30年以上放置されてきた「深刻で静かなる危機」 ~ 出生数80万人割れ、少子化を真剣に考える機会に
日本経済が長期にわたって停滞した最大の理由とは
日本経済が長期にわたって停滞した最大の理由には、1991年にバブル経済が崩壊し、銀行の不良債権が膨らんだことが挙げられます。
しかし私は、それが最大の理由であるとは考えていません。というのも、労働者の賃金は1997年まで名目でも実質でも上昇を続けていたからです。国民生活の視点に立てば、バブルが崩壊したとはいうものの、大したダメージは受けていなかったのです。
ところが、傷が浅いうちに不良債権の問題に手を打たずに先送りをしていたために、ついには北海道拓殖銀行が破綻し、金融システム危機が起こってしまいます。これを契機にして、銀行の貸し渋りが本格化、企業の倒産が相次ぎ、賃金の下落が長期にわたって始まっていったというわけです。
日本経済の低迷が「失われた20年」と呼ばれるまでに長期化した最大の理由は、不良債権の膨張そのものではなく、政府も銀行も企業も問題の解決を先送りし、無駄に時間を浪費したということなのです。
三者が揃いも揃って自らの責任を免れるために痛みを伴う解決に逃げ腰となれば、金融システム危機が起こるのも仕方がなかったことですし、その危機から脱出するのにそれ相応の年月がかかったのも、当然の帰結であるといえるでしょう。
新たな長期低迷の主因は「少子化をおいて他にない」
翻って今、日本経済に新たな停滞をもたらしている主因は、人口減少を引き起こす少子高齢化、とりわけ、少子化をおいて他にありません。
国立社会保障・人口問題研究所『人口統計資料集2017年改訂版』によれば、日本の将来の人口は、
2020年 1億2532万人(177万人減)
2025年 1億2254万人(278万人減)
2030年 1億1912万人(342万人減)
2035年 1億1521万人(391万人減)
2040年 1億1091万人(430万人減)
2045年 1億642万人(449万人減)
2050年 1億192万人(450万人減)
というように、人口減少数が年を追うごとに加速していきます。
人口が減っていけば消費も減っていくので、当然のことながら、日本の経済規模は縮小していきます。このまま問題の先送りを続ければ、日本の人口は2053年には1億人の大台を下回る9924万人にまで激減することが予測されています。
日本の人口減少がより深刻なのは、総人口の減少数に比べて生産年齢人口(15~64歳)の減少数がだいぶ多いのに加えて、高齢者人口(65歳以上)の数が20年以上も増え続けるということです。
すなわち、生産年齢人口の過度な減少によって所得税・住民税の歳入が不足する傾向が強まる一方で、高齢者人口の増加が続くことで年金・医療・介護等の社会保障費が膨張していくのが避けられない見通しにあるのです。
そのあおりを受けて、老朽化が進む道路やトンネル、治水や下水道、湾港、公園など社会インフラの維持管理が困難となり、とりわけ人口が少ない地域では生活が極めて不便になるという覚悟をする必要があるでしょう。
30年以上前からわかっていたことなのに
まさに、日本経済を蝕む「最大の病」ともいうべきこの少子化問題なのですが、実は少なくとも今から30年以上前にも、その流れを止める手立てを講じるきっかけがありました。
1989年の「1.57ショック」をご存知でしょうか。この年、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に出産する子ども数の推計値)が前年の1.66から一気に1.57まで下落すると、過去の最低値だった丙午年(1966年)の1.58を下回ったことから、「1.57ショック」として社会で大きな問題となったのです。
こうした事態を受けて1990年、自民党の戸井田三郎厚生大臣(第一次海部俊樹内閣)が主催する「これからの家庭と子育てに関する懇談会」が取りまとめた報告書には、少子化が「深刻で静かなる危機」と表現されるとともに、次のような分析が記されています。
少子化の原因には様々なものが考えられるが、子育てに伴う種々の負担の増大が、子どもを持つことをためらわせる要因の一つとなっていると考えられることから、これらの要因を取り除くことが必要である。
