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任期2年を切った安倍総理の所信表明演説は「?」の連続だった

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(467)

神無月某日

 4日に行われた安倍総理の所信表明演説はフーテンにとって「?」の連続だった。先の内閣改造・党役員人事もそうだったが、残り任期2年を切った総理の演説内容とは思えなかったからだ。

 通常、任期2年を切った総理が考えることは、自らの政権の足らざるところを補う「総仕上げ」に取り掛かり、後世から評価される「遺産」を残すことである。また後任が取り組む課題を明確にして、その下書きを残しておくことも必要だ。

 ところが先の内閣改造・党役員人事には「総仕上げ」の片鱗もなかった。各派閥が推薦する「在庫一掃」の順送り人事を受け入れ、あとはお友達に周りを固めさせただけだ。「総仕上げ」の最強布陣とは到底思えなかった。フーテンは安倍総理には「総仕上げ」の時期に来た認識がないように思えた。だからブログに「4期目狙いの改造人事」と書いた。

 日本政治の最大の課題は、内政では世界の中で先頭を走る少子高齢化にどう取り組むか、また明治以来の中央集権体制を見直し、都市と地方の均衡ある発展をどう作り出すかである。一方、外交・安全保障面では冷戦崩壊後の混沌とする世界の中で、あらゆる選択肢を可能にする柔軟戦略を打ち立てることである。

 だが安倍総理が改造で起用した少子化担当大臣や地方創生担当大臣を見れば、安倍総理がそれらの問題を重視しているように思えない。また世界では第四次産業革命と言われるデジタル通信技術を巡り、米国と中国が激しく覇権争いをしているが、日本のIT担当大臣が「はんこ議連」の会長というのにはただ笑うしかなかった。

 そして外交・安全保障面では相も変わらず米国一辺倒である。しかしその米国は「冷戦に勝利した」と思ったのも束の間、クリントン、ブッシュ(子)政権の世界一極支配戦略が裏目に出てベトナム戦争以上の負担に苦しみ、オバマとトランプはそれぞれ異なる手法でだが、世界から撤退する道を模索している。

 韓国の文在寅政権は米国一辺倒をシフトさせ、中国だけでなくロシアとの経済関係を強化し、ゆくゆくはシベリア鉄道を利用して欧州との結びつきを強めようとしている。そのためには南北朝鮮が手を組む必要がある。その韓国の狙いを後押ししているのが安倍政権が徴用工問題の報復として打ち出した韓国向け半導体材料の輸出規制強化策である。

 日本に代わって半導体材料の提供を申し出たのは中国とロシアだが、日本への観光旅行を取りやめた韓国人が、ロシアのウラジオストクに旅行するケースが増えているという。ロシア極東での経済協力に韓国企業も本格的に乗り出す構えと言われる。

 戦後の日本は自由主義対共産主義の構図の中で、韓国という緩衝地帯のおかげで軍事負担を負わずに朝鮮戦争とベトナム戦争の戦争特需で高度経済成長を成し遂げることが出来た。米国の経済学者は戦後の日本が韓国と同等の軍事負担を負っていれば、経済成長率は3割程度低くなっていたと言う。

 安倍政権はその緩衝地帯を中露の側に押しやった。緩衝地帯がなくなれば日本は中露の前線に位置することになり、そうなれば日本の軍事負担は増え、世界から撤退する米国の肩代わりを演じさせられることになる。それはこれまで日本が蓄えてきた富を放出する道でもある。

 フーテンはその認識のもとに残り任期2年を切った安倍総理の所信表明演説を聞いた。演説は冒頭から「?」の連続だった。この臨時国会が第二百回国会であることを意識したのか、「昭和22年の第一回国会に集まった先人たちは未来を信じ、大きな責任感の下に議論を重ね、高度成長を実現し、平和で豊かな日本を今を生きる私たちに引き渡してくれた」と言ったが、子供だましのポエムである。

 現実は、先人たちが憲法9条を盾に再軍備を拒み、朝鮮戦争に出兵する代わりに軍需産業を復活させて米軍に武器弾薬を提供し、その戦争で経済復興の端緒を掴み、さらにベトナム戦争でも戦争特需の恩恵を受けて高度経済成長を成し遂げた。いわば米国、中国、韓国、北朝鮮、ベトナムの人々の血の犠牲の上に日本は経済的繁栄を獲得した。

 冒頭のポエムにその歴史認識がない。まるで「おしゃべり」によって平和で豊かな日本が生まれたかのようだ。現実の日本は1989年までは冷戦構造を利用して米国を騙し続けた。米国が無理を言うと社会党政権が出来そうに思わせて米国の軍事的要求をけん制し、そのために国民に9条を信じ込ませた。

 自民党は米国には9条改正の政党と思わせ、しかし裏では社会党を使って9条を国民に信じ込ませ、社会党は政権を奪取するように見せかけるが、実は選挙で過半数を超える候補者を擁立せず、自民党政権が続くよう協力してきた。それが「55年体制」のからくりだが、おそらくその歴史認識も安倍総理にはない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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