アベノミクス以降の実質賃金は、リーマン・ショック期並みに落ちていたという事実
野党の指摘はピントがずれている
メディアでは「2018年の実質賃金」ばかりが話題になっていますが、それは厚労省が2018年1月から賃金統計の数値補正を秘かに行い、賃金上昇率がプラスになっていたからです。実際に実質賃金を嵩上げしていた秘かな補正を取り除くと、2018年の実質賃金は厚労省が再集計した数字ではマイナス0.05%、野党側が独自で試算した数字ではマイナス0.53%という結果が出てきています。
しかし私は、野党が2018年の実質賃金だけを見て、「アベノミクス偽装だ」と言うのはピントがずれていると思います。それよりも大事なのは、アベノミクス以降の実質賃金がどのように推移してきたかということだからです。
2013~2015年の実質賃金は、リーマン・ショック期並みに落ちていた
そこで、グローバル経済が本格的に始まった時期にあたる2000年以降の賃金(2000年の賃金を100として独自に試算)を振り返ってみると、「名目賃金」のトレンドは2000~2004年まで大幅に下がり続けた後、2006年まではほぼ横ばいにとどまり、2007~2009年のリーマン・ショック前後の時期に再び大幅に下落、その後の2017年までは何とか横ばいで踏ん張っていることがわかります(図参照)。
ただし、2016~2017年の名目賃金は2年連続で微増とはいえ増えているので、そのトレンドは「いよいよ上昇基調に転換したのか?」という期待感を抱かせてくれるのかもしれません。しかしながら、物価の変動率を考慮に入れた「実質賃金」の推移を見てみると、その期待感が実は間違っていることにすぐに気づかされます。
実質賃金は2000年以降、名目賃金とほぼ連動する動きをしてきたのですが、2013年以降はその連動性が崩れてしまっているからです。円安によって物価の上昇が顕著であった2013~2015年までの3年間の実質賃金の下落幅は4.3ポイント(※厚労省の当時の統計では4.6ポイント減/2015年=100で計算)と、リーマン・ショック期に迫るほどの落ち込みを記録しています。
なぜ国民は景気回復を実感できないのか
なぜ2013~2015年の実質賃金が世界金融危機時に迫るほどの落ち込みを見せ、2014~2016年の個人消費を戦後最長の水準まで減少させたのかというと、同じ期間に名目賃金がまったく増えていなかった一方で、ドル円相場で大幅な円安が進行したことで輸入品の価格が大幅に上昇してしまったからです。
つまり、円安インフレにより食料品やエネルギーなど生活に欠かせないモノほど値上がりが顕著になったので、多くの世帯で家計を預かる主婦層は、それらのモノの値上がりには敏感に反応せざるを得ず、実質賃金の下落を肌でひしひしと感じながら、いっそう節約志向を強めることになったというわけです。
今回の問題の大きな成果は、実質賃金が注目されるようになったこと
私はこれまでメディアや著書のなかで、実質賃金の重要性を訴えてきましたが、国民の生活水準を考える時に、大事なのは「名目賃金」ではなく「実質賃金」です。このことを否定して、名目賃金のほうが大事であると言っている経済識者がいるとすれば、それは経済のことを語る以前に、物事の道理がまったく分かっていないといえるでしょう。
安倍首相は常々、「名目賃金が上がっている。アベノミクスの成果は確実に出ている」と実績を誇示していますが、普通の暮らしをしている人々にとっては名目賃金より実質賃金のほうがはるかに重要であることが、どうして分からないのでしょうか。
メディアが「日本は戦後最長の景気拡大が続いている」とはいっても、各種世論調査において国民の約8割が「景気回復を実感できない」と答えているのは、当然のことといえるでしょう。野党が政府を責めているポイントは焦点がずれているとはいっても、名目賃金から実質賃金にスポットが当たったことは非常に意義があることだと思っております。
アベノミクスのごまかしの本質とは
アベノミクスのごまかしの本質は、国民に名目賃金ばかりに目を向けさせ、実質賃金にはいっさい触れてこなかったということです。この期に及んで、「連合」の数字を持ち出すなどとは、あまりに滑稽です。連合に加盟している労働者は日本の全労働者のわずか12%にすぎず、労働組合がない圧倒的大多数の中小零細企業の労働者は含まれていないのです。
国民の立場からすれば、政治家ほど庶民の暮らし向きに敏感であってほしいと願っているはずです。本当のところは、庶民の暮らしがどうなっているのか、政府にはそういった現実をしっかりと受け止めてもらったうえで、国民の暮らし向きが良くなっていく経済政策の策定・実行を期待したいところです。