうが高いのか分かりにくい、というのも容易に想像がつくだろう。

土砂災害に関する情報の現状。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
土砂災害に関する情報の現状。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

 土砂災害をターゲットとした現行の情報体系の経緯を振り返ってみよう。1950年代から長らく大雨注意報・大雨警報が運用されていた中、1990年代後半から2000年代にかけて全国で相次いだ土砂災害を受けて、2005年に土砂災害警戒情報が新設(大雨警報の「重要変更!」の発展的解消で、鹿児島県から順次他府県に運用拡大)。その後2013年に新たに大雨特別警報が加わったという経緯であり、「建て増し」により分かりにくくなってしまった典型とも言えるかもしれない。

 また、課題の2つ目は「適中率」だ。情報が出されても災害の発生には至らない、いわゆる「空振り」が多くなってしまっている。警戒レベル4相当の土砂災害警戒情報が出された時に実際に対象災害が発生した割合(適中率)は4.7%との検証結果も示された。対象災害が発生した時に土砂災害警戒情報が出されていた割合(捕捉率)は96.4%とのことで、いわゆる「見逃し」は少ない。一般に、空振りを減らそうとして発表基準を厳しくするとトレードオフの関係で見逃しが増えてしまうため、簡単に改善できるものではないのだが、空振りがあまりにも多いようだと「オオカミ少年」情報となってしまい、活用に際しての悪影響が大きいのである。

土砂災害警戒情報の適中率・捕捉率。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
土砂災害警戒情報の適中率・捕捉率。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

【土砂災害】改善案と課題

 サブワーキンググループのまとめでは、改善案として以下が示された。

 名称については今後検討会にて議論するものの、警戒対象の現象が分かるように、「土砂」などの文言を入れ、レベルごとに異なる名称にせず、統一するとのことだ。これにより、土砂災害警戒情報の新設以降20年近くにわたり懸念されていた、どの情報がどのレベルに位置するのかについては、かなり分かりやすくなるだろう。テレビなどで気象・防災の解説に日々携わる身としては、視聴者の皆様に危機感・危険度をいっそう伝えやすくなると期待している。

土砂災害に関する情報の改善イメージ。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
土砂災害に関する情報の改善イメージ。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

 次に、情報の発表基準についても統一し、一連の情報体系として一貫性を持たせる。これまでの土砂災害警戒情報における考え方をほかのレベルの情報にも準用し、60分雨量と土壌雨量指数(土の中の水分量を推定した指数)の組み合わせで基準となるラインを設定するなど、手法を統一する方向だ。

 また、警戒レベル3相当と警戒レベル4相当の発表基準については、同じラインを基準とするが、今後の雨量予想をもとに、基準に至ると予想される3時間前に警戒レベル3相当の情報を、2時間前に警戒レベル4相当の情報を発表する、という案が示されている。こうした改善により、警戒レベル3相当の情報(現行の「大雨警報(土砂災害)」)の発表回数を半分以下に減らせるだろう、という比較調査も提示された。「空振り」の回数は現在の10分の1程度に減らせるようである(いずれも2021年の事例に基づいた調査)。

大雨警報(土砂災害)の発表回数の改善の調査結果。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
大雨警報(土砂災害)の発表回数の改善の調査結果。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

 課題としては、この改善により、警戒レベル3相当の情報から同4相当の情報への引き上げまでの時間がこれまでよりも短くなる事例が増えることが想定されるそうだ。現行の情報名で言えば、大雨警報(土砂災害)から土砂災害警戒情報への引き上げまでの時間が短くなるため、あっという間に危険度が上がっているように感じられるかもしれない。「空振り」が大幅に減ることをしっかりと周知し、情報発表時の災害発生の確度が従前よりも高いことを十分に知ってもらう必要があると強く感じる。

