岸田訪米の目玉である米軍と自衛隊の指揮統制一体化とは何か
フーテン老人世直し録(747)
卯月某日
前回のブログでフーテンは、安倍元総理以来9年ぶりとなる国賓待遇での米国訪問で、岸田総理は安倍元総理がやったことを上書きし、安倍政治を一つずつ消していくだろうと書いた。
如実に表れたのが米議会上下両院合同会議での演説である。9年前の安倍元総理は、「第二次世界大戦で日米両国は敵対したが、戦後は米国のリーダーシップとそれと組んだ日本の選択によって、世界に平和と繁栄をもたらし冷戦に勝利した。
日本はアジア太平洋地域の平和と安全を守るため、日米同盟をより一層強化し、テロリズム、感染症、自然災害、気候変動に立ち向かわなければならない。法の支配、人権、自由という価値観を共有する日米同盟を、希望の同盟にしていこう」と演説した。つまり過去の歴史に焦点を当て、米国が先生で日本は生徒という文脈から日米同盟の必要性を説いた。
これに対し岸田総理は、「米国は一人だけの力で戦後の国際秩序を作ってきた。しかし米国民には疑念が生まれている。中国やロシアが国際秩序に挑戦し、自由と民主主義は脅威にさらされている。
米国が一人で背負う重荷を私は理解する。日本はすでに米国と肩を組んで立ち上がった。米国は一人ではない。我々が共にいる。日本は防衛費を増額し、反撃能力を持ち、ウクライナを支援し、NATOとも協力する。
日本は賃上げ、設備投資、株価が30年ぶりの高水準に達した。その成果は対米投資となって米国の雇用に貢献する。日本は米国のグローバル・パートナーであり続ける」と演説した。つまり今や傷ついた米国に日本が手を差し伸べ、あらゆる問題で世界規模でのパートナーになろうというのだ。
メディアは米議員たちが何度もスタンディング・オベーションで岸田演説に拍手を送ったと報道している。しかしこれが超党派の議員たちから歓迎される内容なのだろうか。米議会はウクライナ支援を巡って民主・共和両党が対立している。その渦中の演説としては、言われたくないことにまで触れたように思う。
フーテンが思い出したのは、岸田総理の派閥の先輩である宮沢元総理が1992年、日本の国会で「米国の労働者には額に汗して働く労働の倫理観が薄れている」と発言し、それが「アメリカ人は怠け者」と報道され、米議会が激怒した時のことだ。
宮沢元総理はものづくりよりマネーゲームに力を入れる米国に警鐘を鳴らしたつもりだったが、米議員たちは口々に「戦争に勝ったのはどっちだ」、「怠け者が戦争に勝てるのか」、「日本にもう一度原爆を落とせ」と発言して大騒ぎとなり、宮沢政権は追い詰められた。敗戦国の日本が上から目線で戦勝国にものを言うことを米国は許さないのだ。
翌93年にクリントン政権が誕生すると、米国は宮沢政権に対し「年次改革要望書」を突き付け、日本型経営を解体するよう次から次へと要求を強めてきた。そして日本型経営の中枢の役割を担った銀行と大蔵省はズタズタにされたのである。
安倍元総理を意識する余り、安倍元総理の演説内容を超えようとしたことが、将来に禍根を残すことにならないか、今回の訪米成果について国民は目を凝らして見た方が良い。
今回の日米首脳会談で打ち出されたのは日米同盟のさらなる一体化である。9年前は、戦後日本が認めてこなかった集団的自衛権の行使容認に安倍政権が舵を切り、国内には衝撃が走ったが、そこで想定された同盟の範囲はアジア太平洋地域だった。
その範囲が今回は全世界いや全宇宙に広がった。9年前にはなかったウクライナ戦争が起きたためだ。欧州の対ロシア軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)と日本の提携まで当然視されている。
ウクライナ戦争はドイツがG7議長国の年に起きた。G7は日本以外の6カ国がNATOメンバーだから、ウクライナ戦争はロシア対NATOであると同時にロシア対G7の戦争である。議長国であるドイツにはNATOから防衛費の増額と兵器の提供が当然のように要求された。
ドイツはそれに逆らえない。ドイツの翌年に議長国となる日本も同じ立場だ。だから岸田政権も大幅な防衛費増額を打ち出した。さらにドイツには戦車や長距離ミサイルの提供が求められ、日本もパトリオットミサイルを米国に輸出した。ウクライナへの提供で米国の在庫がなくなったためである。
ウクライナ戦争によって日米同盟は極東やアジアを超えて世界規模になり、日本の兵器輸出に道が開かれ、さらに今回の日米首脳会談の目玉である米軍と自衛隊の指揮統制の一体化が強化される。憲法9条2項で戦力不保持を宣言した日本は、抑止力を高める名目で堂々と戦力増強の道を歩んでいる。
林官房長官は米軍と自衛隊の指揮統制の一体化について、「自衛隊が米軍の指揮下に入ることはない」と明言した。「自衛隊の活動は日本の主体的な判断の下、憲法や国内法令に従って行われる。米軍と自衛隊は独立した指揮系統で行動している。これを前提にいかに日米間の連携を強化していくかを検討している」という。
しかし世界最大の軍隊と憲法9条2項に縛られた自衛隊が、それぞれ独立した指揮統制で共同の戦いをやれるのか。誰もが素朴に思う疑問である。戦後日本に駐留する在日米軍と自衛隊の関係、それと憲法との関係を振り返ってみる。
戦後の日本を非武装化したのは米国である。米国は西ドイツに対しても同様の対応をした。しかし東西冷戦が高まると、米国はソ連と中国を封じ込め、同時に日独を再軍備して米国の戦略に利用しようとした。
西ドイツは基本法(憲法)を改正して民主主義的軍隊を作ったが、日本は吉田茂総理が憲法9条2項を盾に再軍備を拒み、朝鮮戦争が起こると武器弾薬を米軍に提供することで工業国家として経済復興する道を選んだ。
そのため米国は朝鮮戦争に出兵した米軍に代わり、日本国内の治安を守る名目で日本に警察予備隊を創設させた。警察予備隊とは米軍が訓練を施す軍隊である。米国はアジアの共産化を阻止するため占領が終わっても日本に米軍を駐留させ、また警察予備隊から出発した自衛隊を米軍の指揮下に入れて利用することを考えた。
日本は1952年に占領体制から独立した。この時、平和条約と同時に安保条約が結ばれ、米国は日本軍の指揮権を米軍が握る統一指令部を作ろうとした。それが憲法違反にならぬよう、米国は安保条約から切り離して行政協定に書き込もうとした。
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