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当時15歳、ほぼ演技経験のない池田愛を主演に抜擢。決め手は、変なポーズの宣材写真?

水上賢治映画ライター
「ももいろそらを [カラー版]」より

 思春期真っただ中にいる少年少女たちの日常風景を美しいモノクロームの映像で映し出した2011年の傑作青春映画「ももいろそらを」が製作から10年を経てカラー版で現在公開中。

 国内外で高い評価を得た本作について、いづみ役の池田愛(第一回第二回第三回)に続く、小林啓一監督のインタビュー(前編)の後編に入る。

子どもに自由を与えることは、大人の役目のような気がするんです

 前回は、青春映画、若者を撮り続ける理由まで訊いたが、引き続きその話から。

 小林監督作品には、根底に若者に希望を見い出しているところがある。

 「ももいろそらを」のいづみにしても、おそらく世間からすると「子どものくせに」と言われそうな、大人が眉をひそめるタイプ。

 でも、そのことを否定しない。

「自分ができているかできていないかわからないですけど、子どもに自由を与えることは、大人の役目のような気がするんですよね。

 子どもや若い世代の価値観や考え方って、大人はどこかバカにして頭ごなしに否定しがち。でも、僕は否定するよりもひとつの個性と認めて生かしていったほうが社会にとっていいことなんじゃないかと思うんですよ。

 なにかいま視野がどんどん狭くなって自由な発想が許されないような空気があって、子どもたちも窮屈な時代にいるような気がする。

 ひとつ間違ったらもうダメで切り捨てられてしまうような風潮がある。そうだと、なかなか思い切った挑戦ができないし、新しい発想も生まれてこないですよね。怖くて。

 だから、もっと若い世代が少し自由に才能をのばす場や、自由に生きられるところがあっていいのではないかと。

 『もうちょっと心に余裕のある寛容な社会にならないものか』という思いも込めて、否定されがちな若者を主人公に、その生き方を描いているところはあると思います」

印刷屋のオヤジは褒められた大人ではないですけど、人としての矜持はある

 また、実は、そこには大人に対しても鋭い目が注がれている。

「ひとつ間違ったらもうダメで切り捨てられてしまうような風潮というのは大人にも当てはまる気がして。

 たとえば『ももいろそらを』だったら、桃月庵白酒さんが演じたいづみからお金を借りてしまう印刷屋のオヤジ。

 彼は褒められた大人ではないですけど、人としての矜持はある。女子高生のいづみとの約束も反故にしない。

 僕の目には、社会に多様な人間がいることの象徴のような存在に映りますけど、どちらかというといま彼のような存在は『ダメ男』のレッテルが貼られて社会から排除されてしまう。

 植木等さんの無責任男とか、『男はつらいよ』の寅さんとか、僕は大好きで憧れさえ抱いていますけど、今の寛容さのない中だとかなり浮いてしまう。

 でも、印刷屋のオヤジにしても寅さんにしても約束は守るし、自分に非があったら謝す。彼らは『粋』で『野暮』ではないんですよ。

 それに対して、実際の社会の中の大人はどうかというと、なんと野暮な人たちばかりになってしまったことか。

 自分に非があっても認めない、謝らない。なにか不祥事を起こしても辞めない。そんな大人ばかり。

 どちらのほうが、大人としてのていをなしているのかなと。

 だから、いわば若い世代が反面教師になることで、そのまっすぐでピュアな気持ちに触れることで、大人が自分たちはどうかと考えてほしいところもあります」

「ももいろそらを [カラー版]」より
「ももいろそらを [カラー版]」より

決め手はかわいく映っていない宣材写真

 話は変わるが、本作で鮮烈なデビューを飾ることになるいづみ役の池田愛は当時演技がほぼ未経験だったことはすでに伝えた通り。

 どういうところが主演に抜擢する決め手になったのだろう?