【高潮災害】現状

 高潮による災害は、台風などの発達した低気圧の接近・通過により、海面が平常よりも高く上がることで、沿岸部で浸水の被害をもたらすものである。海面の高さ(=潮位)が上がる理由は、大きなものとしては「暴風が吹き荒れることで、風向によっては沖から陸に海水が吹き寄せられる」「気圧(空気が海面を押し付ける力)が著しく低いため、海面が持ち上げられ(吸い上げられて)高くなる」ことだ。台風など低気圧のわずかな進路の違いにより地点ごとの潮位の値は大きく変わるため予測が非常に難しい現象で、災害発生のぎりぎりまで待ってからの情報発表にすれば当然精度は上がるのだが、一方で、住民が避難するための時間的余裕(リードタイム)は少なくなってしまうというジレンマがある。いずれにせよ、予想する潮位の値をもとにしつつ、リードタイムを考慮して、情報が発表されているのが現状である。

高潮に関する情報の現状。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
高潮に関する情報の現状。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

 また、高潮に関する現行の警戒レベル相当情報では、「高潮警報」と「高潮特別警報」がいずれも警戒レベル4相当と同じカテゴリーに入っており、危険度の違いが分かりにくい。警戒レベル5相当には、気象庁ではなく、都道府県が発表する「高潮氾濫発生情報」という別の系統の情報が位置づけられており、こちらも「建て増し」の弊害が顕著だと言わざるを得ないだろう。

【高潮災害】改善案と課題

 高潮は、水位の上昇が急激で速い。このため、現行のように潮位を段階的に設定するのではなく、避難などの防災対応を念頭に、災害が発生・切迫するまでのリードタイムに応じて警戒レベル相当情報の基準をそれぞれ設定するべきだ、という提案がなされた。

 また、現在の情報は「潮位」のみを基準としているが、これに加え、沿岸に打ち寄せる波を考慮した基準に変更することも示された。高潮による浸水被害は、高くなった海面上で暴風が吹くことによって高波が沿岸に打ち寄せて発生・拡大する。2018年の台風第21号により大阪湾周辺で発生した高潮の被害では、関西国際空港が大規模に浸水したことを覚えている人も多いと思う。潮位だけで考えるのではなく、陸上への影響(浸水)の観点から、「潮位+波浪のうちあげ高の予想」が堤防の高さなどの基準に達するまであと何時間かに応じて、情報発表のタイミングとするわけである。サブワーキンググループが示した方向性には、情報発表の機関もそれぞれ異なるのではなく、関係機関が協力して発表することを提示している。現行の土砂災害警戒情報のように、気象庁と都道府県の関係部局が共同発表することをイメージしているのだろう。

高潮に関する情報の改善イメージ。「防災気象情報に関する検討会」資料より。
高潮に関する情報の改善イメージ。「防災気象情報に関する検討会」資料より。

 課題としては、やはり精度の問題が大きいと筆者は考える。情報発表のコンセプトとして非常に分かりやすく賛同するが、実際にはどの程度の精度を保って、立ち退き避難に十分なリードタイムを確保できるのだろうか。仮に、避難完了に3時間かかるとして、3時間前の段階でどの程度精度良く高潮による浸水を予測し、影響する範囲を絞り込めるだろう。安全サイドに立って発表することになれば、実際には被害の出ない地域も含めて広く情報が出されることになり、「オオカミ少年」化する懸念があるのではないか。一方で、筆者の経験上、それほど大規模な高潮が発生しうる気象状況はそう頻発しないとも感じるため、過度に不安がる必要はないようにも思う。いずれにせよ、基準の設定に当たっては、利用者へのいっそう丁寧な説明・意見交換が必要だと思う。

 なお、高潮について考えるうえで、1つ重要な観点がある。「暴風」についてだ。規模の大きな高潮が発生する場合には、台風の通過など暴風を伴うことが多いと想定されるが、暴風そのものは立ち退き避難が必要な災害ではなく、頑丈な建物内でやり過ごせば被害にはつながらないと考えられている。一方で、高潮災害の発生が予想される場合、暴風が吹く前に浸水で危険になる地区からの避難を完了しておかないと、暴風が吹いてからの避難は非常に困難となる可能性があるのだ。暴風の吹き始めるタイミングについても考慮し、情報の設計・運用を考える必要がある。

