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ゴーン逮捕という「日仏戦争」に米国はどう絡んでくるか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(406)

霜月某日

 衝撃の逮捕劇から5日後の24日、カルロス・ゴーン前会長と共に逮捕されたグレッグ・ケリー前代表取締役が容疑を否認していることが分かった。「役員報酬などすべて適切に処理してきた」と語っているという。そのうえでケリー容疑者は認否について「弁護士と相談してから決める」として留保しているようだ。

 検察と日産は社内で絶対的権力を握るゴーン容疑者の「巨額報酬」や「会社の私物化」に力点を置き「ゴーン巨悪説」をメディアに流しているが、フランスのメディアではルノーに子会社化されることを恐れた日産の経営陣による「クーデター説」が主流である。

 ルノーの筆頭株主はフランス政府だから「フランス政府対日産の戦い」との見方もある。しかし一民間企業の日産が自分だけの考えでフランス政府と戦うことを決断するとは思えない。日産の背後に日本政府が存在する。つまり逮捕劇は自動車を巡る「日仏戦争」なのだ。

 日本国民には東京地検特捜部を政治権力から独立して「巨悪を捕まえる組織」と勘違いする人が多く実態を分かっていない。検察は法務大臣やその上の内閣総理大臣の指揮の下で捜査を行う内閣の一機関である。内閣から独立した司法機関ではない。

 従って安倍総理夫妻の関与が取りざたされた「森友・加計疑惑」で捜査することなど決してない。また東京電力の原発事故や長らく有価証券報告書を偽ってきた東芝の不正会計でも特捜部が動くことはなかった。東芝も原発に関わる企業だからである。

 フーテンはロッキード事件で東京地検特捜部を取材したが、あの事件は三木総理の指揮下で三木総理の政敵である田中角栄氏が特捜部に逮捕された。ベトナム戦争の敗戦を機に米国の軍需産業と各国の反共主義者とのつながりを切ろうとした米国は児玉誉士夫と関係ある政治家を狙ったが、その筆頭格の中曽根康弘氏は三木総理を支える幹事長だったため摘発を免れた。

 フーテンはその後の特捜捜査も見続けてきたが、リクルート事件でも疑惑の中心だった中曽根氏は訴追を免れ、金丸脱税事件では派閥のカネが個人のカネと判断され、陸山会事件も小沢一郎氏の政治力を削ぐ目的の捜査が行われるなど「国策捜査」でないものはない。

 今回も法務大臣や内閣総理大臣には逐一報告されていたはずだとフーテンは思う。そうでなければ日産という民間会社がこれほど思い切った方法でゴーン追放劇に踏み出せるはずはない。

 前回のブログで指摘したが、フランスのマクロン大統領は英国のEU離脱を機にフランスを欧州の金融・経済の拠点にする政策を進めており、その一環として日産をルノーが完全子会社化すれば、フランス国内に日産の工場を作り、雇用と税収を確保してフランス経済を上向かせることが出来る。

 しかしそれは日本の雇用と税収を奪われることになるので安倍政権にとっては悪夢である。それでなくとも「米国第一」のトランプ政権から自動車関税を引き上げると脅され、米国に日本の自動車工場を新たに作らされるか、輸出数量の規制を飲まされる可能性がある。

 自動車を巡る覇権争いは既に世界規模で「仁義なき戦い」の様相を呈しているのである。そこで「日仏戦争」に米国がどのような形で絡んでくるかが注目される。ゴーン容疑者逮捕を受け、収容されている東京拘置所には日本に駐在するフランス大使やブラジル総領事が面会に訪れた。レバノン外務省も「公正な裁判」を要求している。

 ゴーン容疑者が大物経済人であることの証左だが、当然ながら特捜部も国際問題化することは承知の上で逮捕したとみられる。そしてフーテンが逮捕の一報を聞いた時に注目したのは一緒に逮捕されたケリー容疑者が米国人であることだった。

 今のところ駐日米国大使館の動きは伝えられていないが、米国との関係を最重要に考える安倍政権としては、米国との関係を悪化させることだけは避けたいと考えているはずだ。

 従ってこの逮捕劇をトランプが嫌っているマクロンへの対抗措置として売り込む可能性がある。前に書いたが11月11日の第一次世界大戦終結百周年記念式典でのマクロン演説は「一国主義」を批判して「国際協調」を呼びかけ、また中国人チェリストに演奏させてあたかも米中「新冷戦」を批判しているかのようだった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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