また、女性の社会進出に伴い、仕事と子育ての両立のために女性の負担が増大していることから、保育サービスの充実や育児休業の普及など働く女性の支援策を早急に拡充することが重要である。
何のことはありません。当時の政権はすでに「深刻で静かなる危機」の重大性を認識し、少子化の原因も保育サービスの拡充の必要性も把握していたにもかかわらず、それらの課題を30年以上にわたって放置してきたのです。
少子化は政治の先送り体質が招いた国難
さらに、内閣に設けられた関係省庁連絡会議が1991年に作成した文書「健やかに子供を産み育てる環境づくり」を見ると、まさに今、日本経済が直面している問題をもすでに予見していたことがうかがえます。
●経済全般に対する影響
急速な人口の高齢化の下での出生率の低下は、将来的には生産年齢人口の割合の大幅な低下をもたらし、産業構造、消費市場等に少なからぬ影響を与える可能性がある。
●社会保障への影響
高齢化のスピードは予想以上に速まるとともに、高齢化率も一層高まることにより、現行の行財政制度や社会経済の諸条件を前提とする限り、社会保障の負担が一層増加することとなる。また、高齢化社会における老人介護等の保健福祉マンパワーの確保にも支障が生じる可能性がある。
●労働市場への影響
1990年代半ば以降、若年層を中心に生産年齢人口は減少に転じることが見込まれているが、出生率の低下が21世紀初頭以降の生産年齢人口の減少を加速し、労働力供給面での制約要因になることも懸念される。
少子化問題についてつぶさに調べていくと、冒頭で述べた銀行の不良債権問題と同じように、先送りを繰り返してきたため、取り返しが付かない水準にまで問題の影響が拡大してきたことがわかります。
30年以上前の「1.57ショック」を持ち出すまでもなく、16年前にも少子化対策に本腰を入れて乗り出すきっかけはありました。2007年に発足した第一次安倍改造内閣で、はじめて少子化対策担当大臣(内閣府特命担当大臣)が設置されたのです。
しかしその後、出生数の減少傾向に歯止めはかからず、2016年に100万人割れ、2019年に90万人割れ、2022年に80万人割れと、統計の残る1899年以降、最少記録を更新し続けています。
安倍首相(当時)は2018年1月の施政方針演説において、現在の少子高齢化を〈「国難」とも呼ぶべき危機〉と称しましたが、「国難」は今に始まったことではなく、しかもこの「国難」は歴代政権が長年にわたって少子化問題の解決を先送りしてきたことによってもたらされた「人災」でもあったのです。
出生率が2.00になっても少子化は終わらない
政治家の少子化に関する発言をみていると、「出生率が2.00を回復すれば、出生数は下げ止まる」と考えている方々が多いように見受けられます。ところが、出産適齢期の20~30代の女性の減少が過去30年以上にわたって進んできたため、仮に出生率が奇跡的に2.00程度に回復したとしても、出生数は簡単には減少傾向から抜け出せません。
今となっては、抜本的な対策を講じることができたとしても、もはや20年後、30年後、50年後の少子化を止めることはできず、緩和するのが精一杯な状況にまで追い込まれています。つまり、日本社会は少子化がさらなる少子化を呼び起こす悪循環に陥っているわけです。
もちろん、このまま何もせずに放置していたら、もっとひどいことになってしまいます。今からでも、少子化のスピードを少しでも緩めることはできるはずなので、ひとつひとつできることからやっていくしかないのです。
現状では、日本の経済社会を蝕む少子化問題にはほとんど手がつけられていないため、国民、企業、行政(国・地方自治体)が三位一体になって、少子化への健全な危機感を共有しながら効果的な対応策を進めていく必要があるでしょう。
そのためにも、まず政治が「単にお金をばらまけばよい」という発想から抜け出す必要性を強く感じている次第です。
【参照記事】
2017年9月4日『日本が少子化を和らげる実証的な方法とは』
2017年9月25日『少子化の時代に、地方のトップが心がけるべきこと』
2018年12月10日『日本は法人減税を少子化対策に生かせ!』
2019年1月24日『自由な働き方が広がれば、出生率は上がっていくはずだ』
【この記事は、拙書『日本の国難』(講談社:2018年4月刊行)の文章に若干の加筆を加えたものです】