安倍総理はなにをそんなに焦っているのか
フーテン老人世直し録(404)
霜月某日
14日夜のNHKニュースはシンガポールでの日ロ首脳会談を歴史的な出来事であるかのようにものものしく伝えた。夜7時のニュースは、トップと最終項目で2度も重要な会談が始まると「前触れ」をやり、9時のニュースもトップで「前触れ」を、終わりごろに会談後の安倍総理のインタビューと会談内容を報道した。
何事かと思ったが聞いてみたらフーテンにとって驚く内容ではなかった。ポイントは2つある。1つは「1956年の日ソ共同宣言を基礎に」交渉を加速するという点、もう1つは安倍総理とプーチン大統領で、つまり3年以内に交渉を終わらせる意思を共有したという点である。
「1956年の日ソ共同宣言を基礎に」とは、平和条約を結んだ後にソ連が歯舞、色丹の2島を日本に「引き渡す」ということで、プーチン大統領は以前からその主張を繰り返していた。従ってプーチン大統領の主張を基礎にするという意味である。
プーチン大統領は9月にウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムで、安倍総理が「戦後70年以上も平和条約がない状態は異常だ」と言って聴衆に拍手を求めたのを捉え、すぐさま「いま頭に浮かんだが、年内に平和条約を結ぼう。前提条件なしで」と言い、手で聴衆に拍手するよう促した。
ただ笑って聞いていた安倍総理に国内から批判が起きた。日本の「4島返還」という外交の基本原則を白紙にされたのに反論しなかったからである。ところが安倍総理は「プーチン大統領の発言には意味がある」と強弁し「平和条約を結ぶ意思を見せた」と評価した。
日本の従来の主張は4島が返還されてから平和条約を結ぶ。プーチン大統領の発言は領土返還は白紙で平和条約を結ぶ。そして今回は、2島「引き渡し」を前提に平和条約を結ぶ交渉を行うとなったのだから、日本の4とプーチンの0の間を取り、0を言ったプーチンに揺さぶられて日本が2に譲歩した。しかしそれは前から分かっていたことである。
安倍総理は2島先行返還論を唱えていた鈴木宗男氏と2015年暮れに急接近、北方領土交渉の主体も4島返還を原則とする外務省から経済産業省出身の今井尚哉総理秘書官が牛耳る官邸に移る。その頃からフーテンは安倍政権は2島先行返還論だと見ていた。
2島先行返還論を主張していた政治家は鈴木宗男氏、官僚では外務省の東郷和彦、佐藤優氏らだった。彼らは小泉政権下の2002年に相次いで逮捕されたり外務省を追われた。その顛末を佐藤優氏が『国策捜査』という本に書いてベストセラーになったが、検察の捜査が国策捜査でなかったことなどこれまで一度もない。
ロッキード事件を見ても分かるように検察は時の権力にとって邪魔な人間を排除するのが仕事である。従って小泉政権下で2島先行返還論者は邪魔だった。当時は国賊扱いだった人間が安倍政権になって真逆になった。
鈴木宗男氏の復権を見ると、2島先行返還論は今や国策のようだ。菅官房長官は従来の4島返還の主張に変わりはないと言うが、それは目くらましの建前に過ぎない。これからは4島返還に固執し過ぎる人間は権力によって排除される可能性がある。
1956年に鳩山政権が日ソ交渉に力を入れたのは、シベリヤに抑留されていた日本兵の復員問題とソ連の反対で国連に加盟できない問題を解決する目的があった。4島返還で平和条約締結を主張する日本側に対し、ソ連側は平和条約を結んだ後に歯舞、色丹を「引き渡す」と回答した。「引き渡し」であるから「返還」ではない。
それを聞いた米国のダレス国務長官は日本がそれで妥協するのなら沖縄は永久に返還しないと日本政府に通告する。そのため領土問題は棚上げされ平和条約は結ばれずに、ただソ連と国交を回復することで、日本は国連に加盟し、またシベリヤ抑留日本兵の復員に道筋をつけることが出来た。
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