■ 防災気象情報の未来と社会の受け止め方

 以上を踏まえ、今後の検討会ではさらに議論が進む。来年(2024年)6月の最終とりまとめを目標として、1~2か月に1度のペースで検討会が開催される予定だ。今後は、これまでの議論により一定の方向性が示された警戒レベル相当情報だけでなく、相当情報に位置づけられていないほかの種類の警報・注意報や、気象状況など背景や根拠を丁寧に解説するタイプの情報のあり方や整理についても検討が進む予定であり、議論の状況によってはとりまとめが予定より遅くなることも考えられる。

 また、筆者が期待をもって注目しているのは、情報の「名称」である。検討会では、今後の主要な議題になると考えられる。今般、洪水・大雨浸水・土砂災害・高潮という災害については「警戒レベル」という共通の目安で情報の整理を行ったことになるので、避難行動という観点ではどの災害においても「同じレベルなら同じ程度の危険度」と言えることになる。そうであれば、情報名は、災害の種類に加え、危険度を示す共通の「キーワード」を入れ、その名称を見るだけでどの程度危険になっているのか容易に把握できる方向で進めるのが極めてシンプルで分かりやすいだろう。すでにキキクルにおいては、レベル2から5にかけては、「注意(黄)」→「警戒(赤)」→「危険(紫)」→「災害切迫(黒)」(カッコ内は対応する色)とキーワード化されており、これを基本として検討・踏襲するのが分かりやすいのではないかと筆者は考える。これまでに広く浸透している「警報」「注意報」といった名称も、無くなるのかもしれない。だが、以前にも本欄で書いたように、「建て増しを続けた結果として住みにくくなってしまった家は、今、建て替えなければいけない時期に来ている」ように思う。

土砂キキクルの説明。左側にキーワードと色が示されている。気象庁HPより引用。
土砂キキクルの説明。左側にキーワードと色が示されている。気象庁HPより引用。

 検討会でのこれまでの議論を拝見していて、筆者は「不確実性を含む情報を、社会がどのように受け止めるか」の観点も非常に大切だと思っている。先に示したように、予測の精度と避難に必要なリードタイムを比べた場合、命を失わないためにはある程度の「空振り」を許容しながら情報を活用するような、利用者側のコンセンサスやリテラシーも重要になると思う。

 情報の発信者である気象庁をはじめとした防災機関、伝達者としての役割を持つ技術者である我々のような気象解説者・キャスターなどはそれぞれの立場で、予測情報の精度や限界をいっそう丁寧に誠実に繰り返し伝えるべきだと考えるし、利用者である自治体などの防災担当者や住民の方々一人ひとりには、どこまで「空振り」を許容できるのか・情報にどの程度期待してくださっているのか、ぜひ一緒に議論し、考えてほしい。いざという時にほかならぬ私たち自身の命を守るサポートをする防災気象情報である。ぜひ読者の皆様も我が事として受け止め、今後の検討会の議論の行方にご注目いただきたいと思う。

<参考資料>

・気象庁ウェブサイト「防災気象情報と警戒レベルとの対応について

・同「防災気象情報に関する検討会」資料

・同「キキクル(警報の危険度分布)」解説ページ

・筆者の過去の執筆記事

大雨・洪水警報の名称変更も? 防災気象情報、抜本的見直しの検討へ

危機感が「分かりやすく伝わる」防災気象情報とは? 警戒レベル導入から半年

気象解説者/関西テレビ気象キャスター/気象予報士/防災士

1981年埼玉県生まれ。幼少時の夢は「天気予報のおじさん」で、19歳で気象予報士を取得。日本気象協会に入社後は営業・予測・解説など幅広く従事し、2008年にウェザーマップへ移籍した。関西テレビで2005年から気象解説を担当し約20年。newsランナー/旬感LIVEとれたてっ!/よ~いドン!/ドっとコネクトに出演中。平時は楽しく、災害時は命を守る解説を心がけ、いざという時に心に響く解説を模索し被災地にも足を運ぶ。趣味はアメダス巡り、飛行機、日本酒、プログラミング、阪神戦観戦、囲碁、マラソンなど。(一社)ADI災害研究所理事、大阪府赤十字血液センター「献血推進大使」、航空通信士、航空無線通信士。

片平敦の最近の記事