「僕の中で、まずいづみはショート・カットの女の子というビジュアル・イメージがあったんです。

 オーディション時、池田さんは確かロング・ヘアだったんですけど、でも、なにかショート・カットのイメージができたんですよね。

 あと、これは本人には失礼なんですけど、宣材写真にかわいくないものというか、変なポーズをとったものが1枚あった。

 基本、宣材写真は、変な話、実際の本人よりも見栄えがよくなっていたりするものじゃないですか。

 でも、なんかおかしなポーズを撮った写真が混じっていた。

 それで本人に聞いたんですよ。『なんでこんなおかしなポーズで写真を撮ったのか?』と。

 そうしたら、『いわれたとおりやっただけなんですけど、なにか?』といった感じで。

 恥じる感じもなければ、『これもわたしですけど』といった感じで、妙に堂々としていたんですよね。そこが、すごく『いづみっぽい』なと思いました」

現在26歳になった池田愛  筆者撮影
現在26歳になった池田愛  筆者撮影

池田さんはぜんぜんかわいく映ろうとないのがすごい

 その予想をこえて、いづみ役にはまってくれたと明かす。

「自分が想像した以上に、弾け方がすごかったですね。

 演技がほぼ初めてですから、ふつうだったら、どこか演じることに対して、なにかしらの恥じらいが出てもおかしくないんですよ。

 人前でやることが初めてなわけですから。

 まだ10代ですし、どうせならかわいく映りたいという気持ちが芽生えても不思議ではない。

 でも、池田さんはそのへんが一切ないというか。

 たとえば、ポスターのメインビジュアルになっている写真にしても、劇中の映画のどのシーンにしても、ぜんぜんかわいく映ろうとしていないんですよね。

 彼女でありいづみとしてありのままでいてくれた。

 いづみのひとつの特徴になっている江戸っ子風のべらんめぇ口調も、最初はもう少しこなれた感じにしようと僕は思っていた。

 でも、本人はマスターしているつもりだけど、江戸っ子からすると全然まだまだだよという領域ぐらい、たどたどしいぐらいがまだまだ未熟なぐらいでいづみっぽい。

 それぐらいでとめたら、変にこなれることなくそのままでいてくれた」

考えなくてもセリフがでてくるような状態にしてもらいました

 とはいえ、それもまた小林監督の演出指導があってこそと思うが?

「指導というほどのことはしていなんですよ。

 ただ、役になりきるよりも、どこか役を俯瞰でみて確信をもって演技してほしい気持ちがありました。

 だから、なんでああいうアクションになってああいうセリフの言い方になったのか?

 そう僕が質問したら、その理由をきちんと答えらえるようにしておいてほしいといいました。

 よくわからないで、なんとなくやったでは、将来的にも困ると思ったので。

 あと、もうひとつは完全にセリフは頭に入っている状態にはしてもらいました。

 何を考えていなくてもセリフが口からペラペラと出るぐらいの状態にまでもっていってもらっていました。

 ふだんしゃべるときって、感情を込めてはなすわけではないじゃないですか。

 変に感情をこめると、下手に芝居がかって色のついたセリフのようになってしまう。

 ふだん話すように自然な会話になるようにと思って、考えなくてもセリフがでてくるような状態にしてもらった。

 そうしたら、現場にいると、池田さんが話かけてくるんですよ。

 それで問われたことに答えたら、彼女が『やった!』と喜んでいる。

 よくよく考えると、その会話はあるシーンのセリフで(笑)。

 僕はそれに気づかなくて、答えていたわけです。

 そんな自分なりの訓練をして役に臨んでいてくれましたね」

もともと『ももいろそらを』をカラーで撮影していた理由

 今回、製作から10年の時を経て、カラー版となったが、素材の整理をしていたところ、カラー編集のしたものを見つけたところから始まった。

「もともと『ももいろそらを』はカラーで撮影はしていたんです。

 撮影部がいたら、モノクロで撮影したのかもしれないんですけど、当時は僕が撮影もやるしかなくて。

 モノクロで撮影してコントラストがきつくなってしまい、狙っていた柔らかい階調、ちょっと薄い水墨画みたいなモノクロにできるのか自信がなかった。

 だから、いったんカラーでの撮影を選択したんです。

 そして、上映時はモノクロでやることしか考えていませんでした。

 カラー版の声が多数寄せられていましたけど、当時はまだ理想のカラー版にするには予算の面も、機材の面も、余裕がなくて。実際問題としてカラー版にできる余裕がなかった。

 ただ、今回、ハードディスクの奥の方から、カラーの編集素材を見つけて前にしたとき、第一印象として『けっこうこれはいけるな』と。

 改めてみてみると、すごく見やすいし、『なんで当時やらなかったんだろう』と思いました。

 当時に比べて、機材も飛躍的によくなっているし、そこまで予算をかけなくても、理想のカラーの色調を出すことができることがわかって、今回のカラー版に至っています」

「ももいろそらを [カラー版]」より
「ももいろそらを [カラー版]」より

モノクロ版をみながら、カラコレしました

 10年前に自分が撮影し、10年後に自分でカラコレするというのは妙な気分だったという。

「当時、カラーで撮っていることの記憶は忘れちゃっているんですよ。

 だから、変なんですけど、モノクロ版をみながら、『ここはこんな光の感じを考えていた』とか思い出しながら、カラコレしました。

 『モノクロ版』で記憶をたどり、カラーにするというよくわからない作業になっていましたね。

 いまはこうして完成できて、みなさんの元に届けられてすごくうれしいです。

 『カラー版』があって『モノクロ版』も同時上映とかは、それなりにあると思うんですけど。

 『モノクロ版』の公開から10年を経て、『カラー版』が届けられるというのは、あまり聞いたことがない。

 なかなかのレア・ケースで、こうなると新作といっていい気もします(笑)。

 改めて『ももいろそらを』に出会っていただけたらと思います」

「ももいろそらを [カラー版]」 小林啓一監督 筆者撮影
「ももいろそらを [カラー版]」 小林啓一監督 筆者撮影

「ももいろそらを [カラー版]」

監督・脚本・撮影:小林啓一

出演:池田愛 小篠恵奈 藤原令子 高山翼 / 桃月庵白酒

京都・出町座にて公開中。

宮城チネ・ラヴィータにて7/16(金)より公開。宮崎キネマ館にて近日上映予定。

最新の公開情報は、公式サイトにて→https://pinksky-color.com/

場面写真はすべてC)2020 michaelgion inc. All Rights Reserved

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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