五輪延期を給与上昇に生かせ
五輪延期は日本経済が変わるチャンスと捉えたい
安倍首相が本日の国会において、IOC(国際オリンピック委員会)が東京オリンピックの延期を決めた場合、その決定を受け入れる姿勢に転じました。小池都知事も首相と同様の姿勢を示しています。
新型コロナの感染拡大やオリンピックの延期については、様々なメディアで日本経済へのマイナス点ばかりが報道されていますが、私は長い目で見たらむしろ、これらの出来事が日本経済にとって大きな好機になると捉えています。それは、「テレワーク」という働き方が本格的に普及する環境になってきているからです。
テレワークはもともと、東京オリンピック・パラリンピック時の道路渋滞や鉄道混雑を緩和する対策として、一部の大企業で試験的に導入しようとする機運が高まっていました。ところが、新型コロナの感染拡大をきっかけに多くの大企業で本格的に実施され、これまで放置されてきた非効率性を改めるチャンスが訪れているのです。
たとえば、広告代理店最大手の「電通」は2月26日から本社ビル勤務の全従業員およそ5000人を対象に、化粧品大手の「資生堂」も同日から本社をはじめ国内全従業員の3割にあたるおよそ8000人を在宅で勤務するテレワークに切り替えています。
実際に、複数のテレワークのシステムを販売する企業にヒアリングをしたところ、大企業を中心にこれまでの試験的な運用から本格的な運用に舵を切るケースが増えているといいます。
在宅勤務の大きなメリットとは
3月12日の記事『東京オリンピックが延期になれば、日本経済に光明が差す理由とは』でも申し上げたことですが、テレワークは日本の生産性を大幅に引き上げるポテンシャルを秘めています。日本の会社員にとって毎日の「通勤」は「痛勤」と揶揄されるほど肉体的または時間的な負担が大きいので、その負担をなくせるだけでも効果が大きいはずだからです。
とりわけ東京、神奈川、埼玉、千葉の一都三県と呼ばれるエリアの会社員は、毎日、満員電車や満員バスに押し込まれ、往復の長い移動だけで疲弊してしまっています。これは、日本のホワイトカラーの低生産性の主因のひとつとなっています。
ところが、在宅勤務が一般的な働き方となった場合、毎日の通勤で体力を消耗することもなく、最初から仕事に集中できるようになります。仕事にあたる集中力を高めることができれば、業務の効率性は想定を超えて上がり、だらだらと長時間労働をする必要もなくなっていくでしょう。
これまで毎日の通勤にあてている体力と時間をすべて仕事に振り向けることができれば、どれだけの効果がもたらされるのか、想像してみてください。たとえば、午前7時から仕事を始め、午後3時~4時に終わらせるのが十分に可能となるのです。これからテレワークの仕組みを拡充していくことで、ホワイトカラーの生産性を2割~3割引き上げることは難しくはないというわけです。
日本企業の古いシステムは刷新すべき
そうはいっても、大企業のなかでも新たにテレワークを全面導入するケースは、まだ少ない状況にあります。たとえば、あるメガバンクの部署では全社員を在宅勤務にすると決定したものの、自宅から社内ネットワークに接続するための通信システムがパンクし、方針を変更せざるをえなくなったといいます。
このような事例が示しているように、日本の低生産性の主因のひとつは、IT投資の分野でかなり遅れているということです。日本の大企業の7割~8割がデジタル時代に対応できない古い情報システムを使用しているため、テレワーク導入の大きな妨げになっているのです。
さらに深刻なのは、日本企業はIT投資のおよそ8割を既存の古いシステムの維持や運用に使っているということです。投資額が米欧に比べて少ないばかりか、その多くは運用コストが高く生産性の低いシステムの維持費に使用されているのです。日本の大企業が真っ先に決断するべきは、非効率的な古い情報システムを刷新することです。
企業の経営者たちは古いシステムの除去費用に尻込みすることなく、システムをクラウド型に切り替えるという決断をする必要があります。いくら多くの企業が今後はビッグデータの活用を重視しているといっても、今のままでは掛け声倒れになる可能性が高いといえるでしょう。
日本は効率化の伸びしろが大きい
総務省の統計によれば、国内でテレワークを導入した企業の割合は2018年の時点で19%と、アメリカの85%と比べ4分の1以下の水準にすぎません。アメリカでは新型コロナの感染拡大が明らかになった3月に入り、グーグルを筆頭にシリコンバレーの多くの企業が原則として在宅勤務に切り替えています。その結果として、朝夕の混雑に遭わなくなったおかげで、従業員は負担が減ったという評判がもっぱらです。
日本は最先端のIT投資やクラウド型のシステムの導入が遅れているせいか、テレワークにつながる投資の効率化は他の先進国に比べて伸びしろが大きいはずです。企業のなかには、「労務管理が難しい」「営業マンに不向きである」といった意見が多いのですが、「できない理由を列挙する」のではなく、「できるためにはどうしたらいいか」を考える段階に来ているのではないでしょうか。
日本人の働く場所が1週間のうち3日は自宅に切り替われば、業務における生産性が上がるばかりか、子育てや趣味にあてる時間が増えて生活に潤いが増えていくでしょう。そのうえで、私がお勧めする働き方は、自宅以外に集中力が高まる場所や空間をいくつも確保しておくということです。たとえば、私は細かいデータを分析する時は、リラックスできる行きつけの喫茶店を利用したりしています。
五輪延期(新型コロナ)を給与上昇につなげる
テレワークの普及がもたらす効果は、生産性の向上や生活の潤いだけではありません。日本人の働き方の意識が「時間」から「成果」へと変わっていく効果も期待できるのです。日本企業の先行指標となるトヨタでは、すでに昨年から職務における能力や成果によって評価が決まり、それによって給与や待遇を柔軟に見直す仕組みが取り入れられています。
仕事でのモチベーションが高い人が増えて生産性が上がれば、給与は自然と上昇していくようになります。私たちの生活実感に近い「実質賃金」が上昇し、本当の意味での経済の好循環が達成できるようになるのです(2019年2月1日の『アベノミクス以降の実質賃金は、リーマン・ショック期並みに落ちていたという事実』参照)。私たちはITを積極的に活用することで、努力の度合いに応じてその成果を効率的に発揮できるようになることを大きなチャンスとして捉えるべきです。
自民党の若手議員有志が3月19日に、「コロナを機に社会改革プロジェクトチーム」を立ち上げました。テレワークやオンライン授業の普及を政府に働きかけるための勉強会であり、今の国会中に提言を取りまとめたいということです。テレワークが大企業だけでなく、全国の中小企業への普及が進んでいくための道筋を示したうえで、大都市圏と地方をつなぐ働き方ができるような提言を期待したいところです。