Yahoo!ニュース

レシピを塩分濃度に変換して読むと、料理が10倍うまくなる(料理がレシピ通りでうまくできない理由)

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト
(写真:アフロ)

江戸幕府を開いた徳川家康。その家康の側室に非常に聡明で、家康はもちろん家臣からも信頼の厚いお梶の方(英勝院 1578-1642)という側室がいたそうです。

ある日家康が「この世で一番うまいものは何か?」と家臣に問い、その場にいたお梶にも尋ねると「塩にございます。食べ物の味を調えるもの、それが塩にございます」

「では、この世で一番まずいものは?」の問いには「それも塩にございます。どんなに美味しいものでも塩が勝てば食べられませぬ。」

これを聞いた家康は「男子であれば良い大将として活躍するのに惜しいことだ」と嘆いたと言われています。(故老諸談(ころうしょだん)※)

こうした例を持ち出すまでもなく、世界中の料理にとって塩はとても重要で、料理の成否を決める最大のファクターと言っても過言ではありません。塩がピタリと決まっていれば家族や客から喜ばれ、足りなければ首をかしげられ、多ければ「うげっ!」という顔をされます。

論文でも「一般に塩味は「汁物の塩味は通常0.8~0.9%であるが、これが1.5%になると塩味が強すぎて飲めない」(『塩と味覚―食品の側から』※)と書かれているように、調理時に加える塩の量はだいたい1%が目安となります。

汁物は全体に平均的に塩味が回りますが、焼き物や炒めものだと鍋に残る分もあるので、ほんの少しなら強くても大丈夫。塩加減は肉の焼き加減と同じで入れすぎると戻れません。少し手前にとどめるのにちょうどいいのが「1%の塩」。これでちょっと手前の味付けとなり、最後に「味をととのえる」わけです。

ところが、世の中に出ているレシピには意外といい加減な(つもりはないのかもしれませんが)ものが少なくありません。分量や加熱時間などを厳密に測っていないケースが結構あったりもします。

なぜレシピは間違うのか

同じ大さじ1でも目方では2倍近く幅がある調味料

レシピ(っぽい)本を出版していたりすると、シェフでもないのにときどき調理の手法や手順について聞かれることがあります。そして不思議なことに、ふだん料理をしない人ほど手順のショートカットや数字の簡略化をしたがる傾向があります。実際、そこにかかる労力やその工程の意味がわかっていないからと言えば、それまでなのですが、「何か裏技ないですか?」とおねだりをしてくださるのは、ほぼ例外なく調理経験に乏しい方です。

思わず「んなもん、あるかーい!」とちゃぶ台でも引っくり返すところですが、そうした声に応えて構築されてきたのが、現代のレシピです。なるべく簡単に、シンプルな手順で、リーズナブルな調味料を、わかりやすい単位量を使って万人向けのレシピを作り上げてきました(正確に言うと、目指してきました)。

そのこと自体は商売の姿勢としては正しい……のですが、本筋である「おいしい料理が作れる手順」になっているかというと、そうは問屋が卸しません。もちろん上記条件を満たす、非常に高度な技術の粋を注ぎ込んだ素晴らしいレシピもありますが、「レシピ」には限界があります。

実は同じ名前で販売されている調味料でもメーカーによって、含まれている成分は異なります。

例えば「塩 大さじ1」でも重量で測ってみると、大きな幅があります。僕が0.1g単位で測ることができるはかりで、様々な塩大さじ1を測ってみたところ、最低で12.5~21gと2倍近い幅があったのです(詳細は表にて後述)。

要因として考えられるのは、湿気や塩の粒子の細かさなどあれこれありますが、まっとうなレシピ本には「目安」という言葉が繰り返し出てくるはずです。逆に「大さじ1≒15g」などの言い切り型の設定が出てきたら疑ってください。

「塩」だけではありません。他にも醤油界のトップランナー、キッコーマンの醤油も製品に記載された食塩相当量(ナトリウム量から換算)が食品成分表と異なっています。

食品成分表では100gあたり14.5gとなっていますが、キッコーマンの「こいくちしょうゆ」成分表示は16.6g、薄口醤油も食品成分表では16gとなっていますが、キッコーマンの「うすくちしょうゆ」は18.7gとそれぞれ10%以上の差違があります。

「かさ」で測る限り、この問題は解決しません。前提となる量が違うのですから、レシピに書いてあることは、あくまで目安に過ぎない(しかも目安として見ても、かなり偏った)量が書かれているのです。

ミスが起きやすい2人前という単位

現代の家庭のレシピは2人前という単位で書かれることが増えました。その昔は4人前という単位が当たり前でしたから半量です。核家族化や暮らしぶりの変化で求められるレシピも変わります。そのこと自体は仕方ありません。

ただ、料理は作る量が減るほど難しくなります。「たくさん作るとおいしい」なんてよく言いますが、その最大の理由は特に味つけにおいては多く作るほど、致命的なエラーが起きにくいのです。

例えば、1人分の食事を作るとき、2人前のレシピを半量にすると調味料も半分にしなければなりません。しかし元のレシピに「小さじ 1/2」なんて書いてあったらもうお手上げ。「小さじ 1/4」、つまり1.25mlなんて家庭で正確に測るのはほとんど不可能です。

もちろん、それでも正確に測ろうとする習慣は身につけておきたいところ。人は基準がないと比較できません。同じ料理を作るときに、どの調味料をどれだけ使ったら、どんな味になった、なんてよほどの天才料理人でもなければ覚えられるわけがありません。「多かった」「減らした」、「口に合った」「合わなかった」という調理工程と体感をすり合わせておくことがとても大切なのです。

調味料を決める。含まれる塩分をイメージする

ただ、レシピはアテにならない。調味料にも含まれている塩分はそれぞれ異なる。普段使っているのは、成分表示のあるパッケージとも限らない。となると、お手上げな感じもしますが、そう悲観することもありません。

レシピから塩分量の概算を読み解けるようになれば、料理全体に必要な塩分量がざっくり推測できるようになります。目の前のレシピにおかしなところがあれば気づくことができるようにもなります。

理想は各調味料の標準的な成分を覚えた上でお使いの調味料の塩分量を覚えておくことですが、いつもの醤油と味噌の塩分量を覚えるだけでも、きっと料理は上手くなるはずです。

それも面倒なら「醤油6分の1、味噌1割」とだけ覚えておいてください。それが目の前に含まれている塩分量です。その他、よく使う調味料に含まれる塩分量(100g中)について、気合で調べたり測ったりして作った表を以下に貼りつけておきます(例によって参考文献(※)のソースなも貼っておきます)。

この記事は有料です。
食とグルメ、本当のナイショ話 -生産現場から飲食店まで-のバックナンバーをお申し込みください。

食とグルメ、本当のナイショ話 -生産現場から飲食店まで-のバックナンバー 2021年1月

税込550(記事2本)

※すでに購入済みの方はログインしてください。

購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。
編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

松浦達也の最近の記事